第2話 俺は魔力タンクじゃないし残忍なシスターなんて求めてない

シャルロットに住まわせてもらっている俺は半分奴隷のような生活を送っていた。


掃除、洗濯、家事、狩り、鍛錬…。預言書から解放されたかと思ったが人生はそんなに上手くいかないらしい。


「あの…鍛錬は…?」


「あ、忘れてたわ。だってあなたが案外テキパキ動くものだから」


まだ昼にもなっていないのに汗だくだ。だがこれくらい普段の修行に比べれば楽勝だった。


「いいわ教えてあげる、この白魔道士の私が1から11まで。野外に出るわよ。あ、洗い物よろしく」


ミルクを飲み干したコップを置くシャルロットは外へ出ていく、それを追う。


庭から見る景色は雄大だった。この小屋以外に建物は見当たらない。風に吹かれた樹海の水面がたおやかに揺れているのが目視できる。風も冷たくて心地良い。


「アイン」


彼女の足が止まる。


「なんで私があなたを受け入れてあげたのか教えてあげる。私は白魔道士、扱うのは白魔法。だけど欠点がある、それは魔力消費量が膨大だと言うこと。燃費悪いわよね。あなたからは大河のような魔力の流れを感じるわ、身体に溜まった膨大な含有量…もったいない」


シャルロットは突如身体を執拗に触ってきた。ペタパタと他人の女の子の感触に思わず身体が強ばる。


「あなた私の魔力タンクになりなさい」


「え?鍛錬するって話は?」


「嘘に決まってるじゃない。私教えるの苦手だしそもそも術式奪われた人に鍛錬とかよくわからないし。


でも安心してここにいていいわよ。私の側にいて常に魔力を供給し続けるの。あなたのその魔力はおそらく神があなたを勇者にするために過剰に与えたものだと推測するわ、いわば天与の魔力、そりゃつきないわけだわ。使わせなさい」


「断る」


シャルロットはプクリと頬を膨らませてみせた。


「なんでよ!魔力量莫大で魔術使えないあなたと魔力量平々凡々で消費量エグい魔術使う私!お互いの相性バッチリじゃない!宝の持ち腐れよ」


迫力のない怒りをプンスカぶつけてくるシャルロットに頭を掻く。


「なんで?魔術使いたいから?」


「そう」


「ふざけんじゃないわよ!モテるとでも思ってるの?神罰で魔術奪われる前までモテてたわけ!?」


その瞬間胸にズキリと正論の矢が突き刺さる。


「うグッ…なんだか胸が…」


「魔術使えてもモテないものはモテないわよ」


「……わかった、魔術は諦める、だが俺は青春を取り戻す」


「はぁ?」


「今まで預言書の記述通りに行動していたから俺に青春はなかった。今!ここで!取り戻す!シャルロット!」


「おお!ついに私の魔力タンクになることを認めたのね!」


「いいだろう!俺の魔力は存分に使え!」


シャルロットと固く握手をする。この時はシャルロットの気品溢れる凛々しい顔に負けないぐらい自分でもいい顔をしていたと思う。


俺の目的は預言書に従い続けたせいで失われた青春を取り戻すこと。女の子と喋ったり仲間と共に冒険をして戦ったり。勇者になればそれも約束されていたのだろう。だがそれは両親を斬り殺してでも叶えたい願望じゃない。


