第10話 男と女
避難所には、ずいぶん、いろいろな人が応援、いや慰問かな、来てくれたけど、男性の歌手や俳優が来たときほど、騒がしくなったことはなかった。
ハンサムなタレントが、明日、何時に来るという噂は、前日に、あっという間に広まって、当日は朝から、避難所全体が、何か華やいだ雰囲気になる。
トイレには、女性が入りきれなくて、体育館の間仕切りの間で、パフをたたく音が、それこそ団地で一斉に布団を叩いているみたい。大部分の女性が薄化粧をしていた。七〇代、八〇代だって同じよ。
女は、美形の男なら、あんまり自分の歳を考えないようね。ところが、男性といえば、女性のタレントが来ても、年代別に反応するところが面白い。あんまり年が離れていると、全然興味を示さないところが、男と女の違いかな。
後になってからは、そうでもなくなったけど、最初の一週間は、生きるか死ぬかという雰囲気があった。そうすると、人間は、本能的に子孫を残そうとするのか、あるいは、気がかりを残しては死ねないということかな。
高校を卒業してから、互いに別の人と一緒になって、気にもしていなかったのが、たまたま、同じ場所に避難していたのを見かけて、明日、どうなるかわからないと考えたのかな。
そうなると、人間というのは、「君の名は」のシーンを再現するみたい。誰も傷つかなければいいけど、配偶者が、気づかないはずがない。
配偶者が亡くなっていると、本人も苦しんでいたわ。夫を亡くしたばかりなのに、私はと思うのね。
しかし、状況が状況だから、一線を超える例もあったみたい。過ちって言って良いのかどうかは分かりません。哀しいものね、人間は。
ここで、あの安田明夫さんが出てきます。やあさんは、実は、女性に好かれるタイプだったのです。彼は、黒メガネを外すと、結構男前で、そんな男が、夕暮時、一人で、空を見ていると、胸がドキッとしたなんて冗談をよく聞きました。
テントの中に、赤門さんが持ってきた口寄せの依頼書には、依頼人とは、別の名字が記されていて、住所も近くではないこともありました。まあ、そんなことを気にしていても仕方がないのだけど。
依頼人は、女性で可愛く年を取っている感じ。私は、いつものように、口寄せをして
「よく、来てくれた」
とか言っていると、
「やはり、死んだのね。○○さん」
と静かに悲しんでいた。
終わったあとに、これは、何かあったなと思ったが、まさか、それを聞くわけにもいかないから、
「大変でしたね」
と声をかけると、
「いいえ、ありがとうございます」
と深々とお辞儀をしてくれた。嬉しかった。
良かったわ。これで思い残すことはないでしょう。お墓にまで、想いを持ち込むんでは、大変だもんね。
それから、もうかなり年配の男の人だったけど、素敵な人だなと思ったことがある。その人は、奥さんをなくして、前に、口寄せに来ていた人だったから覚えていた。
その人が、又、口寄せをお願いしたいと言ってきたの。よほど、奥さんに惚れていたのねと、羨ましかったけど、依頼書を見たら別な名字の人だった。
私は、誰だって、口寄せするから、別な人だろうが、どうでもいいけど、そういう気持ちって、やはり仕草や表情にあらわれるのかな。
その日は、どうも乗り切れなかったの。口寄せするのが、男性のときは、うまく行くけど、女性のときは、嫉妬ではないけど、どうしてだろう。
女の気持ちは、女でないとわからないということかなあ。
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