第6話 安田明夫
一ヶ月も過ぎると、赤門さんは、歩いていては、効率が悪いと言い出して、自動車を買おうと言ったの。でも、あの頃は、皆が、自動車を失って、安い軽でいいからと中古車販売店に駆け込んだから、すぐに在庫がなくなって、値段も高くなって、なかなか手に入らなくなってたわ。
そんなとき、赤門さんが、一人の男と一緒に軽自動車に乗って帰ってきた。一緒にいた男というのが、髪は長く垂らしてサングラスをかけ、上から下まで、黒ずくめという変な人でした。
この人は実に器用な人で、自動車やバイクの整備もできるし、マッサージもうまい、料理、裁縫もそこそこにこなすという便利な人です。
名前は、安田明夫、平凡な名ですが、私達は、「やあさん」と呼んでいました。やあさんは、どういうわけか、自衛隊の缶詰をザック一杯に持っていました。それにしても、自衛隊の缶詰って、馬鹿にはできません。白飯、赤飯、五目ご飯、牛肉、クジラ肉、鶏肉、魚、シチュー、カレー、漬物まであって、非常時には、温めなくとも十分にいただける優れたものです。
これで、随分、助かりました。避難所の食事は、もう、仕出しの弁当のようで、毎日、中身が同じだったから。
赤門さんによれば、安い自動車がないかと、探し回っていると、男が、車のドアを開けて、売りますと書いた紙を上げて、道路の脇に立っていたそうです。
その車は、どこで見つけてきたのか、津波でおしつぶされた跡が、車体に残ってはいたものの、エンジンをかけてみると、ちゃんと動くし、走行にも支障はない。どこで手にれたのか、ガソリンも満タン入っている。思わず、買ったと言ってしまったそうです。
当時、自動車は、至るところに放置されていました。そんな動かなくなった自動車を整備して、乗り回していても、誰も咎める人は、いませんでした。
赤門さんも、いつまでも、避難所にいるつもりはないと言っていましたから、別に盗んだという意識もなかったようです。それから、車のガソリンが不足してくると、その安田さんは、どこかに車を走らせました。ガソリンスタンドがあるところまでは、かなり距離があったので、そこに行ったのでは、意味がなかったのですが、どういうわけか、ちゃんと入れてきました。
赤門さんが、本当にどこで給油してくるんだと詰め寄ると、やあさんは、ゴミ置き場においてある粗大ごみの中に、自動車もあって、その自動車のタンクから、直接ガソリンを抜いてきていたというのです。勿論、ガソリン代は、自分のポケットに入れてました。
やあさんに言わせると、粗大ごみの集積場は、宝の山だそうですが、重機がないと移動させられないし、道路も通行できないでは、どうにもならないそうです。
そうして、やあさんが運転手、赤門さんが、マネージャーになって、私は、売れっ子のイタコなのかな。一日一カ所、週に六カ所も回ると、あたしはくたくた。目が回るわ、肩はこるわ、顎まで痛くなってきた。
そんなとき、やあさんのマッサージがつぼに入って、あ、そこそこと声が出るくらい、気持ちがいいの。こんなに、マッサージがうまいのなら、一緒になってもいいかなあなんて考えたくらい。
ああ、そのときは、赤門さんから結婚の話も心中の話も全くなくなっていたわ。赤門さんは、仕事に夢中になって、あれ、この人って、仕事中毒って思うほど。この人の奥さんになるひとは、どうころんでも、幸せにはなれないと思う。
その軽で、避難所を回っていると、大きなワゴン車に乗っている目つきの悪い連中とすれ違うこともしょっちゅう。あちらは、乗っているのも四、五人だけど、通過するとき互いにじっと見つめ合うの。同業者だとすぐわかるわ、そんな雰囲気があるから、硬派かな。
でも、やあさんがサングラス越しにじろっとにらむと、慌てて目をそらすのが面白かった。
きつい冗談を聞いたので紹介します。今回の大震災では、西日本からは、霊媒師はあまり来なかったみたい。その理由は、霊媒師が降ろした霊が、関西弁を話したのではしゃれにもならないということ。
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