第4話
地球人の中に、ひとりだけ混じったエイリアン。
私自身そう認識するようになってからはもう、周りの人と喋ろうとするのはやめた。
連絡事項は必ず先生が後ろの小黒板に書いてくれるし、困ることはない。
寂しかったけれど、本を読んで別の世界に没頭していれば、そんな感情はすぐに消え失せた。
そうやって騙し騙し時間を過ごし、中学校になった途端、この生活の綻びがすぐに現れた。
一クラスあたりの人数が増えたうえ、中学生になったことでハイになっているのか、男子を中心にさらにうるさくなった。
小学校はまだ『口頭だけでは動けない子もいる』という考えが教師にもあった気がするが、中学校からは口頭だけで情報伝達がなされることが多くなった。
それにより、教室移動の場所が変わってもわからず、私だけ別の場所に行ってしまうこともあった。
「係の子に二限目あとの休み時間に、言ってもらうように頼んだんだけどな……」
遅刻した理由を聞かれて、場所が変わったことに気づかなかった、と訴えたとき、教師から言われたこと。
休み時間なんて、雑音だらけの環境だ。
係の子がみんなを静かにさせてアナウンスしていたらわかっただろうが、よほど教室で権力でも持っていない限り、そんなことはできない。
おそらく、一グループごとに声をかけて回ったのだろう。そして、私があぶれた。声をかけることすら忘れられる存在だから。
遅れてやってきた私を、体育委員の人たちは見向きもせず、バスケの基礎練に励んでいた。
体育委員だけじゃない。誰も私のほうなんて見ていなかった。
歓声。靴の音。雑談。ボールが跳ねる音、音、音。
「聞こえませんでした。すみません」
何に謝っているのかもわからないまま、謝る。わからないなら、謝っておく。地球人への対処法。
「次からはちゃんと、みんなの声を聞いたり、様子を見るんだぞ」
「……すみません」
いつもなら、ちゃんと気を配っていた。
でも今日はトイレに行っていたのだ。トイレに同じクラスの子はいたのに、何も言ってくれなかった。
気がつけば教室には誰もいなくなっていて、鍵が締められていた。
だから急いで外に行って、場所変更を知って体育館に向かって……。
じわり、視界が滲む。泣かないようにすると、喉がきゅっと締め付けられる。
私はいったい、何をするべきだったのだろうか。
どう努力していれば、私は間違えずに済んだのだろう?
「体育シューズ、取っておいで」
体育教師から教室の鍵を渡され、私は体育館をあとにした。
途端、雑音が遠くなった。小さくなったボールの跳ねる音と、クラスメイトのはしゃぐ声、それから私のすすり泣く声だけが耳に届いた。
誰もいなくなった教室で、担任の先生が苛立ちを露わにして怒る。
「調査プリント、今日までだってあれだけ言ったよね?」
「ああ、えっと、はい。すみません」
言われてみれば、と昨日のことを思い出す。帰り際に『絶対締め切り厳守』と言われたことを。
「三田さん、どうしていつも締め切り破るの? メモしたら?」
「メモ、はしたんですけど……」
しどろもどろだが、嘘ではない。
ちゃんと連絡ノートに書いたのだが、宿題を優先してしまった結果、プリントのことをすっかり忘れてしまったのだ。
朝は寝坊して遅刻寸前だったから、まともに確認する時間も取れなかった。
「じゃあどうして……。そんなんじゃ、社会でやっていけないよ」
「はい」
私も、私は社会でやっていけないと思います。
そう返事しかけて、口をつぐむ。
──『社会』。
何度その得体の知れない単語を出されて説教されたことだろうか。
漠然とした言葉を出すのではなく、具体的に言ってほしい。そう主張したいところではあったが、言えなかった。
きっと、学校でやっていけない私は、『社会』でもやっていけないのだろう。
具体的に言ったって、その事実が変わらないのなら、どうだっていいような気がした。
「──て」
「……えっと」
何か先生が言ったような気がするが、考え事をしていて聞き取れなかった。
「すみません、もう一度言ってもらえませんか」
「いい加減にして!」
先生が机を叩く。刺すような音が鼓膜を貫いた。肩がビクリと跳ねる。
「取りに帰ってきてって言ったの! 授業中も話聞いてないとは思ってたけど、どうしてこんなときですら話聞けないわけ⁉︎」
高い声でキンキンと叫ぶ先生。
先生。私も、私がどうして話を聞けないのか知りたいです。
心のなかで問い返し、口では地球人に対する呪文「すみません」を唱える。
そそくさと教室から出ると、途端に心が軽くなった。
そのとき私はやっと、教室にいると心が重くなるということに気がついた。
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