#6
社会科教員室の次は数学、その次は国語。
どの教員室にも事件のあった日は誰かしらの先生がいて、なおかつみんな村井先輩のことを知っていた。
大岡さんのする質問はいつも同じだ。「事件のあった夜のことを教えてください」、「村井さんはどんな生徒でしたか」。それと、「生徒と男女の関係に発展しうることはあるのか」。
それに対する返答も、どの先生もほぼ一緒だ。「事件の日は何も見ていないし聞いていない」、「村井は真面目にノートを取る模範的な生徒だった」、そして「生徒との恋愛なんてありえない」。
ボールペンにしたって、「ありきたりなペンだから自分が使っていたものかは分からない」とどの先生も同じ返事をした。
「こんな捜査、意味あるのかな」
「大アリシロアリサムライアリだけど?」
サムライアリ……?
質問の意図も、そこから得られるはずの解も。俺には何を求めて質問しているのか全然分からないけど、大岡さんには何かしらの意図があるらしい。
「でも、明日の朝までに解決しないといけないんでしょ。大丈夫なのかな」
「ふふっ、探偵部の行く末を心配してくれているのかい? 嬉しいねぇ。キミにも助手としての自覚が芽生えてきた、ということかな」
「そうじゃないよ! 容疑をさっさと晴らしたいだけだって!」
「容疑。容疑ねぇ」
大岡さんは不適に笑っている。
「ま、今のところボクの推理通りさ。むしろ、先生たちの証言で裏付けを取っていると言ってもいいね」
「聞かせてよ。その推理ってやつをさ」
「コース料理というのはね、まずオードブルから頂くのがマナーなのだよワトスンくん」
「は?」
「謎も同じさ。稀代の天才シェフであるこのボクが、今回の事件をどんな
大岡さんはニコニコしている。
続いてやってきたのは英語科の教員室だ。
ここでもやはり事件の夜校舎にいた先生がいたが、
「そう……やっぱり第一発見者の生徒っていうのは、田山くんのことだったんだね」
事件当夜、教員室にいたのは
担任クラスは3年B組、村井先輩のクラスだ。鴻池先生は帰国子女で、英語以外にも三か国語くらい喋れるらしい。発音が明瞭で指導経験も豊富、生徒人気も高い先生だ。そして何より、我が天文部の顧問をやってくれている。
「だいじょうぶ? 眠れなくなったりしてない?」
「大丈夫です、先生」
「そっか。それは良かった」
鴻池先生は俺と大岡さんに椅子を出してくれて、コーヒーまで淹れてくれた。
「それで? 何を聞きにきたのかな?」
「事件当夜、何か不審な物音や人物を見ませんでしたか?」
「うーん、どうだろ。わたし、仕事に集中すると周りが見えなくなっちゃうからな……。何か見たり聞いたりしてても、忘れちゃってるかも」
「先生はおひとりでこの教員室に?」
「うん、そーだねー。こんどの中間テストの問題文チェックが中々進まなくってね」
作業した証拠は見せられないよ?と鴻池先生は冗談めかして言った。
俺たちだって、カンニング目的で捜査してるわけじゃない。
「教員室を出たりしたことは?」
「ないと思うな。もしここを出入りしてたら、他の先生が気づくと思うけど」
確かに、英語科の教員室は3階の一番奥だ。廊下にはずらりと並ぶ各科目の教員室。誰にも気づかれないように教員室を出ることは不可能ではないが、リスクが高すぎる。廊下のどこかの教員室から誰か出て来れば、必ず鉢合わせする配置だ。
「そうですか。先生は村井さんの担任でもありましたね」
「そうだね」
鴻池先生は両手でコーヒーの入ったマグカップを握っている。
「クラスのみんなも動揺してる。どうして村井さんが、って。今はみんなも受験で大切な時期だから、どう指導していいか……わたしも、こういうことは初めてだから」
「正直にお話しになったらいいんじゃないでしょうか。村井さんは殺されたんです、って」
「えっ? 大岡さん、今なんて?」
「村井さんは殺されたんです。何者かによって」
「一体誰に?」
「目下捜査中です。ですが、もう犯人の目星は付いてますよ」
大岡さん、なんだか鴻池先生に対してだけ態度が冷たいような。
「……大岡さん、もしかして鴻池先生のこと疑ってる?」
「ははっ、何をバカなことをいうんだ田山。まさかこのボクが、どさくさに紛れて田山を天文部から引き抜くために、鴻池先生をどう騙してやろうかなんて、考えているわけないだろう?」
「……考えてるんだ」
「先生と田山の仲が良さそうなのが気に食わないとか、そういうことは全然、全ッ然ないんだ。単に天文部から引き抜くには、顧問の先生が美人英語教師っていうのはマイナスに働くなって思っただけで。男子生徒というのは、えてして綺麗なお姉さん先生の有償の愛にイチコロになって熱を上げがちだから」
こんな早口で喋る大岡さんは初めて見た。図星を突かれて動揺してるのかな。
「えふん。ボクが鴻池先生を個人的に恨……どう思ってるかなんて、今は関係ないだろう」
今「恨んでる」とかいいかけたぞこの女。
「そうだ。大事なのはノートだ。どうかな鴻池先生、村井さんのノートとか、残ってやしないかね」
「そういうのは警察に証拠物件として出しちゃったから……あ、ノートはないけど、小テストの答案ならあるよ」
本来は他人に見せていいものではないような気がするけど、俺は今日初めて村井先輩の直筆の文字を見た。名前欄の筆記体が美しい。読めないけど。
「ほう、なんだろうね。この名前」
「名前? 村井さんので間違いないけど」
「確かに姓は『Murai』になっているけれど、名が違うようだよ?」
「ああ、これね」
鴻池先生は小テストの名前欄をなぞった。
「村井さんの下の名前、
「なるほど、ありがとうございます。じゃあ次の質問ですが……鴻池先生は、村井さんのことが好きでしたか」
「うん。生徒はみんな大好きだよ」
「いえ、そういう意味ではなく。先生と生徒という垣根を越えて、生涯のパートナーになりたいだとか、そういう」
「おいちょっと待て」
思わず大岡さんを制止してしまった。
「その質問、する必要あるか? だって鴻池先生は女性だぞ」
「何を言っている。今日日同性恋愛なんて珍しくもないし、何より女教師と女生徒なんて最も
まあ、確かにキライではない、が。
「ははは、ないない。生徒と教師の恋愛なんて、ドラマの見過ぎじゃないかなぁ、大岡さん」
「では村井さんに対してそういう感情を抱くことはないと?」
「当たり前だよ。確かに生徒としては好きだけど、なんて言ったらいいのかな。わたしにとって生徒って、弟とか妹みたいなものだから。家族愛、うん、そういうのに近いと思うよ」
「そうでしたか……アテが外れましたね」
大岡さんは鴻池先生をなんだと思ってるんだ。
目配せに合わせて、今まで通りにペンを取り出す。
「このペン、先生のではありませんか?」
「うーん、どうかな。わたし黒はあんまり使わないんだ。いつも赤か青かばっかりで。英語科の教員室にあったものかもしれないけど、ペン置き場は入れ替わりが激しいからなぁ」
「そうですか。実はこのペン、村井さんの遺体の側で拾ったんです」
「ふーん。じゃあもしかして犯人に繋がる指紋か何かが残ってたりするのかな」
「どうでしょうね。今日は長々とありがとうございました、鴻池先生。コーヒーも、ごちそうさまです」
「うん。聞きたいことがあったらいつでも来てね。先生待ってるから」
小さく手を振る鴻池先生に見送られ、俺たちは英語科教員室を後にした。
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