第297話 夜の火山へ
ハワイ到着の翌日は、二人はホテルのプールで午前中はのんびりしていた。
この辺りは砂浜というのはなく、海岸はゴツゴツとした黒い岩礁が多い。これは溶岩が冷えて固まったものだろうとのことだった。
なので海岸沿いの海底も基本的に足を怪我する可能性があるし浅いので泳ぐのは推奨されていない。サンダルで歩くくらいはできたが、泳ぐのはプールで、というわけだ。
美佳の水はセパレートタイプのスポーティなもの。
美佳の外観はやや身長百五十ちょっとで、いかにも典型的な日本人。
見た目だと十代半ばにも見えるような外見なので、どちらかというと健康的という感じである。
エルフィナの水着はフリルのついたビキニスタイル。ちなみに美佳と二人で買いに行って、美佳の指定で買わされた。財布を握っているのが美佳なので抵抗できなかったが、正直に言えばいつぞやステファニーらが選んだ水着よりはまだ大人しい気がする。
「なんていうか、よく似合うわねぇ。まあここは宿泊客だけのプライベートプールだから変なナンパ男来ないので大丈夫だけど、ワイキキ辺り行ったらさぞ人気者ね」
「美佳……その、私を着せ替えて楽しんでませんか」
「そうだけど?」
「あの、言いたくないのですが、美佳のその外観って、実際自由になるんじゃないですか? それだって仮の姿でしょう?」
すると美佳は少し驚いたようになってから、わずかに首を傾げた。
「確かにできなくはないけどね。でも、
「ええ……そういえば、キルセアさんには角や翼がありましたね……人の形でも」
「でしょうね。別にしまう必要もないし。意外に人に変化するのは私達でも難しい……というか慣れないのよ。特に私は、重量とかもちゃんと人にしてあるし」
「へ?」
「キルセア、人に変化してたのでしょうけど、あれで質量ほぼ竜の身体と同じはずよ。膂力とかもね」
そういえば、キルセアにはたかれてコウが死ぬかと思ったと言っていたが、あれは冗談ではなかったのか。
「だから結構繊細なの。気付いてると思うけど、
それはその通りだろうが、それを言うと、そもそも美佳がそこまでして人間社会に溶け込もうとしているのかが不思議だ。
「別に大した理由はないわ。ただ、この世界に来てからずっと人間の在り様を見てきてるからね。彼らがどこまで行けるのかっていうのは気になるわね。それは、最初から全て完成している私達では見られない進化だから」
こういう時に、美佳の顔はとても優しくも、そしてとても恐ろしくも見えた。
文字通りの意味での超越者と言える。地球における『神』の概念に近いが、どちらかというと自然神などが該当する、人間の都合など一切考えない神のようなものだ。
クリスティア大陸のおいては、まさに『竜』そのものと言えるだろう。
今、自分に付き合ってくれているのも、フィオネラのことがあるとはいえ、ほとんどは気まぐれに近いのだろう。
たとえそうであっても、エルフィナにとっては何よりも助かるのは事実だが。
「ま、午後はのんびりしましょう。夜になったら出かけるわ」
「出かけるって……昨日の?」
「そ。ま、今度は車使わないけどね。飛んでくわ」
「……分かりました」
ほんの少しの緊張と共に、エルフィナは頷く。
いよいよ、最初の精霊王との接触があるのだと思うと――エルフィナは自然に、気が引き締まる思いがした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
「はい」
時刻は午後八時過ぎ。
二人はバルコニーで大きく伸びをした。
今の二人の服装は、どちらも黒を基調にした服装。
要するに夜闇に溶け込みやすくするためだ。
上は黒いブラウス、下も黒のジーンズ。エルフィナは髪を括って、その上から帽子をかぶっている。
この点では美佳は髪が黒いので問題にはならないが。
「まあ光学迷彩もしていけば問題はないでしょうけどね、念のため」
日本の都市部と違い、この辺りは夜になるとかなり暗い。
無論街灯などはあるとはいえ、空を明るく照らすほどではない。
「じゃ、行きましょうか」
そういうと、ホテルのベランダから一気に空に浮かび上がる。
一応念のため光学迷彩は付与しているが、高度を上げてからはそれを解除した。
空を見上げたところで、人だと識別するのはおそらく不可能だろう。
二人はあっという間に高度千メートルほどまで上がり、そこから一気にキラウェア火山を目指す。
暗くて見えづらいかと思ったが――。
「魔力もあるし、そもそも僅かですが火口の炎が見えますね」
「そうね。さすが世界一活発な火山ってところかしら。とはいえ、人目は気を付けましょう。この時間でも、夜の火山ツアーに来てる人はいるしね」
「わ、わかりました。でも、火山のどのあたりに?」
