第295話 出国

 富士山から帰ってきたエルフィナと美佳は、その翌日からアメリカに渡航するための準備に取り掛かった。

 なお、合間合間にエルフィナは学校から出された夏季休暇の課題をこなしている。


 準備と言っても、それほどの物はない。

 予定では五日ほどハワイに滞在するとのことで、ホテルの手配などは美佳が全部やってくれている。

 エルフィナがやることは、美佳が持ってきたスーツケースというカバンに必要なものを入れることくらいである。


「あの、剣とかは持って行かない方がいいのでしょうか」

「あのね。その剣外に出すことは考えないで。アメリカは確かに日本よりは緩いけど、でもそんなもの持ってたら確実に警察が職質に来るわ。挙句にそれ、異様に重いし」

「それはその、私以外の場合ですが……」

「分かってるけどね。どちらにしてもそんなもの持ち歩く必要はないわ。観光地だからよほどのことがない限りは安全だしね」


 一応美佳から予習しておきなさいと言われえたので、キラウェア火山などについて調べてみる。

 現在この地球で最も活動的な火山とのこと。

 その雰囲気は、あのキルセアがいた火山に少しだけ似ている。

 確かにあそこも、今思い返してみれば火の精霊力が強かった。

 それ以上にキルセアの気配が凄かったが。


 キラウェア火山があるのはハワイ諸島の中でも最も大きな島、ハワイ島の南東。

 美佳が手配している宿はその島に在るヒロという街らしい。

 火山に近い位置でも人が結構住んでいて、宿もあるらしいのだが、今回は普通の観光ではない。

 むしろ、こっそり火山に近付いていくわけで、むしろ大きな宿で出て行ってることに気付かれない方が都合がいいという。


 他にも色々手続きはあるらしいのだが、そのあたりは全部美佳がやってくれていて、エルフィナは何もすることがないので、せめてと家事を手伝いつつ――あっという間に出発の日となった。


 旅に出発するのは基本朝からだと思っているエルフィナなのだが、何でも飛行機が出発するのは夜の九時過ぎらしい。

 ただ、空港という飛行機に乗る場所には二時間前には行くという。


「そんな早くに行くんですか?」

「まあね。国内線だとそこまで気にしなくてもいいけど、国際線だと手続きが面倒だったりするから、早めに行っておくに越したことはないからね。ちなみに六時間から七時間くらいはかかるけどね」

「……聞くまでもないかもですが、とんでもなく速いんですよね、飛行機って」

「そうね。実際音に近い速度よ」

「音に速度があるって、私、故郷では知らなかったですからね……」


 アルス王立学院で初めて知った。

 光に速度があるのはこの地球に来てから知ったが。

 まさか光にすら速度があるとは思いもしなかった。


「まあそれだけ広いってことよ。帰りの方が時間かかるけどね」

「え?」

「風の影響なのよ。日本からハワイ方向に、常にかなり強い風が吹いてるの。ジェット気流っていうんだけど。で、それが帰りは風に逆らうようになるからね」


 ふと、ウィスタリアを登頂した時のことを思い出した。

 あの時もそう言えば、風がずっと一方向にひたすら強く吹き付けていた。

 美佳によると、ジェット気流があるのは高度一万メートル二万カイテル付近。それはちょうど、ウィスタリアの高さに等しい。

 あるいはあれも、そうだったのか。

 だとすればなおさら、この地球とあのクリスティア世界は近しい世界だと思える。


「ま、ともかく家を出るのは夕方からね。といっても一週間もかからず帰ってくるけど。あとは貴女次第……といっても、特に準備のしようもないしね」

「というか、私は現地で何をすべきかもよくわかってないのですが……」

「それに関しては……私もあまり分からないのだけどね」

「え」

「なんとなくの指針はあるから、あとは現地に行ってみてからね。今回の場所が外れって可能性だってゼロじゃないから、そしたら諦めてハワイを楽しみましょう」


 ここまでやって空振りというのは出来れば避けたい。

 なのだが美佳はそのあたりはあまり深刻になってる様子はない――のは当然か。

 クリスティアに帰りたいのはエルフィナであって、美佳は付き合ってくれているだけだ。

 無論、フィオネラについては彼女も思うところはあるのだろうが、だとしてもそこまで必死になることではないのだろう。


 それでも、ここまで手伝ってくれる以上、美佳にも確たる理由があるのだと思うし、今はそれで十分だと、エルフィナは思うことにした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 電車に揺られること一時間弱。

