011 竹細工

 俺が作っているのは――。


「水筒だ」


「水筒? 竹で作れるの?」


「道具があるから簡単なものなら大丈夫なはず。作ったことはないけどね」


 竹の幹には「節」と呼ばれる区切りが存在している。

 この節と節の間に水を溜めることで水筒として利用する考えだ。


「竹の水筒かー、よく閃いたね!」


「歴史の授業で先生が話していたのを思い出してさ」


「おー、真面目! 私より成績が低いのに!」


「なんで俺の成績を知っている!?」


「知らないけど、私は自分の成績を知っているからね」


「なるほど」


 伊織はクラスで最も成績がいい。

 学年全体で見てもTOP3に入るレベルだ。


「俺はテストの点数じゃ測れないところで優れているのさ」


「言うねぇ!」


 もちろん冗談だ。

 分かっているからこそ、伊織もニヤリと笑った。


「問題はここからだな」


 ノコギリを使った竹のカットが終了。

 二人分の水筒ができたけれど、このままではまだ使えない。

 水を入れるための穴がないからだ。


「側面は滑りそうで怖いから上面の節に穴を開けるか」


「どの道具を使うの?」


 伊織が工具箱をこちらに向ける。


「そうだなぁ……」


 電動ドリルがあると助かるが、残念ながら入っていない。


「とりあえずこれで試してみるか」


 手に取ったのは錐だ。

 穴を開けるための道具なので使えるはず。


 そう思ったが、なかなか上手くいかなかった。

 片手でグリグリしてもスコーンと開いてくれないのだ。


「竹の節なんざ柔らかいものだと思っていたが……」


 節が硬いのか、はたまた錐の使い方が悪いのか。

 俺には分からなかった。

 竹で水筒を作った経験がないし、錐を使うのも人生初だから。


「ハンマーを使ったらどう?」


「トンカチで竹を叩くのか?」


 伊織は「ううん」と首を振った。


「錐のお尻をハンマーで叩くの」


「なるほど、試してみるか」


 俺はその場に座り込んだ。

 靴を脱ぎ、左右の足の裏で竹筒を押さえる。

 左手で錐を持ち、右手でトンカチを振るう。


「今の雅人君、大工っぽい!」


「頭にタオルを巻いていれば完璧だな」


「たしかにそれをしたらもっと大工っぽいかも!」


 話しながら錐の尻をトンカチで叩いた。


「「お!」」


 何度目で錐が節を貫通した。


「上手いこといったね! ナイス、雅人君!」


「おう!」


 そのままだと穴が小さいため、適当な道具で拡大する。


「完成だ!」


 伊織が「おー」と拍手する。


「さっそくこの水筒で水を飲もうよ!」


「まぁ待て、その前にするべきことがある」


「するべきこと?」


「火炙りだ。このままだと表面が汚いし、中も綺麗か分からない」


「消毒殺菌するわけだね」


「そういうこった」


「じゃあその作業は私がするよ」


 俺は返答に悩んだ。

 できればあまり動いてほしくない。


(この作業ならその場から離れることもないか)


