第3話 新しき日常

 漣がスレイブニルに召喚されて、既にニ週間が経とうとしていた。

 初めの内は会議や顔合わせ、果ては民衆向けにパレードと忙しい日々を送っていた漣であったが、この数日は落ち着いた日々を送っていた。


 「おはようございます漣さま。早くお目覚めを。」


 漣の一日の始まりはシンシアの声から始まる。

 まだ閉じかけている目を擦りつつ漣はシンシアに挨拶をする。


 「おはよう。シンシアさん。」

 「おはようございます。お召し物を持って参ります。」


 漣が起きたのを確認するとシンシアは既に用意してあった今日の服を持って来る。

 基本何かしらの予定が無い限りはトレーニングもするため軽装であった。


 「寝巻はこちらに。お召し物の着方でお困り事はありますか?」

 「ん?無いよ?今日も新品みたいに綺麗だね。」

 「仕事ですので。」


 最初の頃はシンシアによって着替えさせられていた漣であったが、本人の希望もあり何とか服を自分で着る自由を得ていた。

 いつものやり取りを終えるとシンシアは朝食の準備のために一旦外に出る。

 その間に服を着こんだ漣は着こなしに問題が無いか確認する。

 一つでも問題があればシンシアに厳しいダメ出しを食らうため毎回が緊張する漣であった。


 「朝食を持って参りました。」


 シンシアが朝食を乗せたカートを部屋に入れると、まずは漣の服装を確認する。


 「…失礼します。」


 どうやら襟が歪んでいたようでシンシアは近づきそれを直す。

 その結果、シンシアの整った顔が間近にあるため漣は先ほどとは違う緊張に包まれる。


 「本日はココのみのようですね。最初に比べればよい成長だと思われます。」

 「あ、ありがとう。」

 「ですがこれが毎日出来てこそ、ですので気を緩めないようお願いいたします。」

 「うっ!…はい。」


 シンシアに釘を差され気を引き締めた漣はそのまま自室で朝食に入る。

 無論城には食堂があるが、異世界人である漣を良く思っていない兵もいなくは無い為、自室で取るよう勧められている。

 同じ理由で朝食を作っているのはシンシアである。


 「今日は漣さまのお話を聞き、半熟の目玉焼きというものを用意しました。お口に合えばいいのですが。」


 そう言って漣の前に出されたのはシンプルなパンにサラダ、そしてスープに目玉焼きという朝食であった。

 漣は早速、目玉焼きにナイフを入れる。

 すると程よい半熟加減の黄身がトロリと流れる。

 それを口に運ぶと絶妙な塩加減と卵の味が口の中を支配する。


 「うん!おいしいよシンシアさん!」

 「ありがとうございます。」


 そう言うとシンシアはオレンジジュースらしき黄色いドリンクを用意する。

 漣も正体は知らないが、味もオレンジジュースに似ているため特に気にしない様にしている。


 「…。」

 「?どうしたのシンシアさん?」

 「いえ。最初の頃に比べてマナーが身についてきたと感心しているのです。最初は目も当てられない程でしたから。」

 「は、はは。」


 シンシアの言葉に乾いた笑いしか出てこない漣。

 一般的な日本の家庭に生まれて来た漣にとって、ナイフとフォークは使い慣れない物であった。

 だが、上手く扱わなければシンシアと二人きりで密着した状態の嬉し恥ずかしな状況が一時間以上続くため、漣は必死にテーブルマナーを憶えたのであった。


 「では、本日の予定を確認させて頂きます。まず午前中は…。」


 そして朝食の時間中の予定の確認を済ませながら午前の時間は流れていく。



 「はぁぁぁぁ!!」


 午後となり昼食を終えた漣がやる事は剣の修行であった。

 聖女の力を持っているからには魔法も使えるらしいが、まずは一つの道からという漣の意見もあり、今は剣の修行のみである。

 そしてその剣の師匠というのも…。


 「…。」


 メイドであるはずのシンシアであった。

 最初の頃は漣も相手がシンシアである事に不安を覚えていたが、結果としてそれは杞憂であった。

 シンシアは漣の気迫を込めた剣を楽々と受け止めると、剣を弾き飛ばすのであった。


 「ま、参りました。」

 「気合が乗り過ぎています。まずは心を冷静に保つ事、何事もそれが出来なければ成就しません。」


 シンシアはそうアドバイスすると、ツカツカとどこかへ歩いていった。


 「はぁ、はぁ。一体何者なんだよシンシアさん。」


 漣の世話は勿論の事、この世界の勉強やマナー関係に至るまで全てシンシアが受け持っていた。

 その上、他の城の雑務をこなしている所も見かけるのだから一体どこにそんな体力があるのか聞きたいぐらいであった。


 「本当にどうやって仕事こなしているんだろ?」

 「目の前の事を確実に終わらせる。それだけでも物事は進むものです。」

 「うおっ!」


 急にシンシアが後ろから声を掛けて来たため驚いて飛び上がる漣。

 その様子に臆する事も無くシンシアは持ってきた水筒のような容器を漣に渡す。


 「お話を聞き再現してみたスポーツドリンクです。どうぞ。」

 「あ、ありがとう。」


 渡されたスポーツドリンクを漣が飲んでみると程よい甘みで飲みやすかった。


 「おいしい。」

 「ありがとうございます。」


 シンシアは頭を軽く下げると練習用の剣を片づけに入る。

 漣はそれが剣の修行の終わりを告げる合図であることを知っている為、こっそりと部屋に戻ろうとする。


 「お待ちを。」

 「!!(か、完全に後ろだったのに!)な、何かなシンシアさん。」

 「剣の修行のあとは必ず禊の時間であると前々から確認しているはずですが?」

 「あ、あ~!!そうだった、そうだった!すっかり忘れてたよ!」


 無論大嘘である。

 恒例となりつつある日常で漣が唯一受け入れられない時間、それが禊であった。

 簡単に言えばお風呂に入るだけであるが、漣は何とかしてこの時間を無くしたかった。


 「じゃ、じゃあ禊を済ませて来るからシンシアさんは…。」


 漣が禊を嫌がる理由、それは。


 「勿論付いて行きます。漣さま一人では汚れを落とし切れない可能性があるので。」


 禊=シンシアとお風呂に入るという図式が出来上がってしまうからだ。

 勿論シンシアはメイド服を着たままだが、彼女に体の隅々まで洗われるのは思春期である漣にとって耐えがたいものであった。


 (向こうは仕事としか思ってないんだろけど、…やっぱり意識しちゃうよな。)


 この知人のいない異世界で今のところ頼れるのはアレク王とシンシアの二人だけ。

 その中で女性で甲斐甲斐しく世話をしてくれるシンシアを意識するなという方が無理なのかも知れない。


 「と、とにかくさ!今日のところは…。」


 何とかしてシンシアを説得しようとする漣であったが。


 「何か?」

 「いえ何でもありません。」


 シンシアに軽く一睨みされるだけで観念し、漣は彼女と一緒に禊場に行くのであった。



 禊を終えた後は練習用の剣を手入れし、夕食を食べて勉強。

 その後はベットで規則正しく眠る。

 これがスレイブニルでの漣の日常となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る