第7話 邂逅
「やぁぁぁぁ!」
助けなきゃ。
その想いが大鎌を振る力を与え、恐れることなく〈ジン〉の群れが作る壁に切り込んだ。
幸い、〈ジン〉は何かに注意を引かれて背中を向けている。
倒すことに労力は必要とせず、仮に感知されたとしても振り返るときには大鎌が紅刃を閃かせた。
だが、切っても切っても見える景色は一向に変わらない。
倒した先にまた〈ジン〉が現れ、前方の視界を塞いでしまう。変わらない景色は停滞感を覚えさせ、抑えていた焦燥感を引きずり出す。
まるで森の茂みをかき分けているような気分になり、次第に焦りは苛立ちへと変わる。
こんなところで二の足を踏んでられないのに!
その怒りで大鎌を振り抜き、前方のユニコーンの頭部を跳ね飛ばした時だった。
紅い粒子へ姿を変えるユニコーンの先に視界が開け、霊体に守られながら大剣を振るう人影が見えた。
その人影は、結った長い黒髪を宙に漂わせ、しなやかで均整の取れた体躯が女性であることを示していた。が、それ以外の情報はくみとれなかった。
理由は彼女が身に着ける装備である。
目元はサングラス仕様のゴーグル、口元は小型のボンベがついたマスクに覆われており、ほとんど顔が見えないといっていい。
あえて何かを読み取ろうとするなら、彼女がコンディーターである、ということだろう。彼女らはそれらの装備が無ければプラント外の活動が行えない。
なぜここに、と浮かぶより先にアーシルは走り出した。
コンディーターの、しかも女性でありながら身の丈ほどの大剣で良く戦えていたいた。
重い大剣の特徴であるその攻撃力で〈ジン〉の体を切り裂き、的確に核を壊すことが出来ている。
重さゆえの欠点であるう手数の少なさと機動力の低下は一撃離脱を繰り返すことで補えている。
自分が何者で、何を扱っているのかをよく知り、鍛えられた人の動きだ、とアーシルは素直に関心した。
けれど、それでもやはり人間なのだ。
大剣を振るう彼女の動きが鈍くなるのが分かった。肩で息をして、攻撃の感覚に間が生じ始めている。反応も遅れているように見えた。
どのくらい戦っていたのかは知らないが、明らかに疲労が蓄積している。
どれほど鍛えようが、体力には限界があり、怪物の一撃をもらえば体が砕ける。だからこそ、ディスポンサーが作られた。人間を護る盾として、そして怪物を屠る矛として。
彼女の疲労が限界に来たのか、ユニコーンの首に振り下ろした大剣が分厚い筋肉を切ること敵わず、動きを止めてしまう。
なんとか大剣を引き抜き、体制を立て直そうとしていた彼女だったが、疲労で背後のガーゴイルの存在を失念し、反応が遅れた。
右手を突き出すガーゴイルの手の平から彼女を丸々呑み込めそうな火球が放たれ、呆然としている彼女の顔が赤く照らされる。
「させるかぁぁぁ!」
間一髪、彼女とガーゴイルの間に割って入ったアーシルの大鎌が火球を切り裂く。
動揺したガーゴイルに詰め寄り、早々に切り伏せると大剣の彼女の元へ駆けようとした。が、それは必要なかったようだ。
ガーゴイルを倒しているまに、彼女も彼女でユニコーンを倒しきっていた。ただし、剣を地面に突き立て、呼吸を整えている。
アーシルの乱入に二の足を踏んでいる〈ジン〉を警戒しながら彼女の元へと近づく。
「……大丈夫ですか? 怪我などはないでしょうか」
「すまぬ、助かった……疲労が強いだけだ、大丈夫」
言い終わると彼女は再び剣を構え、周りの〈ジン〉に構えた。
よかった、と安心したのも一瞬、罵られることもなく、悪態をつかれることもない現状に驚きを隠せず「え?」と変な声で聞き返してしまった。
「なんだ? 聞こえなかったか。私は大丈夫、助かった」
「あ、いえ、すみません。そうではないのですが……何もないのなら良かったです」
「なにもない、か。この状況ではどうなるか……」
