第293話 樹海の魔力

「さて、森に懐かしさを感じるのは分からなくもないけどね。主目的を進めましょうか。どう、魔力の偏りは」

「あ、はい……そう、ですね――」


 エルフィナは魔力に意識を集中する。


(すごい――街の比ではないですね)


 森全体に魔力の気配はある。

 その濃さは鎌倉の比ではない。

 ただ、全体的にゆったりとして魔力が揺蕩っているようで、どこが強いとかはあまりない。

 強いて言えば――。


「あっちの高い山の方が、少し魔力が強い気がします」


 エルフィナが指さした先は、きれいな三角形の形状を持つ一際高い山。

 知識ではこの国では一番高い山らしいと知っているが、確かに際立って高い。

 何より、単独であのように高峰が存在しているのは、さすがにかなり珍しいと思う。

 あのウィスタリアは確かに突出して高い山ではあったが、それでもロンザス大山脈の一部だ。

 火山だからだろうというのは分かるが、あれほどきれいな形になるのはさすがに珍しい気がする。


「やっぱそっちね。じゃ、行きましょう」


 人に見られても厄介なので、光を歪ませて地上からは見えないようにしてから、二人は移動を開始した。

 わずかな変化でも気付けるように、速度は遅め。

 眼下に見えるのはことごとく森の木々ばかり。

 植生は大分異なるが、エルフィナは少しだけ故郷のティターナの森を思い出した。


(でも、魔力はぼんやりと少し周りより高いくらいですね……美佳が気付かないのは仕方ないかも)


 エルフィナでも、漠然と高いな、というくらいだ。

 ただ、そもそも全体的に魔力が濃い。


「そうね。元々この世界は自然豊かな場所は魔力が濃いわ。精霊が元気ってのもあるんでしょう」


 言われてみれば、確かに都市部より精霊が元気な印象だ。

 美佳は精霊の個別の状態まではまず気にしない――魔力と同じで集中しないと区別がつかない――らしいが、確かに自然の方が精霊の状態はいい。


(この世界の文明は、あるいは精霊の力を拒絶してるのかもしれませんね)


 この世界で一番驚いたのが、『土』がないことだ。

 全くないわけではないが、文字通り街は大地に『蓋』をしている。

 そのため、地の精霊の力が非常に弱い。

 水の精霊も人工的な河は泉では少し弱くなる。

 風の精霊も、街をめぐるのは大変そうな感じだった。

 火の精霊に関してはそう変わらないかと思ったが、この世界においては家で火を使う事すら稀だ。

 ガスコンロなる火で温める装置もあるらしいが、あれも自然の火ではない。


 さすがに光や闇の精霊の在り様はそう変わらないが、本来光の精霊の領分は昼、闇の精霊の領分は夜という区分けが、かなり曖昧になってるのは否めなかった。


 全く在り様が変わらないのは理の精霊くらいか。


(それに比べると、この辺りはクリスティア大陸に近い感覚ではありますね。この世界も都市部だけがむしろ異様なのでしょうが――あら?)


