第296話 ハワイ到着

 フライトは順調だったという美佳の言葉通り、ほぼ予定通りに飛行機はハワイ、ダニエル・K・イノウエ国際空港に到着した。


「なんか人の名前……ですか、これ」

「そうよ。少し前に名前変わったの。ちょっと理由は覚えてないけど、日系人の名前ね」

「日系人……?」

「要するに日本人の先祖を持つ人。『イノウエ』っていうのは日本のメジャーな姓だしね。って、貴女に行ってもピンとこないか」


 さすがにそれは難しい。

 そもそも日本人の姓は種類が多過ぎて驚くほどだ。

 そもそも姓を持たないエルフィナからすれば、複雑すぎて把握するだけで一苦労である。


「さて、ここからさらに乗り換え。あと一時間くらいね」

「結構……座ってるだけって疲れるんですね」

「……美味しそうに機内食を食べてたけどね」

「そ、それは……美味しかったので。あのロコモコ? というのすごく美味しかったです。ハンバーグは食べたことはありましたが、あんな風に食べるともっと美味しいです」


 美佳は呆れ気味にため息を吐いた。


(まったく……この見た目でこの食い意地だけは慣れないわね……そういえば玖条さんが料理上手だったけど引き合わせたら……やめやめ。さすがに一般人は巻きこめないわね)


 美佳はとりあえず浮かびかけた考えを振り払うと、表示されているフライトの予定を見る。


「荷物は勝手に乗せ換えてくれるらしいから……あら。トランジットに二時間待ちか。こればかりは仕方ないわね。到着前に軽食は出たけど……」


 ふとエルフィナを見ると、なにやら一方向に視点が固定されていた。


「ま、食事にしましょうか。言っとくけど、ほどほどにね?」

「は、はいっ」


 元気のよい返事に、美佳はまた少し呆れ気味にため息を吐くのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 三時間半後、二人は無事ハワイ島に到着した。


「すごい……太陽がまぶしいですね。でも、日本よりむしろ暑さは……マシ?」

「この時期乾季だからね。湿度がないから日本の蒸し暑さよりはマシなんでしょう。気温はむしろ低いくらいだしね」


 この時期の日本の気温は三十五度を越える。

 しかし、スマホの天気予報によると、この地域の気温は最低気温が二十一度、最高気温は三十度。どう考えても日本の首都圏より涼しい。


「まあ、日焼け対策はしておきなさい。私はこの程度ではどうということはないけど、貴女はぶっちゃけ肉体は普通の人間と同じなんだから」

「は、はい」


 とりあえずエルフィナは渡された日焼け止めを肌に塗り込む。

 ちなみに今の二人の格好は、エルフィナが薄い生地の長袖のブラウスに、ジーンズ。美佳はキュロットスカートにTシャツという出で立ちだ。


「しかし考えてみたら、貴女ってどちらかというと南の出身なのに、肌白いわよね。あっちって、普通に南は熱帯に近かったはずだけど」

「それはそうなのですが……森妖精エルフは基本的に肌は白いです。あと、私の住んでいたティターナの森って、標高千五百メートル三千カイテルほどあって涼しいし、しかも基本森の中で過ごしますから、そんなに日に当たらないんですよ」

「しかも基本引きこもり……そりゃ日焼けもしないわね」

「ひき……いえ、間違ってないですが……」


 エルフィナは何とも複雑な顔になる。

 自分たちの生態を引きこもりと言われてしまうと反論したくなるが、基本ほとんど寝てばかり。

 稀に森の中で採取活動をする程度。

 そして森の外には滅多に出ない。

 この世界に来て『引きこもり』という単語を知った時、真っ先に思い浮かんだのが自分たちの森での暮らしぶりだったのは否めない。


「ま、それはともかく、まずは宿に荷物を置いて、キラウェア火山に下見に行きましょう」


 エルフィナが頷くと、美佳はタクシーをアプリで手配し――この辺りの手際の良さは本当に竜なのかと疑いたくなる――二人は街に向かう。

 ほどなくたどり着いたホテルは、空港から程近い、海沿いにある大きなホテルだった。


 美佳が手続きを済ませ、二人はホテルの部屋に入る。

 ホテルの従業員がどことなく不思議そうな表情で二人を見ていたが、特に何も言ってはこなかった。


「ふぅ。とりあえず荷物は置いて、と」


 部屋は大きなベッドが二つ。それにベランダがあって、海が良く見えた。


(なんか……いいですね。宿というと基本宿泊のためという感じですが、こういう宿だとここに来ること自体が目的になりそう)


