第7話 聖女たちの事情
―異世界から聖女の力を持った男が現れた。
この知らせを受けた時の教会はまさにお祭り騒ぎという言葉が相応しかった。
聖女になると言う事は即ち、穢れを払うためにその人生を費やす事。
まして恋愛事なんて肉体年齢が止まる聖女にとって、無縁な事であった。
そこに彗星のように現れた聖女の力を持った男、その存在はまるで枯れた大地に降り注いだ水のように彼女たちの恋愛脳を刺激した。
どのような容姿をしているのだろう?
どんな性格のなのだろう?
自分たちを恋愛対象として見るだろうか?
インパクトのある出会いがしたい。
そのような話が毎日のように教会で行われた。
だが少数派ではあるが、その話題に興味が無い。
あるいは呆れたように聞いている聖女もいた。
今回の穢れ払いに選出された三人の内の一人であるコレットもその一人であった。
「皆バカみたい。」
日を過ぎて行くほどに超絶美形などといった尾ひれがつく人物像にコレットは呆れていた。
「聖女とは己を律して力なき者を助けるために穢れを払う。」
その教えを信じて生きて来た彼女にとって、話に浮かれている聖女たちに不信感を抱くほどであった。
聖女の力を持った男という存在は、コレットにとって戦力増強以前に和を乱す害悪として認識していた。
そんな彼女にとって、今回の穢れ払いに参加できた事はチャンスでもあった。
どんな男かは知らないが、今の聖女たちの想像より下なのは間違いない。
嘘を吐く必要すらない。
その男の真実を伝える事が出来れば浮足立った今の教会も元に戻るだろうと考えていた。
そして今、城にほど近い平原でコレットと他に選出された二人が噂の男であるレン・シラカネを生きる伝説であり、聖女長でもあるシャノンが迎えに行っている。
「どんな男なんだろうな!今から楽しみだぜ!」
残り二人の聖女の一人である新人聖女、男勝りなルニが楽しみで仕方がないといった様子で今か今かと待っている。
「全く。品の無い態度でシラカネ氏の聖女像を壊さないでくださいね。ただでさえアナタは乱暴なんですから。」
「何だよ、やる気かよクリス。」
ルニは注意したもう一人の聖女であるクリスに睨みつける。
「嫌ですね。そのすぐに力で解決しようとするその思考。それでは聖女じゃなくても男性はよりつかないでしょうね。」
「は!そういう上から目線こそ嫌われるんじゃねえの?第一、俺はそう言った感情は全く」
「あら?では秘密に手に入れたちょっと過激な恋愛小説は元からの趣味でしたのね。意外ですわね。」
「な!ななな!なんで知ってるんだよ!」
絶対に秘密にしておきたい事を簡単にばらされ動揺するルニに対してクリスは余裕の笑みを見せる。
「少しでも恋愛を学ぼうだなんて、いじらしくて可愛らしいところもありますのね。いわゆるギャップ狙いなのかしら?」
「そ、そういうお前こそ!男に会えるからって浮かれてるんじゃないのか!?」
「あら?ワタクシのどこが浮かれてると?」
余裕の態度を見せるクリスに対してルニはニヤリと笑う。
「料理出来ないくせに可愛らしい弁当作る練習したり、この前なんかこっちが恥ずかしくなるような下着を」
「あぁぁぁぁぁぁ!?黙りなさい黙りなさい!何でそんな事知ってますの!?ストーカーですか!?」
クリスの余裕の態度は一変し慌てたようにルニの口を塞ごうとするが、追撃は続く。
「へっ!人の事ギャップ狙いとか言ってくれたが、こっちがギャップならそっちはエロ狙いじゃねぇか。やーいエロ聖女!エロ聖女!」
「っ…!!どうやらアナタとは決着をつけなければならないようですわね!」
「お?やる気か?いいぜ、やってやるよエロ聖女。」
「上等ですわ、このゴリラ聖女。」
それぞれの武器を構えようとする二人に対してようやくコレットが口を開く。
「そこまでにしなさい。聖女ルニ、聖女クリス。待機中よ。」
「「うっ…。」」
まだ新人聖女である二人にとって、コレットはかなり先輩である。
聖女長であるシャノンがああいう性格なため、シルビアンの聖女にはあまり上下関係に壁は無い。
それでも新人二人にとって先輩であるコレットの言葉は喧嘩を止めるのに十分であった。
(はぁ。全く。)
渋々といった様子で武器を収める二人を見ながらコレットはため息を吐きたくなる。
元からこの二人は仲が悪いが、この話題になると確実に大喧嘩に発展してしまうのであった。
(まあそれも終わりだろうけど。)
実物を見れば熱も冷めるだろうと思いつつしばらく待つと、馬車が見えて来た。
その馬車はコレットたちに近づくと止まる。
しばらくすると中からシャノンが出て来た。
「う~ん!!今日もいい天気ですね!絶好の穢れ払い日和!」
「シャノン様。長きに渡る穢れ払いが終わったにも関わらず、この度の穢れ払いにご同行していただき感謝します。」
そうコレットが言うと、シャノンは笑いながら返す。
「いいんですよ。穢れがあるならそれを払うのが聖女の務めなんですから。」
「流石でございます。」
「そ、それで。し、シャノン様。れ、例の男は…。」
「あ、こらバカ!」
本来であればルニやクリスでは声を掛ける事すら叶わない立場であるシャノンに質問したため、クリスがルニの口を塞ごうとする。
だが、シャノンは気にした様子もなく逆に問い返す。
「ん?気になる?気になっちゃう感じかな?」
「え、ええまあ。」
「ど、同士になるお方の事を知りたいだけですわ。」
「…お許しください。二人には後で言っておきますので。」
素直に答える新人二人に説教する気満々のコレットにシャノンは笑いながら答える。
「全然気にしてないから怒るの禁止ですよ?そもそも我々は志を共にする仲間です。仲間に上下関係なんて必要ないでしょう?」
「はぁ…。」
「そ・れ・よ・り・も!二人とも早く顔が見たいですか?声を聞いてみたいですか?」
「「は、はい!」」
元気に答える二人に満足げのシャノンは少しだけ焦らす事にする。
「ん~。どうしようかな~。」
「シャノン様!?」
「こ、ここまで来て焦らすのは無しですわ!?」
「あはは。ゴメンゴメン。けれど私から見たら容姿は及第点だから、その点は注意するように。」
及第点と聞いて二人のテンションが少しだけ下がるが、むしろ想像は掻き立てられていく。
(ま、その程度でしょうね。」
一方でコレットは及第点と聞いて自分の考えが正しい事を確信する。
あとはこの穢れ払いを終わらせて教会の皆に報告すればいいだけである。
「それではレンさん!どうぞ登場してください!」
シャノンの言葉を受け、馬車から降りてきた人物を見てコレットは衝撃を受けた。
スレイブニルでは珍しい黒髪、痩せすぎでもなく太り過ぎでもない整った体つき。
だが何よりもその優しげな眼が彼女の目と合った時、彼女は一瞬にして理解した。
「れ、レン・シラカネです!本日は先輩方の様子を刻みたいと思います!若輩者ですが!よろしくお願いします!」
自分はこの少年に一目ぼれしてしまったのだと。
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