『 Memento Song 』

ぐるこ☆さみん

第1話 誕生~聖女の苦悩

────お集まりの紳士諸君、淑女の皆様。


此よりワタクシが語りますは一人の女の御譚オハナシ


愛に想い、愛に狂い、愛を尊び、愛を捧げた

物語の舞台ステージの上で嘘と仮面の衣装に身を包み、

一途な恋に生きて、愛に殉じた

その儚き純愛の苦悩。

其の独白を………………。











────女の話をしよう。











生まれ堕ちた時から、女は二つの自分があった。

清く正しく、慈愛に満ちた

心優しい『聖女』と

悪辣に悪徳と情欲に満ちた『魔性』。


その二つはどれも女ならば持ちうる『性質ココロ』。








時に無条件に慈愛を込めて

何もかも差し出して人々を愛し、

時に無感情に残忍な笑みを浮かべながら

その人生を喰らい尽くし、

時に見知らぬ誰かの為に手を伸ばし続け、

振り解くその手を血潮と咎に染める。




そのどちらも≪正しい在り方≫なのだろう。





«これでいいのです、

貴方が幸せならそれで良いのです»








女が望んだのは小さな願いと祈り。

憎しみしかない世界でいつかの約束が叶う事を待つ、

一つ罪を重ねたら一つ愛を失ってしまう

呪いを掛けられたモノクロの«ファム・ファタ―ル»。



女の声は愛する者には永遠に届かない。

«嗚呼、それでも良いのです»と

女は少女のように笑って柳の歌を口ずさむ。


それは«バケモノ»でも無く、«ケダモノ»でもない。













───────恋に生きて恋に潰える«乙女»だ。












【第一話 誕生~聖女の苦悩 】










彼女の名は『ミネルヴァ・γ(ガンマ)・デルカルストロ』。



『死と蹂躙の悪逆貴族』、『絶望公』と呼ばれる亜人族の

グール種の中でも最も古くから存在する代々優秀な

才能を持つ錬金術師達を多く排出してきた家系である

『デルカルストロ公爵家』に政略結婚で嫁いできた

先祖代々ソロモン72柱の1柱で序列16位の悪魔、『ゼパル 』の名を

継いできた悪魔族のナイトメア種の貴族の母と

デルカルストロ公爵家の当主である父との間に

生まれたのが彼女である。



長女として、表向きは何不住なく、丁重に扱われ育てられた。


しかし彼女は幼少期から父親であるエドモンドから

亜人族のグール種がいかに『劣等種族』であるかと

言う考え方の厳しい教育を受け、その身体と魂と心に強く刻まれてしまう。



また十二歳までは重度の喘息で床にふせって

ろくに身動きもとれない生活を送る、類稀な美貌を持つ

薄幸の美少女として扱われた。



憐れむ者こそ居れど、救いの手を差し伸べず、

憐れむ者以外は出会う機会が一切与えられず無かった。



その為、彼女は他者を

『何を救う訳でも、

    する訳でもない煩い肉塊』としか

認識出来なくなり、以降彼女の視界は自分と家族の者以外は

皆、『肉塊』にしか見えなくなった。



病にふせる彼女の唯一の慰めであった深海の題材にした

童話『人魚姫』の絵本ととある1枚の『海の写真』を心の糧として、

大切にしていた。



その後、十四歳の成人となり、少しずつ外界に触れた

彼女は徐々に健康になったが、

その思想には拍車がかかってしまう。




寂しく辛い幼少期と少女期から築かれた自身の人生に対する

虚無感や諦観故か、はたまた悪魔ナイトメアの血か、

彼女は人生における悦びを他者からのみ感じる様になる。




他者の注目を集め、自身が数多の欲望の捌け口となり、

肉体的・精神的・心理的苦痛を相手に与える為に、

周囲の他人を巻き込んで洗脳し、

支配して更にその加虐対象者に苦痛と苦悶と絶望を

与える事に喜びと快感を得るの是とした、

そうした相手の精神を占拠し、最終的には

その人間の人生を台無しにして食い潰す。


狂った共依存に浸からせ、

捕食こそが彼女の欲求を満たす、

最大の自慰行為となる。



そんな悪魔ナイトメアと生き物を食べる事への

興味と関心。殺戮も拷問も陵辱も躊躇もない、

何故してはいけないの?と聞くタイプの

グールの特性を持つ自分を理解しつつも、

彼女は生きながら

己の心を死なせていった。




十六歳の誕生日を迎え、社交界デビューを果たした

彼女は父親のエドモンドの

命令である神託ダンジョンへと挑んだ。



その神託は『妲己 』。



『妲己』の神託を得て、デルカルストロ家

序列階級第四位となった彼女は一人の少女と出会う。



小さくか細く、けれど誰かを想い合う優しい歌声の少女を。



それは亜人の街、ザナードで行われていた

人身売買のオークションにて、売りに出されていた

一人の奴隷だった。




少女の名は『アルファ』。




その歌声に心惹かれた彼女は父親である、

エドモンドに頼み込んでデルカルストロ公爵家の

養女として招いた。


アルファを引き取ってしばらくして彼女は