周囲の〈ジン〉から動揺の色が消え、ジリジリと間合いを詰めてきていた。確かにコンディーターには危機的状況かもしれない。
アーシルには切り抜ける事ができる自信があるが、彼女は疲労も強く、そうはいかないのかもしれない。
「退路を開きます。あなたは同僚の元へ――」
「断る。人類の敵を前に、背を向けるなどできるか」
「えっ! このまま戦うつもりなんですか?」
「無論だ、私は臆病者たちと同じにはなりたくないのでな。助けてもらったことには感謝するが、ここはいい。そなたは同胞たちを助けるがよい」
分かりました! などといえる訳がない。
せっかく助けに来れた。間に合わせることができた。それなのに、みすみす彼女を危険に突き進ませる訳にはいかない。
だいいち、命令はされてはいない。故に、彼女の言葉に強制力はなく、アーシルは個人の意思で動いい、ということになる。
ディスポンサーでも疲れるかな、などと内心にこぼしつつも、その実は、どこか吹っ切れたような清々しさがあった。
人から奪うのではなく、誰かを護る戦いだからか。そうであってほしい、と思いながら、アーシルは彼女の前に歩み出た。
「ここはいいと――」
「命令、ですか? そうでないなら好きにさせてもらいます。僕にだって心があります。ここであなたを置き去りにすれば、きっとこの先、僕は自分を許せない」
「……なるほど、分かった。なら好きにするがよい。ただし、命を落としも、あの世で恨み言を言うでないぞ」
「言うつもりないですし、そもそも、僕も、あなたもここでは死にませんよ」
「……そうか」
背中越しの彼女の声は笑っているように聞こえた。
コンディーターとこうして話ができる日が来るなんて思いもしなかったが、驚くことはなく、むしろ歯車が噛み合ったような心地よさがあった。
彼女が他のコンディーターと少し違うと感じたからかもしれない。いつもは緊張や恐怖心が強く、ビクビクしていることが多い。
先ほどからの目線合わせてくれるような話し方、それに命令を行使せず、他の者を助けろとも言った。
普通のコンディーターなら「私を逃がせ」というのが常だ。
何が何でもこの人は死なせてはいけない、そう思った。
この人を失えばこの国は大事なものを無くす気がする。
彼女の言葉を反芻しているとふと気づいた。口調のわりに声が若く聞こえる。同じくらいの年頃だろうか。
確認しようにも不自然で、そもそも〈ジン〉がそれを許してくれなかった。
ユニコーンが鋭利な角を突き出し、強靭な脚力で地面を蹴って突進してくる。
大鎌でユニコーンを薙ぎ払い、あたりで戦っていた霊体たちを飛び戻すと背後の彼女の傍で護衛をさせることにした。
「そうか、こやつらはそなたの」
「前線に留まるつもりなのでしょう? 僕があなたを護衛しますので、どう動くのか教えてください」
「うむ、よかろう。私はこの悪戯に間延びしている戦いを迅速に収めたい。そのためには、孤立しているディスポンサーを助け、生き残りで連携させることが必要と考えている。敵の数は多いが、こちらも数では負けていはない。連携ができれば、この現状を打破でき、勝つことができるはずだ。いまやるべきはこれだと思っている。この国を救うためにも、無駄な死を重ねないためにも、な」
彼女の想いはアーシルがこの戦場に望んでいたものそのものだった。
自分にはどうすることもできない領域の話しだと諦めもしていた。けれど、彼女はコンディーターであり、それができる。
そのことが分かった瞬間、自分がこの戦場にいる意味が分かった気がした。いや、そう思いたかったのかもしれない。
やっぱり彼女は死なせられない。
願いが決意に変わり、初めて戦いたいと思えた。
「霊体に護衛はさせますが、あまり無理はなさらないように」
「私を老人扱いするな、これでも17だ」