 クリスティアの宿は、基本的には旅人の宿泊所だ。

 あのキルセアと会った時の温泉宿のような場所もあるが、あれはかなり特殊な例外だ。基本、街の宿は別にそこを目的とするようなものではない。

 だが、こういう場所ならコウと一緒に来てみたいと思えてくる。


「まあここは観光地だから、眺めもいいわね。じゃ、とりあえず行くわよ。まずは下見」

「あ、はい。でも、どうやって?」

「レンタカー手配してるから、それで行くわ。下に持ってきてもらってるから」

「……思ったんですが、美佳ってものすごく旅慣れてませんか?」

「まあね。ここに来たのは初めてだけど、ハワイは初めてじゃないし。暇だからあちこち行ってるのよ。バイトの合間とかにもね。……っと、そうそう。どう? あっちの方だけど」

「あ、はい……」


 言われた方向に意識を集中する。

 すると、先日行った樹海とは比較にならないほどの魔力が渦巻いていた。


「かなり……強いです。はっきりとした火の精霊の力ですね」

「うん。私も集中すれば少し気になるくらいの感じだからね。当たりかしらね、多分」


 美佳はそういうと、最低限の荷物だけ持って部屋を出る。

 エルフィナが慌てて続いた。

 ロビーに降りるとすでに待っていたらしく、美佳が男性と何かを話していて、やがてこちらを振り返った。


「じゃ、行くわよ、エルフィナ」


 ホテルの前にあったのは日本でも借りていた車と同じくらいの少し小さめの車。

 ただ、戸惑ったのは、運転席が日本と逆だ。


「違うんですね、日本とは」

「アメリカは左ハンドルだからね。というか、そもそも日本と走る側が違うから」


 どういう意味かと思ったが、走り出してすぐわかった。

 普段と道の走る側が違う。日本では左側を走るが、こちらは右側だ。


「場所によって違うのですか」

「場所というか国によってね。慣れるしかないけど」


 そう言いながら、美佳は車を走らせる。

 途中、ゲートをくぐる際になにやらやり取りをしていたが、それが終わるとまたしばらく車を走らせた。

 やがてたくさんの車が停車してる場所で、美佳も車を止める。

 ここからは歩きらしい。


「陽射しはあるけど、やっぱり涼しいわね、ホントに。で、さすがにここまでくると私でもわかるわね……」

「はい。非常に強い火の精霊の力です。地の精霊も感じますが、火が圧倒的に強い」


 ちなみに二人が話しているのは、クリスティア大陸の言葉だ。

 一応気にして、他の人に聞かれないようにしている。

 日本語だと周りに意外なほど日本人の観光客もいるので聞かれる可能性もあるが、これであれば聞き取られる可能性はない。


 どうやら目的地まではすぐだったようで、わずかに上ると目の前に壮大な光景が現れた。

 噴煙の上がる落ち込んだ大地は、おそらく火山の火口だろう。

 その中が凄まじい高温なのは見ればわかる。

 そしてエルフィナの目には、その火口を中心に凄まじいまでの数の火の精霊が踊り狂っているのが見えた。


「すごいですね。火の精霊の強さはキルセアさんがいた火口よりすごいかもです」

「まあ、キルセアがいたら精霊も逃げるしねぇ。それは良いとして、じゃあここならいけそうかしら」

「……今更ですが、その、次元結界アクィスレンブラーテとの接続ってどうやるんでしょうか。その、全然方法聞いてないというか……見当もつかないのですが」


 圧倒的なまでの精霊の力は感じる。

 多分ここで火の精霊を使った精霊行使エルムルトを使えば、通常より遥かに強力な力が発動できるだろう。

 ただ、その程度であれば他の地域でも同じだ。

 それに、あちらでも似た様なことは起きる。

 その旅に次元結界アクィスレンブラーテに接続されていたら、それこそ大事である。


「私も確実な手があるわけじゃないんだけどね。まあでも、可能性の高い方法はあるわ。ただ……人目が多いと厳しいし、もっと近づいた方がいいしね。だから……」


 美佳はスマホを取り出して何かを確認する。


「そうね。明日の夜にまた来ましょう。とりあえずそれまでは、のんびり観光でもしますか」

「え。あの、そんなのんびり……」

「火山は逃げないわよ。それに、今この場で精霊行使エルムルトを使うわけにもいかないでしょう」

「そ、それはそうですが」


 こんなところでやったら目立つどころではない。

 そしてこの世界では、誰もが容易に映像を記録できてしまう。

 迂闊なことをやれば、何が記録されるか分かったものではない。


「ま、折角こんなとこまで来たんだし、あちこち見て回って……午後は海の方にでも行きましょうか。なんか素敵な滝もあるらしいし」


 そういうと美佳はさっさと歩きだしてしまう。

 何気に、一番この状況を楽しんでいるのではないかと思えたが――かといってエルフィナが美佳に意見出来るわけもなく、とりあえずついていくしかできなかった。


 ちなみに。

 その日の夕食はビュッフェスタイルのレストランだったので、エルフィナは思いっきり満足できた。

 食事スペースが屋外の東屋のようになってる個別のエリアだったこともあって、さほど注目されていなかったのが幸いしたらしい。


 ちなみに美佳にはその食べっぷりにはかなり呆れられた。

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