第24話

 14時ごろには全て片付け終わり、ロゼッタは、騎士たちに少し休憩をとってもらいたいが、どうしたらいいだろうかと、アリーチェに相談した。


 アフタヌーンティーに招待するということになり、領主館で働く侍女たちに協力してもらって、大勢の騎士たちが満足するくらい、大量の食事を作った。


 飲み物と、この地の郷土料理、野菜のトマト煮込みと、パン生地にトマトとチーズを乗せて焼いたものを、ロゼッタは、騎士たちに振る舞った。


 騎士団長マルコ・タルティーニが感謝を述べた。

「まさか、ロゼッタ様が、手ずから料理したものを、振る舞っていただけるとは、恐悦至極に存じます」


「タルティーニ騎士団長、遠慮はいりません。騎士の皆さんは夜通し、見張りをしてくれていたのでしょう?ならば、その感謝を伝えなければと思っただけですから」


 庭に100人分のテーブルと椅子を用意することはできず、騎士のほとんどが、地べたに座っていた。それをロゼッタは申し訳なく思った。


 それを察したエルモンドが、こっそりと伝えた。

「貴族子息とはいえ、全員騎士です。地べたに座るどころか、寝そべることくらい慣れていますから、気になさらなくて大丈夫ですよ」


 今朝の、あの甘い言葉をロゼッタに浴びせたエルモンドではなく、いつもの護衛騎士エルモンドとしての話し方が、ロゼッタの心を妙に掻き乱した。


「皆さん、昨晩から、休む暇なく働いてくれていたことに、感謝いたします。少しの休憩ができればと思い、準備しました。私のアフタヌーンティーへ、ようこそ」


 今まで聖女のアフタヌーンティーに呼ばれたのは、王族を除いてヴェルニッツィ侯爵令嬢のみ、というのは周知の事実だった。


 有力な貴族たちを差し置いて、自分たちがアフタヌーンティーに呼ばれた。これは王都に帰ったら、いい自慢話しになるぞと、騎士たちは、満面に喜悦の色を浮かべた。


「これは、とてもよい案でしたね、これで一段と、彼らの士気が高まるでしょう」ジェラルドが言った。


「そう?ジェラルドにも喜んでもらえて嬉しいですわ」


 アロンツォは、この一席に自分が参加すれば、騎士は息抜きできないだろうから、遠慮するが、料理は食べたいと言って、自室に運ぶよう侍女に命じた。


 たらふく食べた騎士たちは、日没を待った。

 日没まであと1時間30分、昨日に続き、包囲されていることが、マルーンの偵察で分かった。民家への被害が出ていないことだけは救いだ。


 シンバとの意思疎通も上手くいき、昨日ほどの疲労はなく、討伐に成功した。


 騎士たちも夕方に腹ごしらえしたおかげで、存分に剣を振るうことができて、初日は怪我人が何人も出たが、今日は目立った被害はなかった。


 騎士の間では、聖女の料理を食べたおかげで、体が軽く十二分に戦えた、女神エキナセアの加護を得たのだろうと噂になった。


「エルモンド、そろそろ部屋に戻るぞ」


「考えたんだが、俺とジェラルドは、部屋を共有してるだろう?だけど、俺はロゼッタと一緒がいいんだ。俺とロゼッタが相部屋になれば、お前は部屋を独り占めできる。いい案だと思わないか?」エルモンドはソファに座り、ロゼッタを後ろから抱きしめて離さなかった。


 ようやく触れられるのだ。少しでも長く触れていたかったし、ロゼッタの困った顔を見るのも楽しかった。


「お前たちは、結婚はおろか、婚約もしてないんだぞ。共寝なんて許されるわけないだろう。ロゼッタ様の御尊父様に、嫌われたくなければ礼儀は弁えろ」


「ロゼッタ、離れがたいな。ずっと君をこの腕に閉じ込めておきたいが、お父上に嫌われるのは困るから、ジェラルドと寝ることにするよ。また明日な」エルモンドはロゼッタの頭頂部にキスをした。「おやすみ」


「おやすみなさいエルモンド、ジェラルドとアリーチェも」


 ロゼッタは今まで、父や兄以外の男性から、抱きしめられたり、キスされたりしたことは当然なかった。

 恋人が欲しいと思っていたし、甘い時間を過ごしてみたいと思っていたけれど、恋人との時間が、こんなにも心臓に悪いだなんて、知らなかった。

 今日一日で、ロゼッタの心臓は、一生分の鼓動を使い切ってしまったのではないかと思うほどの早鐘を打ち続けた。


 ロゼッタは、皆が部屋を出て行ってから、ベッドに横たわった。静かな室内に、時を刻む音だけがこだまする。


 1日中張り詰めていた心が、和らいでいくのが感じられた。それと同時に、エルモンドの愛の告白を思い出し、恋人ができたのだという幸福に包まれた。


 ファーストキスは、覚えていたかったなと少し残念に思った。今日は頬やら、おでこやら、頭やら、色んなところにキスされたが、唇には一度もされなかった。明日はしてくれるだろうかと、期待している自分を恥じらった。上掛けを頭まで引き上げて、布団にすっぽりと包まれたロゼッタは、眠りに落ちた。


 翌朝ロゼッタは、エルモンドのキスで目を覚ました。

「きゃあ!——エルモンド!」


「おはよう、俺のお姫様。頬にしかしていないよ。唇はロゼッタから誘ってくれないとしないことにした」


(そんなの無理に決まってるわよ、自分からキスしてなんて、言えるわけないじゃない)


「そんなに赤くなって、俺のお姫様は可愛いな」


「やめて、見ないで」ロゼッタは赤くなった顔を、両手で覆った。


「こんなことで恥ずかしがってたら、キスどころか、愛し合うのだって難しそうだな。俺が、どんな風に君を愛するのか、教えてあげようか?まずは、君の首筋に唇を這わせるんだ」エルモンドは、ロゼッタの首に指を這わせた。「そして、ゆっくりと唇を下に下ろしていき、膨らみを口に含む。それから、足の間に手を差し込んで……」


 エルモンドが、ロゼッタの足の間に、手を差し込もうとした時、ドアをノックする音がして、ジェラルドが飛び込んできた。

 ロゼッタの真っ赤な顔と、荒い息づかいに、何があったのか理解して、手のひらで両目を覆った。


「いつの間にここに来たんだ?油断も隙もないな。『エルモンド真面目君』はどこに行ったんだ?お前の下半身は、大人しくできないのか」


「愛する人が愛してると言ってくれたんだ。大人しくなどできるか」


「ロゼッタ様は支度があるんだから、いくぞエルモンド。そういえば、今朝早くに、早馬がきて、ドナテッラ嬢が、こちらに向かっているそうです」ジェラルドがロゼッタに報告した。


「え!ドナが?そんな、ここは危険なのに、何かあったのかしら」


「分かりません。王太子殿下がタルティーニ団長に指揮を任せて、迎えに行かれました。昼頃こちらに到着する予定だそうです」


「そう、心配ね」王都で何かあったのだろうかと心配になったが、ドナテッラが訪ねてくる理由はないように思えた。もっと適任がいたはずだ。


 騎士で手の空いている人を向かわせればいいことだし、ヴェルニッツィ侯爵令息が赴いたっていいのではないか?ロゼッタは胸騒ぎがして、しかたなかった。

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