やっぱりそうか、と小さな心残りを解消したアーシルは走り出した。
来るときは違う。今度は敵のすべてがアーシルを見ている。初めから警戒され、怪物が蠢く中に飛び込むのは普段であれば願い下げだ。こういうのはセスの担当だ。
けれど、今は躊躇も、恐怖もない。それどころか、いつもより大鎌が軽く感じられた。
大鎌だけじゃない。腕も、足も、体を動かすのが楽だった。まるで重力から解き放たれたように。
アーシルは迷いなく前方に力を注ぎ、背後は少女それぞれがそれぞれが不足を補い、連携し、包囲を抜け出した。
アーシルと少女は喜ぶことはなく、黙って頷き合うと近くの同胞の救出に動きだす。
次々に同胞を助けては、敵一体に対して複数人で戦うように少女が指示を出した。素直に従う者もいれば、唾を吐き捨てる者もいた。
話しを聞かず、独自で動こうとするなら「死ぬよりはよかろう」と仕方なく少女は指輪で命令を発した。
混沌としていた戦場に秩序が生まれ始める。
包囲・殲滅を各所で行い、ディスポンサー側が〈ジン〉をカプセル側に追い込んでいるのが分かった。
大方の味方を助け、連携させることで戦況は好転しアーシルや少女も少し気を緩ませるほどの余裕ができた。
このまま押し切ることができる、そう確信した時だった。
空気をつんざくような咆哮が響き渡り、その場の誰もが耳を塞ぎ動きを止めた。
足裏から伝わる微震を感じ、アーシルが目を見開く。
それは次第に大きくなり、アーシルは咆哮が飛んできた方角、巨大な鉄球のようなカプセルと呼ばれるそれを見た。
カプセルは二十メートルほどの直径があり、一部長方形に切り取られたように口が開いていた。その開口部の縁に、指がかかった。
指は紅い鱗に覆われ、黒く光る鋭利な爪を生やしている。カプセルとほぼ同じ大きさのそれが喉を鳴らしながら姿を現した。
「……ドラゴン……だと……」
アーシルの後ろで少女が声を詰まらせる。ゴーグルの下の目は見開かれていることだろう。
アーシルも同じだから分かる。先の咆哮が体を萎縮させ、姿を露わにした巨躯からすれば自分など豆粒に等しい。
こんなものどうやって相手すれば……。
アーシルには不可能に近い。ランクⅮには。
ドラゴン種の背には、その巨体を包み込むことができるほどの翼を持ち、ひと羽ばたきすれば突風が起る。
巨大な尾を一振りされれば、コンディーターだろうがディスポンサーだろうが関係ない。体はバラバラに砕かれる。
そして最も厄介なのが、広範囲に広がるブレス。
ドラゴンはそれぞれが個別のブレスを持ち、放たれたそれは抵抗も、逃避も許さず命を奪っていく。
討伐にはランクAが五人は必要といわれている。
この戦場にそれほどの者がいるのか、いたとして連携はとれるのか、情報不足に不安は募る。乱れた心が思考を霧散させ、動けなくなる。
アーシルが呆然としていると、ドラゴンの胸が膨らみ、天を仰ぐ。
「皆、退避だ!」
少女の叫びは遅く、ドラゴンの吐く黒く燃える炎がその足元に突っ立っていた同胞を悲鳴ごと飲み込んでいく。
更に悲劇が起こる。ドラゴンとは関係のない爆発がいくつか上がった。
指示なく逃げようとするディスポンサーの腕輪や首輪の起爆装置が作動したのだ。
理性を無くした者、元々戦いに狂っている者はドラゴンに突っ込み、尾で叩き潰され、爪で切り裂かれ、巨大な口で噛み砕かれて命を落とす。
断末魔の悲鳴、愉悦からでる奇声、狂乱の音色が戦場に響き渡るのをアーシルは呆然と見ているしかなかった。
だが、ふと見たことのある金髪の少年がドラゴンにまとわりついているのが見えた。
影は紅い刀身の刀を振り、風を斬撃にして飛ばしているが、ドラゴンからしてみればかすり傷と言える傷を無数に刻んでいるに過ぎない。
「あれは……セス……あんなところに!」
セスはブレスを避けるために、ドラゴンの体にとりついていた。右足から左肩へ移っていき、爪が襲い掛かればまた足元へ。
