第21話:初買い物と牛の出産
「お兄さん、このナイフはいくらなの?」
「お、まだ小さいのに良い目をしているね、そのナイフや良質な鉄を使っているからよく切れるんだ、小銀貨1枚で売ってあげるよ」
「じゃあ、銀貨1枚……」
「そりゃ高いぞ、良質な鉄と言っているが、見るからに鈍らじゃないか。
それも鍛造ではなく鋳造だ、これじゃ大銅貨3枚も出せないぞ」
教会の講堂一杯に、行商隊が店を開いてくれている。
50人全員ではないが、30人以上が売り物を並べている。
前月の取引で小銭を手に入れた村の人たちが、目の色を変えて商品を見ている。
前月までは、村の人たちが欲しいと思った物の中で、フィンリー神官が村共用として買うべきだと認めた物だけが買われていた。
今回も同じようにするはずだったのだが、僕が買い物の練習をするのに合わせて、村の人たちも個人的な買い物が認められた。
その資金は、僕が作って村全体に配られた薬草、果物、穀物を節約して残しておいたのを、前月売って手に入れていた小銭だそうだ。
今月売った共有分はお金に換えられそうで、物凄い金額なるとお父さんが言っていたが、まだフィンリー神官と行商隊代表が話し合っている。
僕とお父さんは、買い物を練習するために途中で抜けさせてもらった。
僕の家だけは、たくさんお金があるとお父さんが言っている。
今月届くはずだった馬鎧と鋼鉄剣がないので、手付金分を返してもらったそうだ。
お金はたくさんあるけれど、大切に使わないといけないと言われた。
フィンリー神官と行商隊代表のように、高く売りたい者と安く買いたい者が戦うのが買い物だと教えられた。
でも、欲しい物を目の前にしてしまうと、直ぐに欲しくなる。
どうしても欲しくなって、言われたままお金を払いそうになる。
その度に後ろにいるお父さんが口を出してくる。
僕が高い値段で買おうとしていたのが分かるのは、お父さんが何か言うと、行商のお兄さんやおじさんが安くしてくれるからだ。
それも1度や2度ではなく、5度も6度も安くしてくれる。
僕が払おうとした値段の1/5どころか1/10になる事もあった。
行商人の言う値段を信じてはいけないとよく分かった。
そして、僕が何も知らないのだと分かった。
お父さんとお母さんが、僕が物の値段を知らないと言うのがよく分かった。
村の代表になるためには、行商人が持ってくる者の値段と、村で売る物の値段が分かっていないと、凄く損をするのが分かった。
フィンリー神官と行商隊代表が言い合う場所では実感できなかったけれど、こうして自分で買い物をしてよく分かった。
「今度はこっちで買ってくれるのか、良く見てくれ、これなんか掘り出し物だぞ」
反省したばかりなのに、見た事もない物が並べてあって、行商人のお兄さんに話しかけられると、つい欲しくなってしまう。
「これは何なの?」
「これか、これは鏡だ。
質の良い鉄を職人が何日もかけて丁寧に磨いて、よく顔が映るようにした物だ」
「顔が映るだけなの、何の役に立つの?」
「貴婦人、王侯貴族のご婦人やご令嬢が、身だしなみを整える時に使うんだ。
化粧をするにも自分の顔が見えないといけないからな」
「どうして化粧をしないといけないの?」
「そりゃ坊主、奇麗になって良い男を捕まえるためさ。
良い男を捕まえられるかどうかで、幸せになれるか不幸になるか決まるからな」
僕には良く分からないが、これまでと違ってお父さんが複雑な顔をしている。
「これはいくらなの?」
「名工と言われた職人が磨いた鏡だから、小金貨1枚と言いたいところだが、銀じゃなく鉄でできているし、ちょっと小さい。
大負けに負けて大銀貨3枚で売ってやろうじゃないか」
「高い、それはあまりに高い、せいぜい大銅貨3枚だ」
「馬鹿言っちゃいけないよ、この逸品を大銅貨3枚で売れる訳ないだろう。
大負けに負けても大銀貨2枚と小銀貨8枚だよ」
「買う気はある、あるから大銅貨5枚にしろ」
「それじゃ全然話にならないね、大銀貨3枚の鏡を大銅貨で売れる訳ないだろう」
今度のお父さんは、これまで以上に熱心だ、この鏡がそんなに欲しいのか?
お父さんが自分の顔を鏡に映してどうする気なんだろう?
行商のお兄さんは王侯貴族のご婦人やご令嬢が使うと言っていたのに。
僕が不思議に思っている間も、お父さんと行商人は激しく言い合っていた。
フィンリー神官が行商隊代表と言い合うよりも激しかった。
僕がこれまで見たお父さんで1番真剣だったかもしれない。
どれだけお父さんが真剣だったかは、最初大銀貨3枚と言っていた鏡が、小銀貨1枚にまで安くなったので分かった。
本当に商人が口にする値段は信じられない。
小銀貨1枚だって行商人が得しているとお父さんが言っていたから。
「困ったな、出産はもう少し後になると思っていたのだが」
とても疲れる買い物の練習を終えて教会から出ると、行商隊の牛が子供を産むとこに出会ったが、とても困っているようだった。
「これから急いで戻らないといけないのに、ここで時間をかけられないぞ」
5人の行商人が真剣に話し合っている。
「この村に長居すると連中に目をつけられかねない。
誰かを残していくのも危険だから、この子牛は諦めるか?」
「そうだな、そもそも生まれたばかりの子牛に峠越えは無理だ。
誰も残れないから、母牛を残していけない。
どうせなら諦めるのなら、少しでも金にするために売ってしまおう」
駄目だ、絶対に駄目だ、無理矢理母子を引き離してはいけない。
子牛だけ売ったら食べられるに決まっている、絶対に駄目だ!
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