第三話 墓穴を掘る元農民

 それがし義平よしひら石山寺いしやまでらの本堂にある小部屋で休息しておると、


「粗茶ですが召し上がってください」


 黒色の法衣を着た僧侶が一脚のぜん(食器と食物を載せるもの)を持ってきて、それを畳の上に置いた。


 膳の上には屯食どじき(蒸した米を握ったもの)が載っている皿がある。


「すまない」


 と、言って義平は屯食を手に取り豪快にむさぼる。


義平公よしひらこう、もう一つの飯は某のだから、奪わないでもらえると助かる」


「分かっとるわ! はよう取れい!」


 某は義平が食い意地を張るのではないかと危惧していたがどうやら取り越し苦労だったようだ。


 某は膳から皿ごと屯食を取り、口に運ぶ。


「本当に有難い。久々の米だ」


 義平は口元を綻ばせていた。


判官ほうがん殿はいつから食べてないのですか?」


 食べている様子を見ている僧侶が尋ねる。


 僧侶の言う判官とは義平のことだろう。彼は左衛門少尉さえもんのしょうじょうという官職に就いており、くらいとしては七位相当だ。そして、じょうの別称が判官なのでそう呼ばれているに違いない。


「判官と呼ぶのはよせ、都落ちした我々の官職はもうあってないようなものだ。飯についてはかれこれ三日だな、最後に食べたの魚肉だったような」


 遠い目をする義平。


 彼も今や無職だ。


「少しいいでしょうか?」


 某は手をそっと挙げる。


「なんでしょうか武士様」


 武士様……なんて良き響きなのだろうか!


「某達は歴戦の武士とはいえ都落ちした人間。匿ってくれるのは有難いが平家へいけを敵に回すことになるのだ。大丈夫なんだろうか?」


 高揚感のため、少し気取った言い方になった気がする。ただ、これはこの寺の僧侶の為を思って言った言葉なのだ。


 歴戦の武士と言ったせいか義平が某に冷めた視線を送る中、僧侶は口を開く。


「そ、そんなこともしらないのですか?」


「へっ? どいうこと?」


 今度は僧侶が某に冷めた視線を送る。


「寺院に戦で負けた武士が駆け込むのは知っているだろ?」


「え、ええ。知っていますとも」


 義平が口を挟んできたので戸惑ってしまった。


「その理由の一つとしてこの石山寺のように有力な寺院に対しては朝廷や平家といえども簡単に追補ついほの手は伸ばせないという事情がある」


「なるほど……」


 しかし、某のような新参者ならともかく義平のように源氏げんじの嫡男が平安京からそう遠く離れてない近江国おうみのくににいればいずれ捕らえられるだろう。


「そのことですが判官殿」


「ん?」

 

 僧侶が一枚の紙切れを義平に見せる。


「手配書か」


 と、険しい顔をする義平。


 某が紙切れを覗き見ると――


 源義平を見つけて欲しいとの旨が書いてあった。どうやら平家が作成した手配書のようだ。


 義平の人相について事細かに書いており、さらに生死問わず捕らえたものには褒賞をたまわることについても書いてある。


「褒賞か」


 某はぽつりと呟いた。


 きっとたくさんの銅銭を貰えるに違いない。地方ならば米、絹、鉄が貨幣になっておるが、この畿内きないでは銅銭が貨幣になっているのだ。


「ん……?」


 気づくと何故なぜか、義平と僧侶がギョッとした面持ちでこちらを見ていた。


 だが理由はすぐに分かった。某が『褒賞か』などと呟いたせいだ。


「ついに本性を表したな! おい、得物を持ってきてくれぬか!」


「は、はい!」


「ごご、誤解ですよ! 義平公! 寝首をこうだなんで考えておりません!」


 義平が僧侶に指示を出して走らせたので弁明してみた。


「そちは寝首をこうとしていたのか⁉」


「ああ! しまった、いやしまったではない! 本当にするわけではないです! ちょっと、想像したのです」


「なんだと⁉」


 ああああ! 状況がどんどん悪くなっておる!


 そのご、誤解を解くのに半刻(一時間)掛かってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る