第2話 運命の出逢い~人殺しの甘言

二十五歳となった彼女は魚人の国の領域に存在する

とある場所を訪れた。

そこは彼女が大切にしている写真が

写されていた場所でずっと彼女が一度行ってみたいと

思っていた場所であった。



しかし、彼女が訪れた時。其処は『地獄』と化していた。



直下型の巨大地震とそれによって引き起こされた津波によって、

飲み込まれ、倒壊した瓦礫の街。




濁流で浸水し、押し流された家屋。

燃え盛り、嘗め回される火の手。




幾人もの重なり合って生き倒れた死人の山。

数多の人々の悲痛な叫び声。




彼女は自分の悪魔ナイトメアの性質によって

人々の絶望を糧にし、力を得てしまった自身の性質への在り方に嫌悪を滲ませた。




そんな時、彼女の眼にが映った。




生き残った人々達から罵詈雑言の悪意と殺意と怨嗟の声。




手に石や瓦礫を持って一人のに投げつけている光景であった。




同じ種族同士なのに迫害し合う。

自分達、亜人族の様に支配者階級と奴隷階級に

分かれているわけでは無いのに。




嗚呼、彼等もまた同じように【気持ち悪い肉塊】と見ていた。









―――ふと、一人のと目があった。









白銀に混じった珊瑚の様な赤い髪。

深海の静かな海の様な蒼とまるで春の芽吹く若葉の様な緑の瞳。




彼女が初めて心の底から綺麗だと感じた色。

今までのどんなモノよりも美しいと思えた色。





生まれてこれまでモノクロしかなかった

彼女の世界に初めて『色』が宿った瞬間だった。





少年に向かって凶器が振りかざされようと迫る。






名前も知らぬ赤の他人の別種族の少年。

他種族同士の介入は許されざる事だと分かっている。

自分には関係ないと。

見て見ぬふりをしても構わないはず。






嗚呼、それでも。

それでも。










『救いたい』と。

『助けたい』と。

身体は、『心』は叫んでいた。








「―――大丈夫・・・怪我はない・・・・・?―――」







グサリッと鈍い痛みが身体に走る。

彼女の背中に無数の凶器か突き刺さっていく。

そんな中、彼女は少年に覆い被さる様に抱き締めて微笑んだ。








彼女自身も分からなかった。

何故、どうして?????









でも、でも。










心からと。

安心したのだった。







「―――貴方、名前は???

リュグ・・・フフフ、素敵な名前ね・・・。

行く当てがないなら良かったら、

ワタクシと一緒に来る・・・・?

ワタクシの名前はミ・・・いいえ・・・麗霞リーシャ・・・

麗霞ツィ リーシャよ。」








「―――どうして貴方を助けたか???

・・・・『ヒトを助けるのに理由なんて要るのかしら?』

ワタクシは『助けたい』と思ったから『助けた』だけ・・・。

理由なんてそれだけで良いのよ・・・―――」









彼女が少年に名乗った名は義理の母であり、

師から賜った名であった。

そして彼女は街の住民達の文句や反対の声に

一喝して制止させ、その少年 、『リュグ=パフィン』の手を取って

自分が保護をすると言い放ち、その場から立ち去っていった。






しかし其れに対して不服を感じた街の人々は

リュグに対して行った罪が自分達のせいではなく、

彼女がしでかした事だと駆けつけて来たリュグの父に

『亜人族のグールの貴族の女が

リュグを無理矢理連れ去った』と嘘を吐いた。




一方 その頃、彼女に傷の手当てをされ、手を引かれて

共にリュグは亜人の国へと案内されていく。




そんな中、魚人の領土と亜人の領土の国境付近の

ギリギリに差し掛かった時。







突如として彼女の従者の数人達が一瞬にして死んでいった。







其処に居たのは冷酷かつ怒りに満ちたある男。

リュグの父、英雄『ヴェルト』である。




「安心しろ、リュグ。すぐに助けてやる。」




鬼気迫る父の顔つきに驚きを隠せないリュグ。

彼女はそんなリュグの手をぎゅっと握り返し、にこりと微笑んで頭を撫でた。




それと同時期、否、一瞬の出来事だった。

彼女の瞬きの間に片腕を吹き飛ばされ、首をヴェルトに片腕で掴まれ、

絞められていた。

それはヴェルトの持つ神託の力によって引き起こされた事だった。

きつく締め上げられ、呼吸すら困難の状態の中。

ヴェルトは彼女の記憶を読み取った。




「………何だ、これは………!?