 エルフィナと美佳は、羽田空港に到着した。

 その、出発ロビーに入ったとたん、エルフィナは唖然としてしまう。


「……め、めちゃくちゃ広いですね」


 これほどの空間は、あのファリウスの地下空間を別にすれば――あれは建造物とはいえちょっと規格外だろう――エルフィナは記憶にない。何より天井が高い。

 帝都ヴェンテンブルグの大聖堂にすら匹敵すると思える。


 何より驚くのは、その内部の明るさだ。

 この世界の照明の明るさには慣れたつもりだったが、これほど広大な空間をこれほどのまでに明るくしているというのは、本当に凄い。

 もう外は真っ暗なはずなのに。


「あまりお上りさんやらないでね。貴女、見た目は文句なしに外国人なんだから、今更空港で驚いてると逆に変よ」

「そ、そう言われても……努力、します」


 あらためて、コウがあちらの世界で大抵のことに驚かなかった理由が分かる。

 考えてみれば、アルガンド王国の王宮に行った時も、その壮麗さには感心していたが、建物の大きさなどに驚いていた様子はなかった。

 エルフィナなどは呆気に取られていたのだが、こんな建造物がある世界から来れば当然だろう。


「ランドマークタワーとかに連れて行っておくべきだったかしらね……帰ってきたら連れて行こうかしら。スカイツリーでもいいけど」


 なにやら美佳がぼそぼそ言っていたが、エルフィナはよくわからなかったので――その名前自体は建造物のそれだと分かるがすぐわからない――気にしないことにした。


 そして二人は手続きを終え――質問については予め答えを美佳から指示されていた――出発ゲートというものを通り抜ける。

 それは問題ないのだが――。


「あの、美佳。荷物は……どうなるんでしょう?」

「ん? ああ……あれは預けただけ。同じ飛行機に乗せてくれるから大丈夫よ。あっちに着いたら受け取るの」

「そんなサービスがあるんですか」

「サービスじゃないんだけど……面白いわね、ホントに」


 美佳が本当に愉しそうにしているが、エルフィナからすれば何が面白いのかすら分からない。


 そうしてる間に出発ラウンジと呼ばれる場所で、あとは搭乗開始を待つだけとなり、エルフィナはあちこちを見て回っていた。

 間近で初めて見る飛行機は本当に大きく、これが単一の乗り物だという事実がまず信じられないが――。

 それが何機も普通に動いて、そして向こうの方で高速で地上を走っていたかと思えば浮いて空に消える様は、冗談にしか思えない。


(で、でもあれにこれから乗る……んですよね)


 どうやっても鉄の塊に見えるものが空を飛ぶ。

 それを可能にしたこの世界の技術力が、改めてすごいと思わされた。


「ほら、エルフィナ、乗るわよ」


 いつの間にか時間になっていたらしい。

 美佳に連れられて、なにやら不思議な通路を抜ける。

 これについては先ほど見ていたので理解はしているが、それでも不思議な感じだ。


 初めて見る飛行機の中は、思ったより狭く思えた。

 美佳によると、あの円筒型の胴部の上部が客室で、下部が積載室らしい。先ほど預けた荷物もそこに入れられるという。

 美佳についていって席に座る。

 エルフィナは窓際の席だった。

 機体の大きさからすると、かなり小さいと思える窓だが。


 やがてアナウンスが入り、注意事項が述べられる。

 ちなみにシートベルトは車で慣れているので問題はない。

 とはいえ何があるか分からないので、エルフィナは真面目に聞いているが――。


「考えてみたら万に一つがあっても、貴女の場合空飛べば問題ないわよね……私も人のこと言えないけど」

「……そういえば、そうですね……」


 そもそも美佳が乗っている時点で、万一つもない気がするが。


 やがて、少し震動がして、窓の外の景色が動き始めた。どうやら移動を開始したらしい。

 思ったより音が響くが、それよりも――。


「ん……なんか、耳が……」

「ああ、気圧がわずかにね」

「気圧、ですか?」

「飛行機の中って外とほぼ完全に隔離されてるのよ。だから、機内の空気の調整も機体が行ってるんだけど、そのためにわずかに普段と気圧が違う感じになるから、それでちょっと耳がキーンとなったりするの」

「ああ、そういえば……ウィスタリア登った時も少しそんな感じが」

「まああれと同じよ。……にしてもホントにアレ登ったってのは……アホねぇ」

「コウに言ってください。私だけならやらなかったです」


 そもそもコウが一緒でなければロンザスを越えることもしなかっただろうが。


 そうしている間に、飛行機は移動を続けていたが、不意に窓の外の景色が止まった。

 直後、音がさらにうるさくなり――。


「ふぇ!?」


 突然椅子に押し付けられるようになった。

 そのまま十数秒は経ったかと思うと、突然平衡感覚が狂ったのかと思うような気がして――。


「エルフィナ、窓の外、見てみなさい」

「え? ……とん、でる」


 地上の光が、窓に斜めに映っていた。

 どういうことかと思ったが、重力の方向から、期待が斜めになっているのだとすぐにわかった。

 気付くと、先ほどの押し付けられるような感覚はほぼ消えていたので、エルフィナは窓の外を見た。


「すごい……ずっとずっと遠くまで、光が続いていてる」


 かつてウィスタリア山頂から見た時に、かすかに見えたキルシュバーグの光。

 それとは比較にならないほどに明るい光が、遥か地上の彼方まで続いている。

 それは、この世界の街の広さを表していた。


「ま、すぐ海の上に出ちゃうから、何も見えなくなるけどね。どう? 初めての飛行機は」

「ちょっと最初がびっくりしました。あんなすごいのは……」

「車で走ってる時も少しだけあったでしょう。あれのすごいやつだと思えば言い訳よ」

「ちょっと違い過ぎましたけどね……でも本当に、こんな大きなものが、法術クリフ精霊行使エルムルトもなしに、空を飛ぶんですね」

「そうね。これも人間の可能性でしょう。私がこの世界に長くいるのも、これが面白いと思ってるからってところはあるわね。さてと。ざっと七時間弱、結構かかるからのんびりしましょうか」

「はい」


 そう言いながら、エルフィナはなおも、もうほとんど何も見えなくなった窓の外を、飽きずに見続けていた。


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●親友の勇者が魔王になってしまった件

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ある世界の勇者と魔王の物語。かなりシリアスな話です。

1月上旬に完結を確約してます。

自分としてはよく書けてると思ってるので、良ければご支援お願いします。

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