第3話 【諜報機関】

花街自体が、諜報機関。


そんな国があってたまるかと世の男は言うだろうが、その気持ちを読んだかのようにそ ういった花街が存在した。

その花街の名を蝶夜遊郭と言った。

その店は二十九店で、遊郭としては少し小規模ではあったが、それでも粒ぞろいのそれは 艶やかな遊女たちがいるということで人気があった。

そしてその人気の遊女たちに夜な夜な語っている自分の武勇伝が情報として整理され、 いつの間にか変な噂が流れ、職を失っているものがごくわずかに。もしくは遊郭に行ったは ずがかえらぬ人となっていたりするが、それでもそれはただ自分の運が悪かった、もしくは 夜に盗賊に会ったなどという簡単な理由で済まされることが多い。

遊女たちが集めた情報で国の安全を守っているのだった。


その蝶夜遊郭で一番権力があったのは揚羽屋だった。揚羽屋の花魁、つまり孤蝶は諜報員 の中でもっとも優秀だと認められたものということである。

その遊女らしい艶やかな美貌と、驚くほど 冷淡かつ、無情な手腕が彼女の今日を地位を確固たるものにしていると言っても過言では ない。

しかし、その遊郭にも一つだけ天敵と言っていいほど警戒している相手がいた。それは真影国の諜報員だった。この国の諜報機関はかなり優秀だったが、それにも上回るかもしれない と噂される。

百花国の最大の敵を警戒しながら、この蝶夜遊郭では昼夜、国の安全を守るために機能しているのだった。

「孤蝶花魁、蒼蝶屋から新たに徴税の長官についての情報が」 孤蝶が自室で本を読んでいると、一人の禿がやってきた。その禿は他の禿よりも特に目鼻立ちが整っていた。そして、より上等な服を着ている。名を宵香という禿で、孤蝶付きの仕事をしている。

「そう、そう言えば来週はあの男が来る予定だったわね」

「はい。それで......」

「ああ、支度?」

「はい。どこあたりの髪飾りを追加すればよいでしょうか?」

孤蝶はふふっと不敵な笑みを浮かべて、真っ赤な唇をぺろりと舐める。

「そうね、紅蝶と銀蝶を付けるわ。ねえ、宵香」

宵香はにこっと頬を染めて笑った。

「はい。花魁」


「命令だ」

薄暗い部屋。新月の時、月の光が全く差し込まない、たった一つの蝋燭が揺らめく部屋で 男二人が向かい合っていた。

「蝶屋遊郭に客として潜伏し、そこで揚羽屋の花魁、孤蝶に接触し、相手の国の情報を盗み 取れ」

「はい」

命令をしている側の男は年老いていて厳しい顔をして、もう一人の男に話している。その目にはギラリとするほどの鋭さを孕んだ輝きがあった。

それに対してもう一人の男はとて も若かったがその目は生気がないように見える。顔立ちも恐ろしく整っており、女ならすぐに魅了されるほどだろうが、その冷たすぎる。冷たいという感覚する感じられない無機質な 目を見た瞬間、その男に対する好意というもの全てが消え去ってしまいそうだ。

「その時は愛想のよい若旦那のふりをしろ。そして、必ず孤蝶を籠絡させてくるのだ。いい な?」

「はい」

男は膝をついて、服従の意を示す。

「それでは、ここからお前は若旦那の蓮だ。いいな?」

「はい。よい名をいただきまして、本当にありがとうございます」

男は突然愛想のよい声をだした。ある程度の冷たさはあるがそれが甘ったれた印象を与 えず、最終的に余計しっかりした若旦那という印象を深める。

「それでは、行ってまいります」

にこりと上司らしい男に対してほほ笑んだ蓮はあまりにも完璧だった。

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