第3話

 幼いころから、どうしてみんなにできることが自分にはできないのか、不思議でたまらなかった。


 物覚えは悪いし、足は絶望的に遅いし、手先は異常に不器用。体育や工作の時間が苦痛でたまらかったが、苦労したのはそれだけではない。


「昨日、お母さんにこの靴買ってもらったんだぁ〜! 見て見て!」

「わぁっ、すごいね」


 みんなが楽しく雑談しているなかに私が入ったら、

「わぁ、キラキラしてる! あ、そういえば私もプラネタリウムに行ってね」

「プラネタリウム……?」

 途端にみんな怪訝そうな顔を浮かべ、声が一段低くなる。


 今思えば、私のなかで因果関係が繋がっているだけなのに、そのまま口に出してしまった結果なのだとわかる。

 そもそも他の人がお披露目している最中に割って入ってはいけないということも。


 だが、そのときはわからなかった。わかる他の子が、何だかエイリアンみたいに感じられた。


 困難は会話だけじゃなかった。名前を呼ばれても気づかないことも多かったから、私に無視されたと先生に訴える子が何人もいた。


「私、呼ばれてないよ」


 そう弁解しても、誰も信じてくれず、先生からも「どうして三田さんはそんな嘘を吐くの!」と叱られた。何回も、何回も。


 私にとって、『呼ばれていない』というのは真実だった。

 騒がしい教室で背後から名前を呼ばれても、他の音にかき消されて消えてしまう。一部の音が聞こえたところで、まさかロクに友達もいない私を呼んでいるとは思わず、また読書や自分の世界に戻っていた。


 だが、その子(累計数人だから『たち』をつけるべきか)が言うに、すぐ背後から声をかけたから、聞こえていないはずがないらしい。


 向こうには証人が何人もいたし、先生もその子の言葉から『気づかないはずがない』と判断したらしく、私が庇ってもらえたことはただの一度もなかった。

 別に、庇ってほしい、と思っていたわけではない。私が言っていることを嘘と一蹴されてしまったのが、とても悲しかった。


 私にその子たちを無視する理由なんて、何もないのに。

 授業で当てられてもあまり答えられなかったり、何をやればいいのかわからないことも多々あったから、先生の心象も悪かったのだろうか。

 理由はわからないが、とにかく私の事情は誰にも計られることはなかった。


 そのうち私は『無視する子』と思われるようになり、先生に一方的に叱られているうちに『無視してもいい子』『軽んじてもいい子』になった。


 もともと友達がなかったから、最初のころは気づかなかったけれど。何だかみんな冷たいな、とは思ったが、いつものことかもしれなかった。


 明確に気づいたのは、みんなで一列に並んで爆弾渡しゲームをするとき。

 爆弾に見立てたボールをみんなで回し、タイマーが鳴ったときにボールを持っていた人が負けというゲーム。


 そのときは一列に並んでするのだったが、まず並ぶとき入れてもらえなかった。

 私だけ列からはみ出ていて、「入れて」と言っても「みんな入れてないじゃん」と意味のわからないことを言われた。


 それでも鈍い私は『みんな入れてないって何だよ』と若干苛立つくらいだった。

 クラスの優しい子が気を利かせて入れてくれたので、なおさら気にしないことにしたのだが……。


 いざ爆弾ゲームが始まって、そろそろタイマーが鳴るぞというとき、私にボールが回ってきた。

 急いでボールを回そうと隣の子にパスしようとするも、隣の子は受け取ってくれない。


「なんで? どうして?」


 何度問うても、その子はその隣の子と話すばかりでボールに見向きもしない。

 五秒後タイマーが鳴り、私が負けたことになったのだが、どうしても納得できなかった。


 さすがに先生も無視できないのか、「どうしてボールを受け取らなかったの? みんなで協力しないとダメでしょ」と注意すると、

「気づきませんでしたぁ」

 とふざけた顔とイントネーションで返した。


 途端、クスクスした笑い声があちらこちらから聞こえてくる。隣のクラスからの雑音と相まって、とても不快な音を醸し出していた。

 腹立たしかったけれど、こういうとき先生はなんて言ってくれるか知っているから、耐えられた。


「次からはこんなことしないように」


 だが、放たれた言葉は予想と違ったものだった。

 ──どうして?


「嘘つきって、言わないの?」


 先生のほうを見て、半ば無意識に口に出してしまっていた。

 教室の空気が固まる。


「普段、あなたがやってることでしょう⁉︎」


 先生はなぜか怒っていた。みんなは笑っているか、引いていた。誰に引いているのかはわからなかったけれど、たぶん私なのだろうとぼんやり思った。


 だって、みんな毎日私をそんな感じの、冷たい目で見ているから。


 そう言語化した瞬間、ああ私は嫌われているんだ、と理解した。

 エイリアンしかいない教室だと思っていたが、エイリアンは私だったのだ。

 孤独だった。

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