第3話 イタコ
と、赤門さんは、そんな冗談のようなことを考えている内に、被災者と顔なじみになり、被災者の状況(つまり、あの家では、津波で家が流され、家族の中では、祖父と子どもが死んだ、この家では、妻が行方不明となったが、家屋そのものは無事だったなど)が自然と分かってきたと言っていました。
それだけなら、どうってこともないんですが、彼は、その情報を何かに役立てられないかと考えたそうです。人が死んだり、行方不明になったりしているのを見ると、慰めたくなって、結果、口寄せをしてはと思いついたというわけです。
赤門さんは、青森に帰ることも考えたけれど、旅費もない。衣類やら何やらを入れていたスーツケースも流されて、着の身着のままで所持金もなし。連絡すれば何とかは、なったとは思うが、何か面倒で、まあ、ここにいれば、最低限食べる物には、困らないしということで。
それで、あの人が言うには、亡くなった人には申し訳ないが、金儲けのチャンスだと言うんです。だけど、売る物も仕入れる金もないし、どうするのかって聞いたら、イタコをやろうと言うんです。
人間は、ずっと昔から、悲しみを乗り越えて生きてきた。でも、今の人間は、それが下手になったんじゃないかって。今、皆が津波や火災で大事な人を失って悲嘆に暮れているのはやむをえないが、いつまでもそれをひきずるのは、良くないんだって。
じゃあ、どうするのよって言ったら、真剣に話しを聞いてくれて、その上で、あなたの大事な人は死んだと言ってくれる人がどうしても、必要だと思うよって。
それも、まだあの地震から二週間、彼が言うには、ある程度落ち着いてから、少なくとも一ヵ月くらい経たないと、人間は、イタコに頼る気にはなれないんだそうです。頼るというよりも、自分ではその事実を受け入れているんだけれども、改めて誰かに後押しして欲しいという気持ち。そんな時に、イタコの言葉が、胸にしみるんだそうです。説明を聞くと、なるほどと思いながら、改めて、この人って何者って思いました。
それで、適当な女性がいないか物色していたところ、私を見つけて。そりゃ、私は、青森出身ですから、イタコについては、見た事もあるし、知っています。でも、どうしてイタコなの、まさか、私がね~と思っていたら、やっぱり私でした。
恐山のイタコは、みんな年寄りです。ああ、年寄りじゃなくて、高齢者というべきね。あたしは、アラフォーなんですけど。それに、あの人達は目が見えず、まあ、私もド近眼ですが。それにイタコなんてやったことがないから、どうしていいのか全く分かりませんでした。
彼は、口寄せを思いだせって言うんです。イタコが話すことは、確かに殆ど同じです。口寄せの相手の名前と、性別、死亡時の年齢などを聞いて、即興で話していることは知っています。
それをやれって言いました。でも、着る物は、どこから、誰がお客を連れてくるのと疑問はいくらでもあったの。いいから、その時に考えろということで、身につけていたトレーナーにジーンズ、それにサングラスをして、手を引かれたら、自分でも、少し、その気になりました。
でも全くの素人が、イタコの真似をして、インチキだと文句を言われないかと心配だったんだけど、彼が言うには、口寄せを頼む人が、そんなものインチキだと難癖をつけることは、ありえないって言います。 だって、あの世とこの世を結ぶことができるということを信じているから、依頼するんだから、口寄せのお礼が高いかどうかの問題はあるとしても、口寄せそのものに、疑問を抱く人はいないよって。
それに、死んだ人のこの世への未練は、取扱を間違うと生きている私たちに祟ると驚かされると、なかなか、それは違うと言える人はいないだろうって。というよりも、その言っていることがおかしいとは、気づいていても、死んだ人の気持ちを考えると、とてもそんな事は言えないよということになると。
普通、イタコは、自宅で口寄せをするんですが、(恐山で夏の間だけするのは別として)今回は、そういうわけにも行かず、体育館の隅や、張ったテントの中で営業をすることにしました。
私が入ったテントの中は、どこから手に入れたのか、おどろおどろしく飾られ、何やら神棚まで奉られている。そしてその回りには、口寄せをしてもらった人から寄進されたと思わせるためなんですが、実は彼が揃えた酒などが並んでいる。それも、酒は彼が飲んでしまって、中身は水なんだけど。そういうことがなければ、この人は、すごい人だと思うわ。
口寄せをしてもらうときは、亡くなった人の性別、名前、住所、年齢、死亡日時、できれば亡くなった時の状況などを紙に書いてイタコに御願いします。
亡くなった時の状況というのがみそで、それを読んで、何て話そうかなと考える。初めの頃は、こんなことして罰が当たらないかななんて考えたけれど、とにかく一生懸命祈り始めた。そして五~六分間してから、もういいかなって思ったら、ちらっとお客の様子をうかがって、少しづつ話し始める。
下ろす人が、男でも女でも声色を変える必要はないから、
「遠いとこ、よう来た」
「先に逝ってしまって申し訳ない」
「なにかあれば夢で知らせる」
「みんなで力あわせて頑張れ」
なんて定番フレーズを繰り返すだけ。自分でも、下手くそとは思うの。
何回か、やっていると、妙に自信がついて、私、前世では、イタコやっていたんでないかな、なんて思った。あと、イタコのいいところは、質問に答えることはしないこと。もし、何か、質問されて、まるっきり違うことを答えたら、イタコの偉さがなくなるから、そこはお互い様。
一番簡単なパターンといっては、罰があたるわね。そのパターンは、あの津波で、さらわれて死亡した人を下ろすというものね。
「俺は、あの津波に飲み込まれた。ここはどこだ。ああ、寒い。ここには、亡くなった人が大勢居る。おれは、どうしてここにいるんだ」
という感じで。
彼が、イタコのお付きの人になって、受付からお金の受け渡しから、何でも引き受けるのが、おかしくて。この人あんなに暗かったのが、何でこんなに元気にしているのなんて思った。
そして、お付きの人(赤門さん)が、家族に
「霊を成仏させるために、霊に向かい、今どこにいるか教えてください。そうでないと霊は、成仏できずに祟るようになります」
と言うの。祟りを恐れる家族は、
「お前は、この世の者ではない。あの津波で死んだのだ。迷わず成仏してくれ」
と言う。ここが大事なとこで、彼が言うには、この言葉は、霊に向けられたもんだけれど、語りかけている本人にも働くのだそうです。つまり、こういう風に言うことで、生者は死者の死を改めて納得する。
そして、霊(つまり私)は、最後に
「ああ、やはり、俺は死んだのか。○○には、身体に気をつけて。□□には、あの世で幸せを祈っていると伝えてくれ」
のような言葉を厳かに言うの。
そうすると、何か、私まで、悲しくなってきて、遺族の人もさめざめと泣き出して。それが、イタコの演技だと思っても、遺族までもが、同じ演技をするのよ。こういう心の癒し方もあるんだなあと合点がいった。
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