 そう判断する。


「じゃあ頼むよ。その間に俺は焚き火の燃料や狼煙用の葉っぱを集めてくる」


 特に葉が殆ど残っていない。

 調達を急ぐ必要があった。


「ラジャ!」


 伊織が敬礼する。

 俺も「ではのちほど!」と敬礼を返した。


 ◇


 南の森で枝や葉を集める。

 この作業はかつてないほど順調だった。

 土器を持ってきたからだ。


「容器はいくらでもほしいな」


 今日中に救助が来なければ土器を増やそう。

 そう思いながら帰路に就いた。


 ◇


「コップを作ったことで一気に雰囲気がよくなったね!」


「これまでポンプの水を直接飲んでいたからなぁ」


 全ての作業が終わり、俺たちは家の前で水分補給をしていた。

 水筒を作る際に余った竹でコップを作り、それで水を飲む。

 もちろんこのコップも使用前に火で炙って消毒している。


「足はいくらかマシになったか?」


「うん! もう痛くないよ!」


 伊織は家に入り、こちらに足の裏を向けた。

 早くも水ぶくれが治りつつある。


「凄まじい回復速度だな、まだ数時間しか経っていないのに」


「雅人君に言われて大人しくしていたおかげだよ」


「大事に至らなくてよかったぜ」


 水を飲みながら空を見上げる。


 いつの間にやら夕暮れだ。

 釣り竿と水筒作りに時間を使いすぎた。


「結局、今日も救助は来なかったね」


「まだ分からないが……まぁ来ないだろうな」


 伊織は大きなため息をつきながら俯いた。

 かと思いきや、スッと顔を上げて俺を見る。


「明日には救助が来ることを祈ろう!」


「そうだな」


 俺たちが想定する救助のタイムリミットは明日まで。

 明日も救助が来なければ、自力で本土に戻る道を模索する。

 そうなった時のことを今の内から考えておいたほうがよさそうだ。


 ◇


「大工道具を使ってお風呂を作ろうよ! 温かいお湯が恋しい!」


 家で休んでいると伊織が言った。


「それには大きな問題が四つある」


「四つも!?」


 俺は頷き、右の人差し指を立てた。


「一つ、浴槽を作るための材料がない。大工道具がどれだけ揃っていても、木材がなければ作れない」


「そこはほら! ノコギリで木を伐採するとかして……」


「二つ、それをするなら島を脱出するための舟かイカダを作るべきである」


 伊織は「ぐっ」と唸った。


「じゃ、じゃあ、三つ目は……?」


「仮に浴槽があったとしても、水を引っ張ってくる術がない。水路を引くなどもってのほかだし、かといって井戸水でまかなうのも現実的ではない」


「たしかに……。最後の四つ目は?」


「奇跡的に水の問題をクリアしても沸かす術がない。もっと人手があれば何かしらのシステムを構築できるかもしれないけどね」


 伊織は「絶望的だああああああ!」と倒れ込んだ。

 仰向けの大の字で、子供みたいに。


 その姿を見た俺は、慌てて目を逸らした。

 汗で湿気った貫頭衣が肌に張り付いていたからだ。

 生地が薄いため透け透けで、裸と何ら変わりなかった。

 性欲の全盛期たる男子高校生には刺激が強すぎる。


 しかも俺は童貞。

 些細なことで欲情してしまう。

 危なかった。


「だ、代替案がある!」


 黙っていると危険なので話を進めることにした。

 よからぬ妄想をする余裕をなくすために。


「代替案? まさか川で水浴びとか言わないよね? 遠いからパスだよ!」


「分かっているさ。湖の一件で水浴びは不安だしな。だからこれを使おう」


 俺はタンスから予備の貫頭衣を取り出した。


「これを縦長に切って手ぬぐいとして使うんだ」


「濡らして体を拭くってこと?」


「お風呂に比べると格段に劣るが、最低限の衛生状態は維持できるだろ?」


「たしかに! それに今の時期は洗濯物も半日で乾くもんね! 制服があるから貫頭衣は1枚で十分!」


 俺は頷いた。


「異議がなければさっそくコイツを分解バラすとしよう」


「賛成!」


 ということで、俺は予備の貫頭衣を切った。

 10枚の手ぬぐいに生まれ変わる。


「せっかくだから実践といこう」


 俺は全裸になって外に向かう。

 井戸水で手ぬぐいを濡らし、体を拭いてみる。


「うん、悪くない」


 耐久度が心許ないが、そればかりは仕方ない。

 なにせ30年以上も眠っていた布だ。


「背中は私が拭いてあげる!」


 伊織が近づいてきた。


「いいのか?」


 彼女に背中を向けて話す。

 拭いてくれ、というボディランゲージではない。

 陰部を見せないようにするためだ。


「いいよー。守ってくれたお礼と足を引っ張ったお詫びってことで!」


「ならお言葉に甘えるとしよう」


「そのままじっとしていてねー」


 伊織は自分で井戸の水を出し、手ぬぐいを濡らした。

 それで俺の背中を優しく拭いてくれる。


「痒いところはございませんかー?」


 俺は「大丈夫でーす」と笑った。


(なんだろう、この気持ちは)


 妙な幸福感が込み上げてくる。

 この得も言えぬ快感は、性的興奮とは別物だった。


「はい、おしまい!」


 幸せな時間が終わってしまう。


「ありがとう、すごくよかったよ」


「よかった! 雅人君、急に黙りこくったからちょっと不安だったよ!」


「すまんすまん、幸せを噛みしめていた」


 伊織は「なにそれ」と笑った。


「じゃ、私も幸せを噛みしめてみようかなぁ」


 そう言うと、彼女は俺の両肩を掴み、クルリと反転させた。


「ちょ!?」


 慌てて両手で股間を隠す俺。


 一方、伊織は気にしない様子で自らもクルリ。

 俺に背を向け、そして――貫頭衣を脱ぎ捨てた。


「今度は雅人君が私の背中を拭いてよ」

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