などとうぬぼれていたその時近くで爆発音が上がった。ようやく非日常的な青春が始まったなどと気取りつつ爆心地を見る。


「魔力タンク、出どーうしまーす!」


静寂な森に突如現れた暴君は四方八方を滅しながら破壊の限りを尽く尽くしていた。


黒鉄の色ににじむ光を反射する分厚い皮膚、怪音打ち鳴らす、神撃の魚神。


「【怪魚の天龍】《バハムート》、なぜここに…」


巨躯をのたうち回らせ森林どころか地形そのものを破壊する。その狂乱っぷりはまるで誰かに操られているかのようだった。


「本当にやるのねアイン!失敗は死よ!」


「もちろん!やつの露命と引き換えに俺の青春を取り戻す!!」


引っ提げた銀の鞘から抜刀し剣を構える。


「おりゃァァ!!」


喊声かんせいを上げながら突撃する。くねらした尻尾を地面に叩きつけると土壌は衝撃で盛り上がり身体が宙に舞う。


「アイン!前!!」


そして刹那の間に振りかぶった前足の爪により全身はボロ雑巾のように引き裂かれる。


激痛のあまり脳が狂わぬよう快楽物質を放出している。身体が分断されたつつも穏やかな気分だ。だが俺たちには作戦があった。ない頭を必死に絞って出した神算鬼謀の戦略。


「回…復…ッ!!」


「任せて!!」


すかさず回復魔術を使用してくれる。するとみるみるうちにボロボロな身体が接着され生前と同じ姿に戻った。都合のいいことに被服も治っている。


「やった…!成功よ!!」


「あぁ!!このまま首を狙う!!」


空中に浮く剣を握り直しバハムートの背中を駆け上がる。


「な、なんて頭の悪い作戦なの…アインが攻撃を受けるたびに彼の膨大な魔力を吸収し死者蘇生すら可能なほどに強化された回復魔術をぶつけまた回復…まさに永久機関…!!」


無我夢中で背中を駆け上がる。バハムートが巨躯を動かし振り落とそうと奮闘する。だがその程度で態勢が崩れるほどヤワな訓練はしていない。なにせ俺は勇者になるために17年、全てを戦闘に費やした男なのだから。


首元に剣を差し込み飛び降りる。重力を使い落下しながらバハムートの太い首の側面を引き裂いた。


地を揺らすほどの絶叫をあげる。そんな断末魔に終止符を打つ。


「地獄で鳴いてろ」


動脈を断ち完全に頭部と身体を切り離す。あれだけ暴れていたバハムートもすっかり死に体となってたおれていた。


「この脳筋」


「こちとら青春捨ててずっと修行で戦ってたんだ。竜殺しぐらいわけないぜ」


血の雨が止んだ。剣を振るい血を飛ばす。荒くなった息を整えて戦闘の快感の余韻に酔いしれる。心地が良い。その様子を彼女にも指摘された。


「ずいぶん楽しそうに戦っていたわね。まるで戦闘狂よ」


「笑わせるな、体と中身はすっかり”勇者”だ。剣を握ると無条件で興奮してしまう」


シャルロットの魔力タンクとなり彼女の強化された回復魔術を受け半分不死身になった俺は負傷を気にせずに戦闘に努めることができるのだ。


「これからもあなたから魔力を搾り取るからよろしく」


「なかなかいいコンビじゃないかぁ?俺たちよぉ」


お互い凸凹コンビだとも思いつつ二人とならなんとかやっていける。そう確信できた。俺には人並みの体術と剣術しかない。この膨大な魔力量を彼女に捧げ回復魔術を打ち込んで貰う。これからはこの戦いが主流になりそうだ。


