第292話 富士の樹海へ
夏休み二日目。
エルフィナと美佳は、早速朝から富士の樹海へと出発した。
ただ、予想外だったのは。
「……美佳って車の運転、出来たんですね」
エルフィナは美佳の横――助手席というらしい――から運転席でハンドルを握る美佳をみて、半ば以上感心した様に呟いた。
この世界というかこの国の場合、特定の資格がなければ車を運転できないというのは聞いていたので、美佳がそれを持っているとは思わなかったのだ。
「当たり前でしょう。一応、真っ当に免許取ったのよ。珍しくね」
そう言って見せてくれた免許証というそのカードは、確かにネットなどで見たものと同じだった。
むしろ『珍しく』と言っているということは、真っ当じゃない方法で取得したようなものもあるのだろうが、多分気にしても無駄だろう。
ただ、美佳も普段必要ないからと車は持ってないので、どうするのかと思ったら車を時間貸しするような
美佳がそれで車を借りてきた。
ちなみに、エルフィナは当然飛行していくものと思っていた。
美佳が力を使うのがまずいのなら、エルフィナでも二人分飛行させるのは問題はない。
美佳の力はこの世界に存在しないはずの力だから問題があるのだろうが、エルフィナの使う
「美佳が力を使うのがまずいなら、私が使って飛行して行けばいいのでは……」
やろうと思えば、時速
もっともそれには風の抵抗などを軽減する力なども同時に使う必要があるが、今ならできなくもない。
「あのね。その状態でさらに姿隠しと、風よけまでやって、この暑い夏の太陽の下移動するの? 私は嫌よ」
「……う。確かに。あれ、でも美佳は別に暑いとかあまり関係ないのでは……?」
「気分の問題よ。長いことこの形態だからね」
そんなわけで、車で移動となったのである。
確かにこの時期、エルフィナが本当に辟易したのが、この暑さだ。
美佳によるとここ三十年でさらに暑くなったとのことだが、それにしても本当にうだるようなこの暑さには、エルフィナもかなり参っていた。
正直、故郷であるティターナの森のさらに南、大陸でも最も暑いと云われてていた地域よりさらに暑い気がする。
今も車のガラス越しの太陽光は、クリスティア大陸より強いと思えるほどだ。
「この辺りは環境問題ってのがあるからね。正直、
美佳はそう言いながら、ハンドルを握っている。
その運転には迷いがないので、実際運転は慣れているのだろう。
何気に自動車に乗ったのは初めてだったエルフィナは、最初こそおっかなびっくりしていたが、すぐ慣れた。
とはいえ、その速さには驚くし、車の中でも涼しく出来るのも驚く。
「改めて驚きますね……この自動車って機械」
「そういう反応はさすがに私も新鮮だけど、まあ気持ちは分かるわ。話を聞く限り、交通機関については今のあの世界、こっちの産業革命前みたいなものだしね」
産業革命については勉強はしたのである程度分かっているが、エルフィナはそもそもその理屈に驚くばかりだ。
あの、お湯を沸かした時に出る蒸気でそんなことができると考えついたこの世界の人はすごいと思う。
というより。
(
単純に手を触れずに物を動かすだけなら、
魔力が続く限りは確かに
ただ、どうやっても――コウやエルフィナのような例外を除いて――魔力はいつか切れる。そのため、どうやっても継続的に動き続ける
だがそれは全て
それ以外の方法に向かう発想がない。
この地球には
あるいは、エルスベル時代にはあったのかもしれないが――エルスベルは最終的には
少なくとも美佳の話から、
それは、地球の
今なら、エルスベルの人々が自分たちの記録を全て抹消した理由も、なんとなくわかる。
それは、世界を滅ぼしかけた自分たちの罪の記録を消すためでもあり、そして再び世界を滅ぼしかねない技術を消し去る為でもあったのだろう。
長い旅路の果てにファリウスまでたどり着いても分からなかったことだが――まさか『当時』を知る人物に会えるとは思わなかった。
「どうしたの?」
「あ、いえ。この地球が、
「また唐突ね」
「多分、美佳の話とかを総合すると、あの世界に
「そうね。多分
「そ、そうなんですか?」
「ええ。まあだから……この国の言葉だと、『隣の芝生は青く見える』ってやつよ。ない物ねだりともいうわね」
意味は分かるし、先ほどの環境問題などはその一例なのだろう。
実際、エルフィナも普段住んでいる場所の空気がクリスティアのそれと比べて澱んでいるという気はする。
今でこそ少し改善されたらしいが、かつてはもっと酷かったらしい。
クリスティア大陸では大気汚染というのはほとんどない。そもそもこの世界のように大規模な炉などがないし、鍛冶職人が集まるドルヴェグは、その主要施設はことごとくが地下で、かつその煙は
水の汚染についても同じだ。
ただ、向こうに居た時には当たり前だと思っていたこれらの対策だが、考えてみたらそれを当たり前にしているというのは、普通ではないと最近になって分かってきた。
おそらく、クリスティア大陸でもかつてはそれらで自然を壊してしまった経験があるのだと思う。それもおそらく、エルスベル以前に。
エルスベル崩壊後に、神殿がそういった問題を発生させることなくその危険性を人々に伝えることで、当たり前に対処されたのだと思う。
特に何も考えずにそういうものだと思っていたことが、意外なほど多いと思い知らされる。
そして地球とクリスティア大陸が本質的には同じ世界であるのならば、この世界で起きた問題はあちらの世界で起きる可能性もあるのだ。
それを知っておくことは十分に意味があるだろう。
二人を乗せた車はそれから広い道路――高速道路というらしい――に乗って、幾度か曲がった。
道案内は車内にある画面に表示されていて、美佳もそれに従って行っているらしい。スマホもそうだが、これがあればまず道に迷うことはなさそうだ。
出発してから二時間ほどで、気付けば両側が全て深い森だけの場所になっていた。
そこを少し走ったところで、美佳が道路わきに車を乗せる。
「この世界にも、こんな深い森があるんですね……」
車を降りると、空気感から街とは全然違う。
心なしか、涼しい気もする。
ちなみに今のエルフィナの格好は、サマーブラウスにジーンズというものらしい。
かなり動きやすくてお気に入りだ。
ただ、街ではなくこういう場所で防具を纏ってないこと自体に少しだけ違和感があるが、この世界に魔獣などは存在しないし、人を襲うような動物も滅多にいないらしいので、考えるだけ無駄だろう。
そもそも剣も持ってきていない。
「むしろこの世界だってこういう自然な場所の方が多いわ。まあこの国はかなり都市部は開発されてるけどね。さて、と。さすがにここからは車は無理だから……とりあえず、と」
美佳が車に手をかざすと、車が消えた。
「え?」
「見えなくしてるだけよ。さすがに放置してるとまずいからね。あとでレッカーされても面倒だし」
見えなかったら危ないのではと思ったが、どうもそこに車自体がないらしい。
美佳曰く、少しだけ空間をずらしてるとのことだが、そのあたりでエルフィナは考えるのを止めた。竜のやることを全部理解するのは無理だ。力を使っていい基準がイマイチ分からないが。
「さて……まあ面倒だし、ここからは飛んで行きましょうか。今なら人目もないしね」
「あ、はい。美佳は……」
「大丈夫。自分だけ何とかしなさい」
そういうと、美佳はふわりと浮き上がって森の方に飛び去って行った。
エルフィナは慌てて
「すごい――全部森ですね」
「まあ、だから樹海、なんだしね」
とはいえ、最初に見せられた光景があの街だったのもあって、エルフィナにはこの景色はとても新鮮に感じられていた。
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