第8話

 王妃の庭園に招かれたロゼッタは、少しでも優雅に見えますようにと祈りながら、ゆっくりと歩みを進めた。正直なところ、慣れない高いヒールの靴と、重たいドレスのせいで、これ以上素早く動けそうになかっただけだ。


「聖女様、ようこそお越しくださいました。コロニラ王国王妃、アウローラ・ファルコニエーリです」


「王女アリアンナ・ファルコニエーリです」


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。アフタヌーンティーに不慣れな私を気遣って、略式にして下さったこと、人払いをして下さったこと、感謝いたします」


「とんでもございませんわ。聖女様とアフタヌーンティーを過ごせることは、私どもにとって、幸甚こうじんの至りですわ」アウローラが席を進め、ロゼッタが着席すると、アウローラとアリアンナも着席した。


 アウローラは葡萄色ぶどういろのドレスに、ダイヤモンドのアクセサリー、青い羽のヘッドドレスを身につけていた。

 アリアンナは向日葵色ひまわりいろのドレスに、真珠のアクセサリー、黒緑色くろみどりいろの糸で編まれたレースを、ヘッドドレスにしていた。


 聖女より目立ってはいけないという配慮なのだろうか、2人ともあまり豪奢ではなく、地味と言えるほどだった。


「聖女様は綺麗な赤毛なのですね」アウローラは柔らかく笑った。


 ブロンドではないことを嘲笑っているのか、本当に赤毛を綺麗だと思ったのか、ロゼッタには判断のしようがなかった。

「はい、故郷のニコロでは珍しくないのですけど、王都で赤毛は珍しいようですわね」


「この国はブロンドが多いですからね、次に多いのはブルネットかしら、こんなにも赤毛が美しいのなら、殿方たちが放っておかないかもしれませんわね」アリアンナが言った。


 王女殿下は20歳を過ぎているようだと、ロゼッタは思った。

 それなのに、まだ独身だと聞いた。どうして結婚していないのだろうかと、不思議に思った。見目は良く、すっと通った鼻筋に、グリーンの大きな瞳が目を引く美人で、話し方も穏やかだ。

 訳ありなのだろうか?普通ならば女性は16歳の成人式が過ぎれば、すぐにお嫁に出される。


 ロゼッタの2人の姉も、すぐにお嫁に行ってしまったし、19歳にもなって独身でいるロゼッタは、変わり者だ。


「嬉しいですわ。でも王女殿下の方が何十倍も美しいですわ。高貴なお生まれですもの、当然ですわね」ロゼッタが言った。


 それからの1時間半は、ロゼッタにとって地獄だった。よく分からない服のスタイルや、今期どの宝石を買うべきか、誰に投資すべきなのかといった類の話しばかりで、頭が火を吹くのではないかと心配になる程だった。


 何も知らないロゼッタに教授しようとしているのか、それとも、バカにしているのか、親しげに話しているが、裏がある気がする。この2人は何を考えているのか本心が見えない。

 信頼関係を築き上げられていない今は、警戒したほうがよさそうだと、ロゼッタは判断した。


 そうして、アフタヌーンティーという名の、女たちの腹の探り合いが終わった。


「ロゼッタ様は、やはり聡明な方ですわね」アリーチェはロゼッタの瞳を覗き込んだ。


「まさか、哲学書やミステリー小説は好きですけれど、それだけですわ。あまり役には立ちません。人付き合いも下手ですし、数学に関しては壊滅的ですのよ」


「でも、お二方を信用しないと、判断したように思いましたが、間違っていますでしょうか?」


「アリーチェは、よく見ていますわね。私、ミステリー作家になった気持ちで推理してみたんです。推理というと大袈裟ですわね。たんに、お二方の言葉の端々から、私を侮っているような、そんな気配を感じたからですわ」


「だから聡明なのですよ。ジェラルド卿は、お三方の話を聞いていて、何を思いましたか?」


「いやあ、俺には女性の雑談——おっと失礼。王妃陛下と王女殿下が、ロゼッタ様に指南しているようにしか、聞こえなかった」


「ほらね、普通はそういう風にしか、聞こえないものなのですよ。ロゼッタ様があまり他人を寄せ付けないのは、人の悪意を感じ取れるからではないでしょうか?」


「そうなのかしら、考えたこともなかったわ。アリーチェもエルモンドもジェラルドも、私を気遣ってくれるから大好きですよ」ロゼッタは太陽のように満面の笑みで、3人を振り返った。


 エルモンドだけではなく、ジェラルドもアリーチェも、夕日に彩られたロゼッタに魅せられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る