第4話 【若旦那】

「いつまで経っても男は女を欲しがるのね。それは女でも同じだけど」

そう、夜の街に行き交う男の緩み切った顔を見ながら、孤蝶が呟く。

「そうですね。その欲が自分を危険に晒しているとも知らずに」

宵香が納得した顔で言う。しかし、それを孤蝶がほほ笑みながら遮った。

「どうかしら。私たちも同じように危険なのかもしれないわ。どうせ、人なんて感情に振り 回されてばかりの阿呆だから」

宵香は少し不思議そうな顔をしながらうなずく。

「でも、花魁。花魁はいつもお客のことを嫌いっておっしゃっていますよね?」

「それは......もういいわ。少ししゃべりすぎたみたいね」

そして孤蝶は今日の客のもとへと向かう支度を始めた。初めて会う客だった。しかも、かなり若い商家の旦那らしい。

初めて花魁に会うのに花魁道中をしろと言うのはかなりの大金持ちのようだ。よくも大金を女に会うためだけに支払うものだと思う。


そして客を迎えに行く。するとそこには本当に若い男が待っていた。二十歳ぐらいだろうか。


薄紫色の着物に高価な飾り。

サラサラの黒髪がどこか物憂げな雰囲気と共に清潔感と神秘的な様子を演出している。 きりりとした黒曜石のような瞳。清涼感と艶やかさが両立している。こんな好青年でも欲望 には逆らえないのかと思うとおかしくも思えてくる。


その男がこちらを見た瞬間恥じらうように、しかししっかりと嬉しそうにほほ笑んだ。耳が少しだけ赤い。


「孤蝶花魁。お目にかかれて光栄です」

そう恭しく言う様は偉そうな態度ばかり取る他の男よりも誠実そうに見える。

「それでは参りましょうか」

孤蝶はいつものように、唇を上品に上げ、ほほ笑む。


道中で大体相手の男のことが分かる。こちらに合わせてくれるも、少したどたどしいのは 自分に自信がない人。こちらの歩く速さに合わせずに、先々行ったり、まるで自分がこの高価な妓女を買っているのだということを見せつけるようにゆっくりと歩いたりする人は大概が傲慢で自分が偉いと思っている。


隣の男に微笑みかけるふりをしながら、相手の様子をうかがう。

こちらに完璧と言っていいほど歩調を合わせてくる。ゆっくりと豪華絢爛なこの道中を 楽しんでいる。しかしこちらにも気を使って、少しだけためらいがちに足元に目をやってき て、初心な雰囲気も同時に感じさせる。

そうこうしているうちに店の前についた。


「どうぞ、旦那様」 孤蝶がにこりとほほ笑んで、男に促すと男はゆっくりと店の中に足を踏み入れた。 この男がどんな男かまだ検討は付かない。孤蝶は警戒しつつも、男にもう一度、優艶に微笑みかける。深紅の口紅は熟れた果実のように艶やかに煌めいた。

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