見世物小屋の遊興品であり、販売用の商品だった

アルファからポツリ、ポツリと此処に

行きつくまでの間の話を聞いた。


『無名街』と言うスラムに居た事、育ての親であるゲルグじいさんとの思い出。

自分のかけがえのない弟の事。


人間と同族の大人達の手によって

暴力、嘲笑、迫害、欲望の捌け口で

遊興品の商品として『性奴隷 』の日々。


愛する我が子達を食べてしまった事。

そんな『地獄』の日々を毎日過ごしていたと語った。


十一歳の少女が受けるにしてはあまりにも過酷過ぎた生き様を語るそんなアルファを

彼女はきつく抱き締めてこれか先は自分が大切に愛そうと、

もうアルファに陰惨な過去の苦しみがこれ以上、起こらない様にと



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

『アンナ・Ω(オメガ)・デルカルストロ』



と言う新しい名前を与えた。

その名はアルファが産んだ我が子の名。

せめてこの世界に存在した証として名付けたものである。




アルファを家族に向かい入れて三か月たったある日。




本家に立ち寄った際の夜中に父と叔父である

オスカーの会話を立ち聞きしてしまう。



『Aldebaran《アルデバラン》』、『贄姫ーシキー』、

アルファの『出生』、父と叔父の『目的』・・・・・・・。




其の全ての『真実』を知った彼女は絶句した。



そして、『望みと願いを叶える店』の噂を頼りにそこへと出向き、

相手の運命に介入し、耐え難い苦痛を刻む代わりにどんな非業があっても

最後には『幸福』を与える力を持つ『刻印』を得る為にその対価として

『他人からの愛を正しく受け入れられない』、

『自分の愛が正しく相手に受け入れられない』と言う代償を受けた。



しかしその刻印を刻むと言う事は

アルファに恨まれ、憎まれると言う事である。


どんなに恨まれても、憎まれても構わない。

その覚悟を持って彼女はアルファに刻み、

それ以降はアルファに対して偽りの自分を見せて行った。


自分に対して恐れの感情を持たせて

自分以外の家の者達や使用人達に

手出しをさせない様にしていった。


(ただし、彼女は何を対価に支払ったか、

記憶から消失している。)




それから彼女はアルファに対して

自分が居なければ何も出来ない程に

依存と堕落と支配を施し、他の家族達と同様に人間牧場の処刑人の

『家具』として利用し、他の同族の貴族の慰み者の

『家畜』として使わさせ、時に反乱分子や支配者階級に逆らった

奴隷階級の者を粛清する『道具』であると言う扱いを行った。


そうして五年後。

彼女が二十一歳となり、十六歳の誕生日を迎えたアルファは

デルカルストロ公爵家から家出をし、彼女のもとから去っていった。


アルファが居なくなってしまってから彼女は

せめてもの償いになるかは定かではないけれど、との思いで

戦後の福祉復興支援事業に手を付け、

彼女は表向きはデルカルストロ公爵家の者として

弱者を見下す素振りをしつつ、

裏では亜人の領域の中で虐げられてきた者達や

傷付いた元兵士や奴隷階級の人々の支援を

匿名で冒険者ギルドへ依頼を行ったり、

以前から行ってきた奴隷商人達によって売られてきた

他種族の奴隷や同族のスラムの住人や

戦災孤児の保護と言った慈善事業などに携わった。

そうして貧民層のグールの民から羨望と

忠誠を捧げられ、みなから『聖女様』と

呼ばれるようになる。



しかし、本来持つ悪魔ナイトメアの

本性の側面である、自分と自分の一族以外の存在は自分の

欲望を満たす道具としか見ず、その上に他人の人生を

台無しにするのは大好きと言う最悪な思考は心に深く根付き、

父、エドモンドの命令は絶対であると言う、

教育によって時に裏で暗躍し、他者を利用して

多くの生き物の命を虐げ、無慈悲に奪い続けた。



周囲の上位貴族の者達から見れば、

彼女は行動も言動もどれもその場限り。

要人の暗殺などの大きな影響を与えるものでさえ、

全ては彼女の『気まぐれ』。

彼女の本質は他者から称賛される形での自己愛。


『心優しい人格者』として評価されるだけが目的。

自分達以外の下等存在は

『自分と一族を褒め称え、飾り立ててくれるただの装飾品』としか考えていない。


倫理観や死生観が狂っている、善悪の自覚もなく、たとえ嘘を

ついても自分が口にした事を真実だと思い込む。


真偽の判別さえままならず、相手の足を引っ張るために嘘や

奸計を無自覚に行使する。


端的に言えば、方向性は違えどタチの悪い自己愛の権化。

『無自覚な生粋の悪女であり、他人を破滅に導く毒婦』かつ、

『暗君』にしかなれない。



そんな風にしか映らず、己の在り方に『絶望』しながら

嘘の自分の『演技』と『仮面』を被り続け、

彼女の心は死んでいった。

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