「そりゃもちろん、火口よ。一番魔力が強いでしょ?」
「え」
「熱の遮断くらいは出来るでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
軽く言ってくれるが、気持ちの準備もしてないとさすがに少し驚く。
こういうところが本当に大雑把だ。
二人は一時間ほどで、火山上空までたどり着いた。
「意外に人、いますね」
先にいった展望台などには、今もかなりの人がいる。
確かに、眼下に見える光景はそれなりに神秘的だと思え、それを見たいと来る人がいるのは理解できた。
「ま、ここからは光学迷彩で乗り切るしかないわね。火口まで下りるわよ」
「は、はい」
念入りに精霊による熱の防御を付与する。
「そういえば、美佳は良いのですか?」
「私? そうね。私自身は平気だけど……服が面倒ね。一緒にお願い出来る?」
「分かりました」
それは問題なく付与できたと思うが、それでもさすがに噴煙が上がり、赤い輝きを放つ中に入るのはそれなりに勇気が必要だ。
「大したものね。これから噴火したりしても大丈夫じゃない。じゃ、行きましょうか」
そういうと美佳は平然と火口に降りていく。慌ててエルフィナが続いた。
展望台の人を見ると、特にエルフィナ達に気付いた様子はないので、隠蔽もうまくいっているらしい。
そして二人は、噴煙上がる火口のすぐ上、五メートル程度のどこまで下りてきた。
ここまで来ると、そもそも火山性ガスの影響で呼吸すら難しくなってくるので、それもエルフィナは制御している。
美佳に聞いたら「自分だけなんとかしなさい」と言われてしまったが。
「ここまで火山の火口に近付いたのは……私は初めてですが」
「でも、桁違いに高い火の精霊力があるわね。しかも相当な期間の蓄積。そもそもこのハワイ諸島が強い火の精霊の力によって誕生した島々だから、それを考えれば軽く数千年もの間、この島は精霊の力を享け続けていた場所。そして今の中心が、ここ」
言われるまでもなく、エルフィナも分かっていた。
この島、それどころかこのあたり周辺に、強い火の精霊の力が、言い換えれば魔力が渦巻いている。
多分その力の根源それ自体は、地下。
ただ、その力が吹きあがってきているのがこの島、この火口だ。
「けど、どうすればいいのですか?」
「精霊と契約した時と同じかしらね、多分」
「多分って……」
「仕方ないでしょう。私だって精霊王と接触したことなんてほぼないもの。ただ、精霊は総じて強い呼びかけは無視しない。強い魔力を込められた呼びかけには、応えざるを得ない習性がある」
そう言われても、エルフィナにはピンとこない。
そもそも、今契約している七体の精霊たちは、エルフィナが物心ついた頃からずっと一緒にいた存在だ。
契約という行為を行った記憶がない。
精霊が個性を持つようになるのは契約者を媒介として獲得するとのことだが、記憶する限りエルフィナの契約精霊たちは最初から他の精霊とは違い、明確な個性があった。
だとすれば、エルフィナが覚えてる時点ですでにエルフィナと契約していたことになる。
「じゃあそうなんじゃない? 多分覚えてないくらい幼い頃に契約したのね」
「いや、だから覚えてないからどうしようも……」
「じゃあ今考えてみなさいな。今、新しい精霊たちと契約するならどうするかってね」
新しい契約。
物心ついた時から七種の精霊全てがいたエルフィナにとっては、これ以上精霊と契約することなど考えたことはなかった。
ふと、胸元にある
(ねえ、シルヴス。これからあなたのより強力な存在に声をかけたいの。力を貸してくれる?)
(もちろん。ここは確かに、かつて感じたことがないくらい
さすがは精霊同士というべきか。
精霊王の存在を感じ取っているのかもしれない。
「美佳、やってみます。その、多分集中してしまうので……」
「いいわ。周りからは見えないようにはしてあげる」
エルフィナは小さく頷くと、目を閉じて意識を魔力に――精霊たちに集中する。
(火の精霊たち。その大いなる力、世界を覆うその結界の中に在る、あなたたちの力の集合せし存在。私は今、あなたの力を欲してる。どうか――私に応えて――)
その直後。
ハワイ島のキラウェア火山で、数年振りという大きな噴火が発生した。
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●親友の勇者が魔王になってしまった件
https://kakuyomu.jp/works/16817330660454635503
ある世界の勇者と魔王の物語。かなりシリアスな話です。
完結しました。
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