王都ベレンズ(2)

 門をくぐる前から、にぎやかな群衆はゼルの思考を奪うばかりだった。ものの数分で、彼のいた村の何倍もの住民を目にしたのだ。

 すでに馬を降り、デュレイと並んで大通りを歩いていたが、きょろきょろと辺りを見回すゼルは、デュレイに微かに笑われていることには気づいていなかった。


「うわあ、家も大きいのばっかりだ。もしかして全部二階があるのかい?」

「まあ、ほとんどはそうじゃないかな。この辺は商店が多いからね。一階部分が店、二階が住居ってつくりが大半だから」

「へえ……。あ、あれがさっき見えた門?」


 人の頭の隙間から、城壁が見えてきた。そしてそこには、開け放された門があった。


「そう、べレンズ城下町の入り口だ。でっかいだろ?」

「でかいなんてもんじゃないよ。目が眩みそうだ……」

「大げさだなあ、ゼルは」


 門を見上げながら、ゼルはデュレイに続いて城壁の中へ足を踏み入れた。馬を降りてからというもの、わずかにデュレイが先導するような形になっていたのである。


 城下町は、さらに込み合ったつくりになっていた。建物は横に伸び、平屋などは見当たらない。一つの巨大な家にたくさんの人が住んでいるのは、宿に住み込んでるみたいだ、とゼルは思った。


 歩く道は例外なく舗装され、時折馬車が駆けていく。身分の高い者の乗り物だから、きっと無縁のまま王都を去るのだろうが、こうも当たり前のように目にすると、もしかしたら乗る機会があるのかもしれない、と期待を持ってしまいそうになる。


 十分ほど歩いたところで、デュレイは一軒の宿の前で足を止めた。一階の屋根に近い所に札が掛かっており、そこには『白鳥亭しらとりてい』と書かれていた。


「確か、ぼくらが王宮に召集されるまで泊まれる宿屋だね」

「そうだよ。ちょっと馬を頼む。部屋が空いてるかどうか聞いてくるよ」


 手綱を取り、宿に入っていくデュレイの背を見届けてから、ゼルは改めて街並みを見回した。相変わらず高さのある家屋の合間から、そう遠くない場所にある建物の尖塔が、半ば黒く染まって覗いていた。きっとあれは、神殿の類だろう。


「ゼル、お待たせ!」


 ぼんやりと黒影を見ていたゼルは、跳ねるような友の声で即座に振り向いた。


「部屋が取れたよ。確認のために手紙を見せてくれって」


 デュレイに続いて現れた男の手には、さっきまでデュレイが何度も目を落としていた便箋が握られていた。ゼルは裏手から回ってきた使用人に手綱を任せ、荷物をあさって手紙を取り出した。


 男は渡された手紙にさっと目を通した。しばし凝視していたのは、末尾にあった国王の署名だろう。幾分か険しくなっていた目つきが緩んだかと思うと、男は顔をあげうなずいた。


「相違ございません。どうぞ、ごゆっくりくつろいで下さい」


 丁寧な手つきで返された手紙を、二人は軽く会釈して受け取った。


 明日は、配属を決める剣術試験を受けに、王宮へ向かうことになっている。まだ日も高かったので、街を散策してみたい気持ちもあったが、疲れをため込むわけにはいかない。


「ゼルは、王都は初めてなんだろ? このあたりなら色々案内できるぜ、これからどうだい?」


 だというのに、部屋に荷を下ろしたデュレイはそう言ってくる。自分の知っていることを教えたくて仕方ない、といった様子だった。


「ありがとう。でも、こんなにたくさんの人がいる街に来たのは初めてで、ちょっと緊張してるみたいなんだ。だから明日の試験に備えて、今日は休んでおきたくて」


 嘘を半分、真実を半分混ぜ込んでやんわり断ると、デュレイは大きくうなずいた。


「そうだな、今は試験が第一だ。ぼくが連れ回したせいで、ゼルが本領発揮できなかった、なんてことになったら、ぼくはきっと一生後悔するよ。命の恩人の足を引っ張ったってね」


 言って、デュレイは破顔した。


「たとえ連れ回されたって、きみのせいになんかしないよ」

「さすが、恩人様は優しいな。でも、食事をするくらいは付き合ってくれるだろ?」


 大きな手に背を叩かれる。村には、こんな背格好の同年代はいなかったので、ゼルはその差に驚きながら、見知らぬ地で得た新しい友人の存在に安堵もしていた。


「もちろんさ。いい店を期待してるよ、デュレイ」


 頼ってみせれば、デュレイははにかんで、じゃあ行こうか、とさっそくゼルを宿の外に連れ出したのだった。

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