第2話 俺、聖女になります!

 「…以上が全てとなります王よ。」

 「はぁ、アントニー。何と愚かな事を。」


 王子であるアントニー(バカ)によって、突如として異世界であるスレイブニルに召喚された漣。

 兵士たちに拘束され、王であるアレク・シルビアン十五世の前に罪人のように突き出されていた。

 そして今、アレクはアントニーお付きのメイドであるシンシアによって説明を受け額に手を当て落胆していた。


 「それで、この者はどうしましょう王よ。やはりこの事態が他国に広まる前に始末をつけた方がよろしいのでは?」

 「そんな!!」


 あんまりな内容に抗議の声を上げる漣であったが、アレクに意見した将軍らしき男は逆に漣を睨みつける。


 「黙れ!異世界から入り込んだ虫め!貴様が来なければ王子が去る事も無かったのだ!」

 「無茶苦茶だ!あの王子が俺を呼んだんだ!」

 「ええいもういい!ここで叩き切ってくれる!」


 男が剣に手をかけて場がザワザワし始める。

 するとシンシアがスッと男と漣の間に入った。


 「メイド風情が!邪魔をするな!」

 「将軍、落ち着いてください。王からは何も命じられておりません。その状況で玉座の間を血で濡らすのはご高名に傷を付けます。」

 「黙れ!邪魔をするなら貴様も!」

 「いい加減にせよボーク将軍!」


 今にも切りかからんばかりのボークを止めたのはアレクの怒声であった。


 「貴殿はそこまでこの玉座を血に染めたいのか!」

 「い、いえ。そ、そう言う訳では…。」


 流石に王の前では強く出れないのかボークの勢いがみるみる落ちていく。


 「ならば下がれ!命ある内にな。」

 (あれ?今王様、シンシアさんの方を見た?)

 「も、申し訳ありません。」


 漣が疑問に思ってる思っている内にボークは後ろに下がっていく。


 「さて、確かレンと言ったか?」

 「は、はい。」


 アレクは名前を確認すると、玉座を降り漣に近づいていった。

 近づくたびに周りからザワメキが強くなっていく。

 そして漣のすぐそばまで寄ると、アレクは頭を深く下げた。


 「済まなかった。レン・シラカネ。」

 「え?…え?」

 「王よ!そのような者に頭を下げるなど!」


 ボークが怒りの形相で近づこうとするが、アレクの視線で止められる。


 「黙れボーク将軍!息子の不出来は親である余の責任である!頭を下げるのは当然であろう!兵達よ!今すぐこの者の拘束を解け!」


 王であるアレクの命令を受けて兵士たちが漣の拘束を解いていく。


 「本当に済まない。愚かな息子のせいで呼んでしまい言葉に出来ぬほど申し訳ない。」

 「い、いえ。王様が謝る事では…。」

 「そう言って貰えると助かる。必ずアントニーを連れ戻し、責任を取らせよう。」


 アレクは漣にそう言うと、シンシアに視線を向ける。


 「シンシア、お前はどう思う?このレンという若者には本当に聖女としての力があるか?」

 「あります。」


 シンシアの即答に再び玉座の間にザワメキが響いて行く。

 それだけ聖女の力を持つ男が珍しい証拠であった。


 「…そうか。」


 アレクはそれだけ言うと再び漣に対して頭を下げる。


 「恥を承知で申し上げる。レン、いやレン殿!」

 「ど、殿?」

 「その聖女の力を我がシルビアンの為に、いやスレイブニルの為に使ってはもらえないだろうか!!」

 「…え、え~?」


 状況が分からず思わず情けない声を上げる漣。

 その態度にボークが噛みつく。


 「なんだその態度は!黙って頷けばいいのだ!」

 「将軍!何度言わせればいいのだ!余はレン殿に頼んでいるのだ、邪魔をするでない!」

 「っ!!」


 ボークが悔しそうに後ろに下がるタイミングでアレクは状況を話し出す。


 「我が国、シルビアンは以前現れた巨大な穢れのせいで多くの聖女を失ってしまった。我らには新たな希望となる存在が必要なのだ!」

 「…それが俺、だと?」


 漣の言葉にアレクはゆっくりと頷く。


 「本来であればアントニーが背負うべき責任。それを同い年の少年、それも異世界の人間に背負わせるなどあってはならない事ではある。しかし!そうも言ってられないのだ!頼むレン殿!」

 「…。」


 漣がどう返事するか迷っていると周りを囲んでいた多くの文官や武官たちが一斉に頭を下げる。


 「「「「お頼み申します!レン殿!」」」」


 一斉に頭を下げられて漣も覚悟を決める他なかった。

 が、その前に決めておかなければならない事がある。


 「…条件を付けてもよろしいでしょうか?」

 「我々に出来る事であれば。」


 アレクが即答したのを確認して、漣はいくつかの条件を言う。


 「一つ目は俺をアントニーの代わりにして政治利用をしない事。」

 「当然だ。レン殿はレン殿、アントニーはアントニーだ。似ているからと言って利用しようとは思っていない。」

 「安心しました、アレク王。」


 不安材料の一つが消えた事で少し心の余裕が出て来た漣は次の条件を出す。


 「二つ目はシンシアさんを傍に置いてほしいんです。信頼できる人が近くにいて欲しいので…。」

 「ふむ。メイドはどのみち付けるつもりではいたが…。シンシア、お主はどう思う?」

 「それがご主命であるならば。」

 「よし、ならば決まりだ。他には何かあるか?」

 「では最後に、しばらくの間は修行やこの世界や国を知る期間を設けて頂きたい。」

 「ふむ?それは一体どういう意図で?」


 アレクに問われた漣は覚悟を決めた顔で言う。


 「修業は勿論。守るべき世界や国を知りたいと思うのは不思議な事ではないでしょう?」

 「おお!レン殿、そこまで考えてくれていたとは!無論許可しましょう!」

 「…俺からの条件はこれ以上ありません。」

 「良し!ならばこれで決まった!」


 アレクは立ち上がると王として臣下たちを見渡す。


 「これよりはレン殿を聖女として迎え入れる!これは王命である!明日の朝すぐに民衆に男の聖女が誕生した事を伝えよ!」


 臣下たちは頷くとそれぞれの働きをするために玉座の間を去っていった。

 そしてその場にはアレクとシンシア、そして漣のみが残った。


 「あれ?あのバカ、じゃなくて王子が力を持っていた事は公表は…。」

 「う、うむ。次の式典の際にするつもりではあったのだ。」

 「恐らくはその事も計算して逃亡計画を決めたのではないかと。」


 シンシアの解説に納得しながらも漣は今更ながらに震えが出て来る。


 「安心しくれレン殿。我々が国を挙げて貴殿をフォローしよう。そしてアントニーを見つけ出し、責任を取らせたあかつきには元の世界に戻れるよう尽力しよう。」

 「…ありがとうございますアレク王。」


 そう言いながら二人は固く握手をする。

 その様子を憎悪を持って見ている者がいる事をアレクと漣は気づかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る