第8話 交流

 「…。」

 「「「…。」」」


 漣は三人の聖女に挨拶し、向こうからも挨拶してくると予想していた。

 だが、三人共微動だにせずこっちを見つめているため漣も動けず曖昧な笑顔をするのが精一杯であった。


 (な、なんかやらかしたか?変な挨拶じゃ無かったはずなのに!)


 漣は心の中で悩んでいたが、実際はそうでは無い。


 (せ、先輩…!)

 (悪くない、悪くないですわ!)


 ルニとクリスは漣に先輩と呼ばれて完全に舞い上がっている。

 シャノンに及第点と言われ少し期待しすぎたかと思っていた二人であったが、実際に会ってみればそう悪くは無い。

 それよりも二人に刺さったのは先輩という言葉であった。

 まだまだ聖女として日が浅く、多くの聖女たちから後輩扱いである二人にとってはその言葉は甘い毒のように心に染みわたっていった。

 今二人の頭の中では先輩として漣をイチャイチャと指導する妄想で一杯であった。


 「…。」


 そしてコレットは聖女になる前にも感じた事のない衝撃を受けていた。

 恋愛事に興味が無かった彼女にとって一目ぼれなど理解出来ないものであった。


 (どうして知りもしない人間を好きだと思えるのかな?理解出来ないよ。)


 そう言って憚らなかった彼女はいざ自分が一目ぼれをしてみて理解した。

 常識も何もかもどうでも良いと思えるほどに、好きだと思える事があるのだと。


 「…!!」


 だが一目ぼれどころか恋すらした事が無いコレットには目の前の漣に話しかける事すら巨大な壁に思えた。


 (…おやおや?絶妙に面白い事になりそうですね。)


 この状況を、シャノンは内心でそう面白がっていた。

 この穢れ払いには実力をあまり重視せずに、間違っても漣に危害を加える可能性が低いと思われる人物を選出していた。

 ルニとクリスは好意的なのに加えて、実力がまだ低い事が選出された理由である。

 万が一危害を加えようとしても漣が自力で防げる可能性が高まるからである。


 逆にコレットは実力があって、あまり好意的では無いという理由で選ばれていた。

 何が起こるか分からない以上、実力がある者を入れるのは当然である。

 そして噂に対して好意的では無い者を加える事で引き締め効果を狙っていた。

 それらや性格の真面目さ、そして忠実に命令をこなせる者としてコレットが選ばれたのである。


 そうして組まれた今回の穢れ払いの聖女たちであったが、選出したシャノンや他の者もまさか一目ぼれまでは予想出来るはずもない。

 こうして三人の黙り込む聖女たちが出来上がり、漣も交えて何も言えない空間が広がっていた。

 しばらくこの状況を楽しもうと静観を決め込むシャノンであったが、この状況を打ち壊すメイドがいた。


 「皆さま。顔合わせはここまでにして目的地へと急ぎましょう。時間が押しています。」

 「そ、そそそそそそそそうですね!で、でででは先導させて頂きますので皆様は着いて来てください!では!」


 シンシアの言葉で穢れ払いについて思い出したコレットは止める間もなく走りだしてしまった。


 「もう少し見たかったんですけどね~。」

 「遊ばないでください。では漣さま、馬車にお戻りに。」

 「あー。もし良ければこのまま歩いてもいいかな?外出るの久しぶりだし、先輩方のお話も聞きたいしさ。」

 「あ、ああ!も、もちろんいいぜ!な、なあ聖女クリス!」

 「え、ええ!もちろん構いませんわ!せ、先輩として色々教えて差し上げますわ!ね、ねぇ聖女ルニ!」


 そう動揺しながらもチャンスを逃すものかと必死にアピールする二人に冷ややかな目を送るシンシア。


 「いいんじゃないかな?この辺は盗賊も居ないし、レンさんも歩きたいって言ってるし。」

 「…分かりました。ですが目の届く範囲にはいてください漣さま。」


 シャノンがそう言うとシンシアは諦めてように、誰も乗っていない馬車を操るシンシア。


 「では行きましょうか。見失わない内に、ね。」


 既にかなり離れてしまったコレットを追いかけるように五人はその後を追うのであった。



 「へぇ~。クリス先輩って豪商の娘なんですね。」

 「そ、その通りですわ。父はこのシルビアンでも有数の商人で、ワタクシはその三番目の娘ですのよ。」


 それからようやく正気に戻ったコレットに追いついた漣たちはは会話を楽しんでいた。

 とは言っても主に会話しているのはルニやクリスとであり、コレットとは会話出来ずにいた。

 二人が矢継ぎ早に話しかけるのもあるが、それ以前にコレットが会話の切っ掛けを掴めないでいたのが問題であった。

 その為、コレットはどんどん仲が深まっていく三人の会話を聞くしかないという状況に陥っていた。


 「でも凄いですね。」

 「な、何がです?」

 「何不自由なく暮らせる道もあったでしょうに聖女になって穢れと戦う道を選ぶなんて、尊敬します。」

 「っ~~~~~!!そ、そそそそそそそそそそそそそれほどでもあ、ありませんわ!!で、ですがもっと尊敬しても良いですのよ!?」


 舞い上がってしまうような気持ちを必死に抑えながら余裕のある態度を見せようとするクリス。

 そして漣は逆サイドのルニにも会話を振る。


 「で、ルニ先輩は大家族の長女で。一家を支えるために聖女に?」

 「あ、ああ。聖女になればその家族も国からの支援を貰えるからな。俺がしっかりしないとな。」

 「凄いですね。家族のために危険な道を選ぶなんて。家族思いで優しいんですね。」

 「っ~~~~~!!そ、そそそそそそそそそそそんなんじゃねぇよ!く、口が上手いなお前!!」


 そう言って漣の肩を叩くルニの照れで真っ赤になった顔は幸いな事に漣の角度では見えなかった。


 「…。」

 「レンさんも意外とやりますねぇ~。あの口説き方も教えたんですか?」

 「教える訳が無いでしょう。」


 近づいて来るのを嫌がるシンシアの様子を無視してシャノンは会話を続ける。


 「と、言う事は天然ですか。それは面白い、もとい優秀ですね。」

 「あまり不必要に女性に対してあのような言葉を掛けて欲しくは無いのですが。」

 「嫉妬?嫉妬ですね?」

 「…一般的な意見です。女誑しなどと言われれば評判にも関わります。」

 「うーん。こちらとすれば手を出して貰えるなら万々歳なんですけどね。」

 「またアナタはそう言う事を簡単に…。」


 小言を言おうとするシンシアと聞き流そうとしていたシャノンの動きが同時に止まる。

 漣たちがそれに気づく前に前方で警戒していたコレットが緊張した様子で口を開く。


 「皆さん気を付けて。穢れがすぐそこにいます。」



 漣にとって、初めての穢れ払いが始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る