第9話 湾にいる

 ところが、イタコもおどろく話しもあるの。岩手県の陸前高田の話しだけど、石巻のおじいちゃんの話しとは、まるっきり逆で、長男(四三歳)が行方不明で、父親(八一歳)が、口寄せを頼んだようね。

 どうしてなのか、わからないが、頼まれたイタコがおろしの時に、長男は湾内にいると言ってしまったらしいの。特定の場所や名前は出さないというのは、イタコの基本だけど、それを父親が信じてしまって、息子の遺体は、湾内に沈んでいるはずだから再調査してくれと署名活動を始めたというの。

 その後で、湾内の海底に車が沈んでいるって、漁師から通報があったらしい。津波で、沿岸部の家やら道路やら、ものすごい量のゴミが、海底に流れ込んで、漁の邪魔になるからと潜水して、海底の様子を調べていたようね。

 はじめは、しぶっていた警察も、引き揚げてみると車内から遺体が見つかって、DNA鑑定したら行方不明だった長男だと確認されたって。

 そのイタコは、本当に、あの世と行き来できると評判になったらしいけど、師匠からは、破門されそうになったようよ。いくら、相手の気持ちを汲んでも、いい加減なことを言っては、だめ。偶然にしては、ちょっとこわいけど。

 まあ、その父親の気持ちは、分かるわ。父親と長男が入れ替わっていたら、探してくれとは言わなかったと思うの。順番が逆だからね。身内が亡くなれば辛いけど、逆縁なのはもっと辛いものなのね。

 でも、昔だったら、再調査してくれというかしら。昔のほうが、かえって何もできなかったから諦めも早かったのかもしれない。

 ある人が言っていた。イタコは、カウンセラーなんだって。えっと思って、ああそうか、人の悩みとか、苦しみを聞いて、慰めを与えるからね。

 だから、恐山のイタコってすごいな~と思うの。誰が考えたのか、知らないけれど、女の人って人になかなか言えない苦しみってあるでしょう。それを解決はできないけれど、紛らわせるために、口寄せという形で、死んだ人の気持ちを話してもらって、そこで、泣くわけね。泣いて、少しは気が晴れるでしょう。そうやって、生きて来たのよ。

 まあ、いろいろあったけど、避難所にいたときの私は、行列をさばくのに精一杯という感じだったわ。口寄せの時間は、短いときで一〇分、それで五千円、身内が数人亡くなった人なら、四、五人を下ろすと、二万円になった。だけど、四、五人を口寄せするのは、きついし、何より話すことがなくなってくるのが、大変なのよ。そんな感じで、一日に、十組はかるいから、一日の売上げは、大体八~十万円、悪くはなかった。

 客は、様々ね。女の人が多かったかな。坊さんがやってきた時は、少し驚いた。何か、文句をつけられるのかと身構えたわ。でも、亡くなったお母さんを口寄せしてくれって言われたときは、お坊さんも人の子なのねって、ほろりとした。

 でも、こういう仕事は、一箇所でやっているとお客がいなくなるので、次々と別な避難所に行く必要があるの。でも、寝起きは避難所、時々は避難所からの食事を提供してもらって、それは楽しい時でした。

 そうこうしている内に、周りを見渡すと、キリスト教に始まって、○○教 、□□教の看板を背負った人で、一杯という感じになっていたわ。それが、必ず他の悪口を言うわけ。うちの教えが、一番正しい。あの宗派では、救われないという感じで、つくづく嫌になった。

 天罰だ、悔い改めよという人も来た。でも、この人は、ある人から、俺の家族や友人が亡くなったのは、そいつらが悪いことをしてきて、そのために神様が罰を下したのかって聞かれて、どうにも説明がつかなくなってしまった。その周りで、聞き耳を立てていた人も加わって、その人はたたき出されるようにして、出ってたわ。言って良いこと、悪いことには、時と場合があるわね。

 

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