「狩りは終わりだな、肉を持って帰って食べるか」


しかしこの場面を遠くの木の上にいる人物に監視されていた事には気づけなかった。


「預言書の記述通り、やはりアインはここにいた。元老院に報告しなければ」


影のせいで黒くて素性は計り知れない。ポケットから遠隔に音を伝える特殊な石を取り出す。


「アルテミス議長。こちら【慟哭卿】、アインを発見しました」


石が震え応答する声が聞こえた。


「よくやった。約束通り陛下はお前に土地の開拓を認めてくださるだろう、自らの領地にするがいい」


「さすがの交渉力ですね。感謝します」


「捕縛できるか?」


「…それは議長の意思ですか」


「いいや、預言書の記述のとおりだ」


「ならば実行します。必ずアインを連れ帰り勇者にするの。それが預言書の意志なのだから」


「了解しました」


差し迫る帝国の影。慟哭卿とは一体…。


狩りを終え拠点へ向け歩む。ジリジリとし始めた中解体した肉を持ち帰る。


「早く持ち帰らなきゃ悪くなるわ」


「そうだな」


足が重くなり始めた。戦闘よりも単調な分疲れが分かりやすい。


「おっと止まれー!!ご審判させていただく!!ご狼藉ろうせきお許しをー!」


黒いローブに金銀の刺繍やレース、フリル、リボンなどが用いられたゴシック色強めな服装の女の子が飛び出してきては行く手を塞いできた。


「邪魔だ、どけ。殺すぞ」


と喉まで出かったが良心がそれを止めた。なぜならばローブの全面が不自然に短くそこから見える黒いニーソックスの際に乗る太もも肉に目が行ったからだ。


「おい」


シャルロットに小突かれ正気を取り戻す。馬鹿か俺は。こいつが俺たちを殺しに来た教会側のやつかもしれないのに。


「…お前、どっちだ」


「強き愛で繋がった我が家族たち〜ッ!聖戦の始まりをここに神判する!!私はただ神の敵を斬る!!預言書に反逆する者には死を持って殉じてもらおう!!」


袖の中から鎖を伸ばすと先端に分銅を取り付け振り回し始めた。風を切る音がビュンビュンと聞こえる。


「私は異端審問官アリオネット・アルカディアン!!アイン!!預言書に背いた背信で死罪を命じるッ!!」


ついに教会が俺たちを殺しにやってきた。今までもこうやって預言書に背いた人間を処刑してきたのだろう。だが俺もその一人になる訳には行かない。


「シャルロット、回復魔術を忘れるな」


「…戦うの?」


当然、と答えるかわりに抜刀する。


「どうだ!今すぐ預言書に従い勇者になれば大罪人から罪人に軽減してあげよう!!」


「預言書に従ったところで出来上がるのは預言の世界。そんな物を捨てて人の意志で世界を作るべきだ。預言書に書いてあったから殺す、預言書に書いてあったから戦う。それの何が楽しいんだ。見ろ!預言書から解き放たれた俺はこんなにも楽しいぞ」


狂信者に説法は無駄だった。目の色顔色一つ変えず近づいてくる。


「預言書通りならば全て上手くいく、全てが澄み切った正義だ。なにせ全ては…神のご意思なのだからッ!!」


分銅を投げて来る。一息つき、見切る。


「(単純な投擲とうてき…単純な攻撃…落とせる)」


刀を振るいあげ断ち切ろうと力を込めたその時。分銅が眼前に飛び込んできた。剣を操る腕は一瞬緩み攻撃を顔面にもろに食らった。


血がにじむ。砕けた歯が飛び散り顔が陥没した。


「アイン!」


崩れた態勢を立て直す頃には顔はもとに戻っていた。


「サンキューシャルロット」


木の陰に隠れたシャルロットは親指を立てる。


「(シャルロットは白魔道士だ…彼女にヘイトが向いてやられればヒーラーが死んで勝ちにくくなる…ならばッ)」


「俺が肉壁になる」


「ほぉ…?顔が治ってる、確かアインは術式を剥奪されているからそのたぐいの術は使いないはず…ならあの女の子は白魔道士…そー言うことね」


彼女は一瞬構えるとそのまま残像と共に重低音を残して消えた。


「!?どこっ」


理解しようとするまもなく背後で打撃音が聞こえた。振り返るとシャルロットは分銅で殴打され鎖で首を締め上げていた。


「アイン、大人しく殺されろ」


アリオネットは笑う。なにやってるんだ。意気揚々と肉壁になるとなんてカッコをつけ剣を握っている自分が恥ずかしくなってくる。


俺はこの場において壁にすらなれない無力だった。

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神の言いなりで勇者にされかけたので世界の預言書を新訳して失われた青春を取り戻したい あびこ そんし @abiko_sonshe

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