 ふとある一点が目に留まった。

 そこだけ何か光ってる――というより魔力が集まっている。


「美佳。あそこ――」


 エルフィナが指さした先を美佳も見た。


「よく気付くわね……確かに魔力が少し強いみたいね。行ってみましょう」


 降り立った場所は周りには全く人がいない。

 というより、おそらく道からかなり外れた場所だろう。

 周囲を見渡すと、大きな岩があってそこに黒い穴が開いていた。

 どのくらいの深さなのかは、全く分からない。


「これ、風穴ね」

「ふうけつ?」

「この辺りの大地って、あの山の噴火で溢れた溶岩で出来てるのよ。だから、結構地下に隙間や空洞がある。で、それの口がたまに地上に在るわけ」

「入れるのですか?」

「入れるのもあるらしいけど……まあここも入れなくはないか。多分これ、未発見ね」


 美佳はそういうと、少し体をよじって中に入る。

 エルフィナもそれに続いた。


 中は当然だが真っ暗なので、エルフィナが精霊に頼んで明りを灯す。

 足元はかなり凸凹していて、かなり歩きづらい。

 そして驚くほど涼しかった。寒いと思えるくらいだ。

 そして――。


「魔力がかなり濃いですね。地下の方が濃いのでしょうか」

「そういう話はないはずだけど……エルフィナ、魔力の属性分かる?」

「属性……ですか? 強いて言えば地属性と……火属性、あとは水属性でしょうか。あ、でも……火が明らかに一番強いですね」


 言ってからエルフィナは首を傾げた。

 地属性や水属性は分かるが、なぜ火属性が強いのか。元が溶岩だからか。


「なるほどね……純粋な『力』の属性。ここじゃ足りないけど……うん。なるほど」

「美佳?」

「ここはもういいわ。多分ここでは結節点になるほどの魔力ではない。ただ……惜しいけど」

「惜しい?」


 エルフィナの質問に、美佳が頷いた。


「前に話したけど、次元結界アクィスレンブラーテは魔力の塊。だから、同じ魔力には同調しやすいのよ」

「えっと……?」

「つまり、こっちで十分に高い魔力がある場所があれば、それは次元結界アクィスレンブラーテの魔力と同調する。で、その結果、『壁』が揺らいで、そこが結節点になる可能性があるというわけ」

「えっと、壁のこっち側の魔力が高い状態になれば、壁の向こう側にある結界が反応して繋がることがあるってことですか?」

「そうね。大体そんな感じ」


 イメージはなんとなくわかった。

 ただそれなら――。


「私が思いっきり魔力を高めたら、行けないですか?」

「行けるとは思うわよ。百年くらいかかるだろうけど」

「え……」

「そんな簡単に壁が揺らぐわけないでしょう。だから、長年そういう高い魔力を溜め続けた場所なら、可能性があるわけよ」

「試しに聞きますが、美佳なら?」

「短時間でってこと? 多分可能よ。けど、ここでやったら、この辺り……そうね。半径百キロくらいは吹き飛ぶけど?」

「……ごめんなさい」


 さすがにそれはない。


「まあでも、仮説は確認できたわね。じゃ、本格的に頑張りましょうか。まあ目星はいくつかあるから」


 そういうと美佳は地上に出ていく。

 エルフィナもあとに続いた。


「目星、ですか?」

「ええ。要するに自然の精霊力がとても強い場所にそれぞれ行けばいいってわけ。ついでにそういう場所なら、それぞれの属性の精霊王に会える可能性も高いと思うわ」


 確かにそれはイメージ的にはエルフィナにも分かりやすい。

 となると、あとはそういう場所がどこかということと――。


「光や闇、理はちょっとどこか悩むところだけど、地、水、風、火に関しては目星があるわ」

「そうなんですか」


 さすがにこの地球の地誌を把握できていないエルフィナでは、そういう場所を探すのにも時間がかかるが、さすがに美佳は目星があったらしい。


「それは良いんだけどね……距離が問題ね」

「そう……なんですか?」

「そうね。ま、歩いていくとかじゃないけど、移動全部入れたら結構時間かかるわ」


 この世界の移動速度でそうということは、本当に遠いのだろう。


「とりあえず貴女の夏休みの間に……季節的には地と火の精霊王と会えそうな場所に行きましょう。あと、アリバイ作りね」

「アリバイ……?」

「だって貴女、一応北欧に帰ってることになってるでしょ?」

「あ、そういえば……そうですね」


 そういう建前で夏休みの友人の誘いを断っている。

 八月下旬の夏休みまで、ずっとというわけではないが予定が定まってないことにして、約束するのは避けたのだ。


「ま、そういうわけだから、とりあえず今日のところは……温泉にでも入って、来週には出発ね」

「は、はあ」


 そういうと美佳は先の道路まで戻り、車を発進させる。

 意外に時間は過ぎていて、太陽はそれなりに傾いていたが、夏であることもあり、まだまだ明るかった。


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●親友の勇者が魔王になってしまった件

https://kakuyomu.jp/works/16817330660454635503

ある世界の勇者と魔王の物語。かなりシリアスな話です。

1月上旬に完結を確約してます。

自分としてはよく書けてると思ってるので、良ければご支援お願いします。

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