第9話 穢れ

 この世界『スレイブニル』にて穢れが何時から生まれたか、それを正しく理解している者はいない。

 少なくとも五千年前には聖女と穢れは存在していたとされており、この世界の人間において穢れとは恐るべき脅威であると共に空気と同等なほどそこにある存在である。



 「あれが…穢れ。」


 近場にある岩陰に隠れた一同はその穢れをその目で確認していた。

 漣が初めて見る穢れはまるで大きなイノシシであった。

 自動車ぐらいの大きさに似合う大きさの牙が漣の恐怖を加速させる。


 「…。」

 「大丈夫ですよレンさん。無理に恐怖を抑え込まなくても。」


 思わず握り込んでいた漣の拳にシャノンの手がそっと乗せられる。

 その手の温かさが漣の心を少し落ち着かせた。


 「シャノン。」

 「誰だって初めては怖いんですよ。憶えてないですけどきっと私も、ね。コレットだって最初の穢れ払いの時は…。」

 「し、シャノン様!い、今はそんな話はいいじゃないですか!」


 顔を赤くして抗議するコレットであったが、自制心は働いたのか穢れの注意を引かないように小声であった。


 「と、いう風に恥ずかしい経験をした子もいるんです。レンさんが特別じゃ無いんですよ?」

 「…ありがとうシャノン。」

 「いえいえ。お誘いした以上はこの位は。」


 そう言って笑顔を見せるシャノンに一瞬見惚れる漣であったが、ここでシンシアが口を挟む。


 「漣さま。我々はこの岩場でコレット様たちの穢れ払いを観察いたします。構いませんね。」

 「あれ?シャノンは?」


 てっきり参加すると思っていた漣はそう疑問を口にするが、シャノンは笑顔を振りまきながら手を横に振る。


 「あはは。今回は後輩たちの手際を見学です。甘やかしてばかりだと皆のためにもなりませんしね。」

 「いや、シャノン様って結構スパルタ…。」

 「しぃー!!聖女ルニお黙りなさい!またあの特訓を受けたいんですの!?」

 「…(プルプル)。」


 ルニが言おうとするが、クリスがその口を塞ぎながら必死に止める。

 コレットはその時の事でも思い出したのか体から震えが止められずにいた。

 幸いにもその会話はシャノンには届いていない…ように思えるが、漣の耳にはしっかりと聞こえていた。


 (え?シャノンの特訓ってそんなに厳しいの?)

 (…あくまで噂ですが、毎回受けた聖女の半数以上が泣き叫びながら狂乱に陥るとの事です。)

 (それってもう拷問じゃないの?)


 漣とシンシアが周りに聞こえないように会話をしていると、シャノンが手を叩き全員を注目させる。


 「じゃあ皆さん。今回は客人がいますし穢れ払いの最終確認、させてもらいますね。私とレンさん、シンシアはこの岩場から観察します。三人共、カッコいい姿の見せ所ですよ?」


 そのシャノンの言葉を受けて、少し浮ついていた三人の気持ちが引き締まる。

 動機は漣に良い所を見てもらおうという不純が混ざったものであったが、三人のやる気は最高潮であった。


 「やり方は三人にお任せしますけど…もし、もしもレンさんが被害を受けたり取り逃がしをしたら…。特訓スペシャルコースを受けて貰うのでそのつもりで。」


 その言葉に三人の緊張感も最高になった。

 通常の特訓でさえ噂が立つほど恐ろしい物なのにスペシャルコースなんて物を受けたら再起不能になるかも知れない。

 いろんな意味で失敗する訳にはいかない三人は緊張の面持ちで己の武器を構え準備にかかる。


 「うんうん。やる気があるのは良い事ですね。では三人共、気張ってくださいね。」

 「では皆さま、ご武運をお祈りさせて頂きます。」


 シャノンとシンシアがそう言葉を贈ると、漣も三人を見ながら応援をする。


 「…会ったばかりで、まだお互いよく知らないけど信じてます。三人なら出来るって。頑張ってください。」


 その漣の恐怖で涙目になりながらも送った言葉は緊張に支配されかけていた三人の限界突破てのスイッチとなったのであった。



 「聖女コレット、聖女ルニ。準備はよろしいですか?」

 《こちら聖女ルニ。問題ないぜ、何時でも行ける!》

 《聖女コレット。問題ありません何時でもどうぞ。》


 クリスは魔法で他の二人と連絡を取り合いながら準備が出来た事を確認すると、自分の武器である弓を構える。

 携えた矢に聖女としての力が伝わっていき、何時でも放てる状態であった。


 「それにしても…いい男ですわね、レン様は。」

 《いきなり何の話ですか聖女クリス。》

 《まあいい男だけど、いきなり様づけは無いんじゃないか?》


 クリスの言葉にそれぞれ反応を示すコレットとルニであったが、それを聞いていないかのようにクリスは喋り続ける。


 「…お二人ともライバルと見越して言わせてもらいます。ワタクシ、本気で彼に恋をしましたので。」

 《はぁ!?いきなり宣戦布告かよ!》

 《べ、別にわ、わわ私は彼の事など何も…。》

 「なので外しませんわよ。彼の心も、この矢も。」


 そう言うとクリスはその矢を放った。

 聖女の加護を受けた矢はひたすらに真っ直ぐに、力強く穢れへと向かっていくとその額の真ん中に突き刺さった。


 「狙い撃ちですわ。」


 会心の一撃を持ってクリスはそう宣言する。

 穢れはとてつもない痛みを受けてとにかく逃げようとクリスとは逆方向に逃げ出す。

 だがそこには。


 「おっと!こっから先は行き止まりだぜ!」


 ルニが槍を構えつつ待ち構えていた。

 それでも構わず突破しようとする穢れはスピードを緩めなかった。


 (確かに聖女クリスほど恋してるなんてハッキリしたものじゃねぇ。けどなぁ!)

 「俺だってアイツの気を引きたいんだよ!」


 その言葉と同時に繰り出された槍の突きは大きく穢れを穿った。

 もはやイノシシとしての原形が残っていない穢れはそれでも立ち上がり逃げようとする。

 穢れに残された道は森か川。

 考えてか本能かは不明であるが、穢れは川へと足を向ける。

 必死に走りつつ川までもう少しという所まで来た穢れ。

 川を渡れば追ってこれない。

 どこまで考えてかは分からないが、穢れの考えはおおよそ正解であったろう。


 「!!」

 「ここまでです!」


 だがその前にはコレットがロングソードを構え立ちふさがっていた。

 穢れは思わず立ち止まる。

 後ろからは先ほどの二人の匂いを感じ取っており逃げ場がない事を悟る。


 「~~~~~~~~~~~~~~!!」


 もはや鳴き声としても成立していないような咆哮を上げると穢れはコレットに向かって突撃していく。


 「…。」


 それに対してコレットは一切動揺する事無く突進してくる穢れをその勢いを利用して切り裂いた。

 真っ二つになった穢れは声を上げる事も無く、黒い粒子となって霧散していった。



 こうして漣が初めて見た穢れは三人により無事払われたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る