#4
「いい加減バカな部活動はやめろ、大岡」
柔道部部長にして主将も兼任しており、小柄な体格ながら組み付いた相手を軽々投げ飛ばす姿は「技の1号」とも呼ばれているらしい。
「逗浜西高校の名に傷がつく」
「ふふん、だったら殺人事件が起きている現状はどう思うかね、生徒会長クン。これ以上に高校にとって不名誉な事態があるかい?」
「不名誉も何も、事件はほぼ解決したようなもんだろ」
富士丘先輩の後ろから声を張り上げたのは、副会長の
「なんでも、あの事件の日、村井が落ちた校舎に居合わせた生徒がいるらしいぜ」
「なんだって、それは本当かい?」
「校長先生に聞いたんだ。なんでもあの日、天文部の部員が急遽夜間使用許可を取ってたそうだ。しかも村井のやつ、天文部の部長と付き合ってたとかで……」
「それ以上はよせ、佐崎。亡くなった生徒のプライバシーに関わることをべらべら喋るもんじゃない」
「すみません、会長」
佐崎先輩は富士丘先輩に制止されてようやく黙った。
「まあ、そういうわけだ。今回の事件は直に解決するだろう。君たちの探偵ごっこが入りこむ余地はない」
「どうかな。今のを聞いて確信したよ。キミたち生徒会はこの事件を誤解している」
「なんだと?」
「どうだろう、ボクと賭けをしてみないか。ボクは明日の朝までに、村井先輩の事件を見事に解決してみせようじゃないか。もし出来なかったら、探偵部の設立は諦めるよ」
「いいだろう。どうせ出来っこないからな。念のため聞いておくが、もし解決できたらどうする?」
「探偵部の活動を西高にとって必要なものであると認め、部の設立を承認したまえ」
なんだと、と声を張り上げる佐崎先輩を、富士丘先輩は手で制止した。
「なるほど。学校内で起きた事件を解決できれば、探偵部には能力があると証明されるわけだな。確かに筋は通っている」
「会長⁉」
「いいだろう、大岡。やりたいようにやってみたまえ」
「寛大な判断、痛み入りますよ生徒会長サマ」
「ただし、期限は明日の朝、日が上るまでだ。お前が自分でそう宣言したのだから、二言はないな?」
「ボクは武士でも
今にも段ボール箱を蹴りだしそうなほど青筋を浮かせた佐崎先輩を引き連れて、富士丘先輩は図書室附室を出て行った。
「さあ、これから忙しくなるぞ田山。探偵部の初仕事だ」
「いや、だから俺は天文部だって」
部屋を出ていこうとする大岡さんに、俺もついていく。
探偵部の活動に協力するつもりはない。だが、佐崎先輩の言っていた「校舎に居合わせた生徒」とは十中八九俺のことだ。
犯人として疑われている。
確かに、あの場に大岡さんが現れていなければ、あの時の俺にはアリバイがない。村井先輩とも無関係というほどの間柄じゃなかったし……むしろ、疑うなというほうが無理だ。落下死したのも俺のいた場所のすぐ下だった。
となれば、俺のすべきことは一つだ。
不本意ではあるけれど、ここは大岡さんの「探偵ごっこ」が俺の無実を証明してくれるのに賭けるしかない。
○ ● ○ ● ○
捜査を開始した大岡さんが最初に訪ねたのは、附室のすぐ隣、図書室だ。
カウンターにとことこ歩いていき、図書委員に司書の先生の行方を聞いている。
「うわキツ先生」
「うわキツ言うな!
司書の上木
「あっ、ごめんなさい。ヘンなところ見せちゃった」
上木先生はYシャツの上からカーディガンを羽織り、下はタイトスカートの、アラフォービジネスウーマンっぽい格好だ。額を大きく見せた髪型に丸眼鏡、本を抱えた姿は若い頃ならば窓際の文学少女としてクラスの男子たちも放っておかなかっただろう。若い頃ならば。
昔は何でも許されていたであろうてへぺろ顔も、寄る年波には許してもらえなかったようだ。
「うわキツ先生。いつもの、おねがいしゃーっす」
「まったくもう……はい、これでいいでしょ」
上木先生が後ろに隠した手を前に出すと、そこには黒い表紙をつけて閉じられた冊子が握られていた。
「なんですか、それ」
「何って、警察の捜査資料だけど」
警察の!? 捜査資料!?
なんでそんなものを司書の先生が!? どこから出したの!?
「ふむふむ、やはりか。あの時間に校舎にいた生徒は田山くんとボク、それと被害者の村井先輩だけのようだ」
捜査資料を読みながら、大岡さんは呟く。
「でも俺も大岡さんも事件に関係ないんじゃ、村井先輩は自殺だったってことになるよ」
「いいや、そうじゃない。これはれっきとした殺人事件だ。これを見たまえ」
大岡さんは捜査資料の中から検死報告書を俺に見せつけてきた。一瞬前に、クリップ留めされていた写真を抜き取ってから。おそらく、村井先輩の遺体を写した写真だったんだろう。
「頸骨が折れている。背中から顎に、斜めに向かう方向だ」
「でも、村井先輩は4階より上の位置から落ちたって書いてあるよ」
校舎は4階建てなので、屋上からの落下なら辻褄はあう。
「そんな高さから落ちたら首が折れても不思議じゃないでしょ」
「どうかな。田山は落下したのが村井先輩だとどうして分かった?」
「そりゃ、ひどい顔になっちゃってたけど、知ってる先輩だし」
「そうとも。ボクたちは村井先輩の顔を見た。つまり、先輩は落ちたとき仰向けだった」
「……? それがどうしたっていうんだ」
「人間がついうっかりか、あるいは誰かに突き飛ばされたかして、建物の上階から落ちたとする。どう落ちるね?」
「そりゃ、頭からでしょ」
普通足からは落ちない。なんとか衝撃を和らげようと体勢を変えようにも、4、5階程度では間に合わない。予め落ちることが分かっていれば、それも不可能じゃないんだろうけど。
「そうとも。落ちた人間は後頭部を地面に激しく打ち付けるわけだな」
大岡さんが俺の後頭部を軽く小突く。
顎がガンと前に出て、首が曲がった。
「だが、それなら骨は後頭部から胸に向かう方向で折れるはずだ。これでは折れ方が逆じゃあないか」
「じゃあ前から落ちたとか? 後頭部じゃなくておでこをぶつけたとか」
「確かに前から落ちればそうなる。だけど、それなら額に痕が残るはずだし、何よりボクらが見たのは仰向けになっていた先輩だ。それは事実に反する」
首の折れ方は前向きに落ちたことを示し、見ていた事実は後ろから落ちたことを示している。つまり……?
「村井先輩は犯人に絞殺されたんだ。頸骨が折れたのはその時だろうね。犯人は村井先輩を殺害した直後、窓から投げて中庭に落とした」
何のために、というのは野暮だろう。
村井先輩を殺した罪を、あの時校舎のすぐ上、屋上にいた俺に被せるためだ。
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