第14話:罪科

 お父さんたち3人が必死で逃げて来る。

 お母さんたち3人が助けようと村から駆けていく。

 僕も隠していた身体強化を表に出すか?


 いや、まだまだ、まだ駄目だ。

 僕を嫌な目つきで見ていた大人の顔が忘れられない。

 僕を微妙な顔で見る、親が追放された子たちの顔が浮かんでくる。


「サファケイト!」


 枝によって甘いリンゴと少し酸っぱいリンゴを分けて実らせないのなら、呪文を言いっ放しで大丈夫なように、サファケイトも言いっ放しで大丈夫。


 先頭を走っていたフェロウシャス・ボアが、苦しそうにその場で暴れ出した。

 僕の魔力はまだまだ余裕で残っている。


「サファケイト!」


 2頭目のフェロウシャス・ボアも苦しそうにその場で暴れ出した。

 1頭目はもう立っていられなくて、倒れた状態で暴れている。

 毛皮が悪くなるから暴れないで欲しい。

 

「サファケイト!」


 3頭目のフェロウシャス・ボアが苦しそうに暴れ出した。

 4頭目のフェロウシャス・ボアが恐怖を感じたのかぐるりと曲がろうとしている。

 魔力は余裕があるけれど、必要のないのに殺したくない。


「ケーン、殺して、魔力が残っているなら殺して!」


 お母さんがこちらを振り返って叫ぶ、

 普段の優しいお母さんとは全然違う表情だ。

 以前お母さんが言っていた、手負いの魔獣はとても危険だと。


 できるなら殺したくない、お父さんたちが安全になったのなら殺したくない。

 でも、お父さんたちはこれからも里山や内山を見廻る。

 その時に、今日僕が見逃がしたフェロウシャス・ボアに殺されたら……


 4頭目のフェロウシャス・ボアがぐるりと回って尻尾が見えている。

 このままだと里山の中に逃げ込んでしまう。

 里山の中に入ってしまったら、僕の魔術でも届かなくなる。


「ケーン、殺すの、頑張って殺すのよ!」


「サファケイト!」


 4頭目のフェロウシャス・ボアも苦しそうに暴れ出した。

 僕は、逃げようとしている魔獣を殺してしまった!


 ★★★★★★


「おにいちゃん、起きたの?」


 1番上の妹、エヴィーが心配そうな表情で声をかけてくれた。

 普段はエヴィーたちが使っている下のベッドで寝ていた。


「お父さんとお母さんは何所にいるの?」


「お父さんとお母さんは、お兄ちゃんが狩ったフェロウシャス・ボアを解体しているの、今日は美味しいお肉が食べられるんだって!」


 エヴィーはうれしそうに話してくれたが、僕はベッドを汚さないように、激しい吐き気をこらえるのに必死だった。


 僕は、逃げて尻尾を見せている魔獣を殺してしまった。

 尻尾を見せて逃げようとしている魔獣に、後ろから魔術を放って殺した。

 そう思うと吐き気が我慢できなった!


「うっげえええええ」


「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん」


 せめてベッドの中に吐かないよう、顔をベッドの外に出して吐いた。

 寝藁や毛皮は汚さずにすんだけれど、床を汚してしまった。


「お父さんとお母さんをよんでくる!」


「だ、い、じょう、ぶ、だい、じょうぶ、だか、ら」


 僕は必死でエヴィーを止めた。

 これは病気でもケガでもなく、僕の罪の意識だと分かっている。


「でもおにいちゃんくるしそうだよ」


「だいじょう、ぶ、エヴィーがいてくれたら、だいじょうぶ」


「うん、エヴィーがいてあげる!」


 誰が側にいてくれても、この吐き気は収まらない。

 思い出すたびに、逃げる魔獣を背中から殺した罪の意識で苦しむだろう。


 魔獣を解体しているお父さんとお母さんは、強い血の臭いをさせている。

 あんな臭いを嗅いだら、激しい吐き気で息もできなくなる。


「うっげえええええ」


「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん」


 逃げる魔獣を背中から殺したのを思い出したらまた吐いてしまった。

 魔獣を解体する時の、血の臭いを思い出したらまた吐いてしまった。

 もう吐く物がなくて、胃が激しく痛む。


「やっぱりお父さんとお母さんをよんでくる!」


「だ、い、じょう、ぶ、だい、じょうぶ、だか、ら。

 エヴィーがいてくれたら、だいじょうぶ」


「エヴィーが手をにぎってあげる」


「あり、が、とう」


 エヴィーが小さく温かい両手で僕の手を握ってくれる。

 そのあまりの温かさに、自分の手が氷のように冷たくなっているのが分かった。


 このままベッドに倒れ込んで眠ってしまいたい。

 自分のやった事を忘れて眠ってしまいたいけれど、駄目だ。


「おにいちゃん、おきちゃだめ」


「そうじ、そうじをしないと、お母さんがこまるから」


「エヴィーがやる、エヴィーがやるから」


「お兄ちゃんは、もう神与のスキルをもらっているから大丈夫。

 まだ子供のエヴィーにやらせられないよ」


「でもおにいちゃんくるしそう、おにいちゃんびょうきなの?」


「大丈夫だよ、ちょっと苦しくなっただけで、病気じゃないよ。

 それに、エヴィーが手を握ってくれたから凄く良くなった。

 エヴィーのお陰で良くなったから、もう大丈夫だよ」


「ほんとう、ほんとうにだいじょうぶ?」」


 こんな小さい子に心配かけてどうするんだ!

 前世でも妹と弟からお父さんとお母さんを奪ってしまった。

 この世界でまで、妹たちからお父さんとお母さんを奪ってはいけない!


 僕はエヴィーをなだめて、自分で床を掃除した。

 僕が吐いたモノを、お母さんやエヴィーに掃除させられない。


「エヴィー、お父さんとお母さんに今日は何もいらないと言ってきて」


 とても肉なんて食べられないから、エヴィーに伝言を頼んだ。

 本当は自分で行かないといけないのだけど、とてもじゃないけれど、自分が殺した魔獣に近づける状態じゃない。


「おいしいおにくたべないの?」


「うっげえええええ」


 何気ないエヴィーの言葉にまた吐き気が襲って来る。

 もう何も吐く物がないから、ベッドも床も汚さずにすんだ。


「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、お父さんとお母さんよんでくる」


「だ、い、じょう、ぶ、だい、じょうぶ、だか、ら。

 エヴィーが、手を、にぎって、くれたら、だいじょうぶ」


「うん、こう、これでだいじょうぶ?」


 エヴィーがまた小さく温かな両手で僕の手を握ってくれた。

 もう何も考えずに眠った方が良い。

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