第3話 夢の日々~蒼の誓い
リュグを屋敷に招いてから四か月の月日が流れた。
彼女にとって幸福な日々。
たわいない会話をしながら一緒に同じベットで眠り、湯浴みをし、
彼女の手作りの料理や菓子を振る舞い、広い屋敷内の中にある美しい庭園で
二人で散歩をしたり、時には街に出向いてウインドショッピングを楽しんだり、
自身が営む孤児院の子供達と一緒に笑い合う優しい幸福な日々。
毎日が夢のような、何時までも何時までも。
ずっとこのままで居たいと願う日々。
薄暗く陽が射さないどんよりと曇った空。
冷い雨が降りしきるある日。
その日、朝から彼女は息苦しく咳き込んだ。
幼少期の頃から未だに完治しきっていない重い喘息の症状が彼女を襲った。
彼女は決してリュグには悟られぬように笑顔を浮かべる。
「・・・大丈夫よ、リュグ・・・。
・・・少し寝不足かも知れないの。
今日はもう、部屋で休むわね……。
貴方は孤児院の子達の所に行ってて。
ね・・・?良い子だから・・・・・。」
気圧の変化で未だに完治してはいない、喘息の症状の激しい咳と身体の倦怠感。
子供の頃からこの身体を蝕んできた病の痛みに顔を歪めながら、
幼い頃からこの部屋の窓から床にふせったまま、外の景色を見て来たな。と
目を閉じ、思いにふける。
こうして一人で居るのは何時ぶりだろうか?
自分以外誰も居ない部屋。
それだけが、わえの『世界』。
なんて懐かしいのだろうか。
暗い暗い闇の中、ガチャリと扉の開く音とこちらに歩みを進める足音に彼女は
うっすらと目を開ける。
ゆっくりと目を覚ますと其処にはベットの傍で
心配そうに見つめながら自分の手を握るリュグの姿があった。
何事も無いようにリュグを気遣って心配そうに声を掛け、彼女は起き上がる。
喘息によって発熱を起こしていたのだろう。
額には冷えた濡れタオルが置かれていた。
起き上がった彼女はそっと優しくリュグの頬に触れる。
「・・・・・リュグ・・・?
孤児院に行っていたんじゃ・・・・?
・・・ワタクシの事が気になってしまったのね・・・。
ごめんなさい、心配させてしまって・・・・。
……フフフ………大丈夫よ。
でも、ありがとう、リュグ………
本当に、貴方は優しい子ね………。
もう少し横になれば良くなるから………。」
頬に触れられたリュグは少し顔を赤らめながら、
微熱を帯びた彼女の額の汗をタオルでぬぐって口元に水差しを運び、
ゆっくり水を飲ませて部屋を後にしようとした。
その手を彼女は掴むと、か細く小さな声で傍に居て…と言った。
リュグは彼女に言われた通りにベットの傍らで
再び手を握るとほっと安心したように静かに彼女は眠りについた。
……どの位時間が流れただろうか。
うつらうつらと、眠気に襲われたリュグの耳に
声が聞こえた。
「………リュ……め……あ…………ぃ…………」
それは熱にうなされた彼女の寝言。
雨の音に混じって何と言っているか聞き取るのが
難しいほど小さな声。
其の声の真意はリュグには届く事はなかった。
「(………嗚呼。愛しているわ。愛しているわ、リュグ。
こんなにも貴方は優しいのに如何して………わえは………
こんな【バケモノ】なのかしら………?)」
その日の夜も外は雨が降っていた。
深夜、日付変更まであと十分前に彼女の部屋に訪れたリュグは
ポケットから小さな箱を取り出し、彼女に手渡してきた。
其の中に入っていたのは小さなの蒼く輝く石が付いている銀の『指輪』。
突然の事に戸惑う彼女のにリュグはそっと指輪を
白く細い左手の薬指に嵌めてあげた。
照れくさそうに笑うリュグは彼女の誕生日の為に
こっそり用意していたと語る。
彼女は自身の誕生日だなんて、
もう何年も祝われた事も、誕生日の存在を家族以外に話した事も無かった。
それを如何してリュグが知ったかは、彼女には分からなかったが
リュグは自分とお揃いだと言って自身の左手を見せた。
「……………これを、ワタクシに…………???
リュグと………お揃い………???
………………ありがとう……………。
ありがとう…………リュグ……………。
大切に…………大切にするわ……………」
生まれて初めての指輪。
大切な大切な、何よりも愛おしいリュグから貰った『たからもの』。
月明りに照らされた静かな夜の静寂の中、彼女はリュグを強く抱き締める。
その腕は愛の喜びに震え、そして彼女は初めてリュグの前で涙を流した。
止めど無く溢れる温かな涙。
愛おしそうに手に嵌められた指輪を見つめる彼女にリュグはそっと口付けた。
降りしきる雨の音に混じる吐息。
二人はお互いの想いの繋がりを何度も確かめ合った。
「(————嗚呼。
ずっと、このまま。
永遠に。
この『夜』が明けなければいいのに………)」
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