得意のスピードを生かし、翻弄している。
「知り合いか?」
「……ええ、まぁ……」
「動きを見るにランクはAだな。一人のようだが、よくやる。心配かもしれないが、今は体勢を立て直すぞ」
「は、はい」
アーシルは不安を振り払い、少女の指示に従った。
そうだ、〈ジン〉はまだ残っている。
困惑した同胞は次々に襲われており、それを見ての指示だった。少女は動きを止めている同胞に声を掛け、陣形の崩れを修正しる。
その光景は、一枚の絵画を思い出させる。女性が先頭に立ち、大勢の人を血気させている絵だ。
アーシルは少女の姿にその絵を重ね、自分も負けていられないと奮起した。
それから戦場をあちこち駆け回った。できるだけ多くの同胞を助けるために、皆で生き延びるために。
そんな折、再びドラゴンの咆哮が響いた。けれど、今度のそれは、悲鳴のような金切り声に聞こえた。
アーシルがドラゴンの方へ振り向くとドラゴンへの攻撃に数人加わっていた。
ドラゴンの体から多発的な爆発、近くにいる少年が銃を構えている。彼だろう。
さらに、別の少年はガントレットに覆われた拳でドラゴンの顎を打ちあげて怯ませる。
次々にセスとは違う少年たちがドラゴンに攻撃を浴びせていく。五人が確認できた。
恐らくは全員がA。そして、連携をとっているところを見ると、〈契約〉しているのだろう。
ドラゴンは休む暇なく攻撃を受け、悲鳴のような咆哮は弱々しくなっていく。そしてついに、地面に叩きつけられ、その巨躯を光に変えて消えていく。
一時はどうなるかと思ったが、これで戦況が良くなる。
安堵した体から力が抜けて、ため息がこぼれた。
少女と喜びを分かち合おうと振る向くと、彼女もようやく気が抜けたようで剣を地面に差して膝をついていた。
「お疲れ様です」
「あ、ああ。そなたもな……何から何まで助かった……」
緊張の解けた声の少女に手を貸そうとしたした時だった。
空から、低く風を切り裂く音。
アーシルは空を振り仰ぐ。青い空に鳥のような黒い影が矢印のようにして飛んでいる。
「馬鹿な、今頃だと! あれは爆撃機だ! 皆、敵から離れるぞ!」
少女の声に血の気が引いた。
アーシルは武器をしまい、「失礼します!」と少女を抱きかかえる。
少女も「頼む」と首に手を回し、逃げ切るために必要な手段であることを理解したようだった。
アーシルは遠くに見える〈ジン〉の群れに背を向ける。全力で地面を蹴り、できるだけ離れられるように死力を尽くす。
そして爆撃機がアーシルの上空を過ぎ去り、少しの間があった後に笛の根のような落下物の音が聞こえたかと思うと、破裂音と爆風が背後から迫る。
不安になり、肩越しに背後を見る。逃げ遅れた同胞と〈ジン〉がもろとも炎に包まれていく。
必死に手を伸ばしながらも炎に呑まれていく同胞は、恐怖や憎しみに顔を歪ませて消えていった。
アーシルは瞼の裏に刻まれてしまったその光景を見せられながら全力で走り、安全圏へと逃れた。
何度も繰り返される爆撃が、荒涼とした地面に炎の花を幾重にも咲かせる。
「すまない……」
隣に立つ少女はポツリと悔しそうにこぼした。
別に彼女が、コンディーターのすべてが悪いわけではない。それは分かっている。けれど、アーシルは言葉を返すこともできなければ、振り向いて笑みを作ることさえできなかった。
責めたい訳じゃない。ただ、怒りや哀しみ、困惑が胸の内側でいしめき合って、混ざり合って、どうしたらいいのか分からなかった。
アーシルは空っぽになった心と瞳で、呆然と目の前の光景を見ていることしか出来なかった。
ただただ、炎の花が繰り返し咲き乱れるのを見ていることしか……。
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