お前、どう言う事だ、これはっ!!??」




「フフフ……知りたい???

・・・でも駄目よ・・・。

貴方みたいな何もかも薄っぺらくて味が無い、

つまらない存在に教えてあげないわ……」




ヴェルトが聞いた話と彼女が持つ記憶に差異を感じ、

意地の悪い笑みと言葉を投げると、彼女の首に掛けた力が

弱まって咄嗟に手を離した。







その瞬間。







ヴェルトの腕に激しい痛みが走る。

其処には従者の持ち物で地面に転がっていたであろう、

剣でその手を血に染めたリュグの姿があった。




よろめき動揺するヴェルトに彼女は不敵な笑みを浮かべ、

そして自身の持つ悪魔の特性と神託の力を使い、ヴェルトを煙に巻いて

その場からリュグ共々消えた。




重傷を負った彼女は傷が癒えるのを待ってから

グールの国『ダイラスリーン』に辿り着き、上級グール達が住まう街。

『ザナード』の自身が所有する屋敷へとリュグを招いた。


大きな洋館の屋敷の一室に招かれ、部屋でリュグを休ませていると

そこへ義理の母親であり武芸の師として

『デルカルストロ公爵家』に向かえられた序列第5位の

万姫ツィ ワンチェンが現れた。



「ほぉ………そこな小童、名は何と言う???

ほぅ・・・・リュグ・・・・・。

・・・なんじゃ、お前、あのクソガキの息子かっ!!!!!

カカカカカカッ!!!!

んん???知り合いも何も、お前の名付け親は

このあてだからのぉ。」



そこで彼女は万姫がリュグと間接的に知り合いである事を知る。

そして彼女の反対を押し切って万姫とリュグは師弟の関係を結び、

一年間の修行へと連れ出されてしまう。



その1年間離れ離れにされている間はお互いに手紙を送り合っていた。

彼女がリュグに手紙を送る時は何時も時期に合わせた押し花の栞を送っていた。


彼女はリュグから送られてくる手紙を心待ちにして

毎日読み直しては、大切に大切に保管していた。


しかし、彼女は自身の中にある穢れた暗い感情を抱いてしまった。

生まれて初めて知った恋の痛みと愛の苦悩。

我が身を燃やし尽くほど、深く熱い嫉妬の感情。

其れに心を飲まれた彼女は万姫に対してある行動を遂行した。



彼女は自分の兄弟弟子である万姫の2人の三男と四男を

今まで父の命令でやって来た事と同じように周りから孤立させ、

自分への恋慕と情慾と猜疑心と疑心暗鬼と嫉妬と葛藤の地獄の苦しみを与え、

間接的に手を下して、殺し合いをさせ、そして生き残った者を

自殺で死なせてしまった。









気付いた時には。

彼女が正気に戻った時には、全てが終わっていた。











「……ごめんなさい……ごめんなさい……

ごめんなさい……ごめんなさい……」









自身が最も恐れ、嫌悪していたもう一つの自分のカオ。






全てを堕落させ、支配し壊してしまう狂ったバケモノの自分。







どうしようもないほどに抑えられない恋焦がれてしまう、リュグへの想い。








「嗚呼………わえは………初めから……

………【バケモノ】だったのね………………」











―――――その日、『聖女』は











『魔性』へと堕ちた。







そして万姫は自分の家族である兄弟達の訃報の一方を知り、

リュグを自身の屋敷に置いて実家へと急ぎ戻った。

一人残されたリュグの元に彼女は訪れ、言葉巧みに自分の元へと誘い、

共に屋敷で生活を始めた。






リュグには言えない己の罪と咎の十字架を背負って彼女は仮面を被り続けた。

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