夏休みの冒険

第291話 夏休みの計画

 七月下旬。

 エルフィナの通う聖華高校は夏休みに入った。


 その前に体育祭やら色々イベントがあったが、それは無事終わった。

 体育祭でかなりやりすぎたところはあったが。

 エルフィナの運動神経は、同世代の日本人女性と比べると文字通りの意味で桁違いだったのだ。おまけに見た目に反して体力もある。


 これは、基本体力勝負の冒険者をやっていたのだから当然といえば当然だが、見た目ではそれは分からない。

 瞬発力なども明らかに優れていたため、リレーの選手やら中距離走やらにエントリーして、ことごとくで圧倒してしまった。

 一部競技では男子より速かったほどだ。


 そのため陸上部の教員および生徒にしばらく追い回される事態になったが、忙しいという理由――何で忙しいかは説明しなかったが――で全て逃げ切った。

 夏休みに部活動の大会があるとのことだが、エルフィナは夏休みは帰省するということにしてるので、それに出られないならということにしたのである。


 もちろん、帰省など実際には不可能だが。


「陸上部やってもよかったんじゃない? 別に……魔技マナレットだっけ? それでブーストしたわけじゃないんでしょう?」

「そんなことしません。っていうか身体強化が出来るのはコウだけです。私はそこまでできませんし」


 美佳がまた無責任なことを言ってくれた。

 半年近く一緒にいてよくわかったが、美佳は基本的に大雑把な性格をしている。

 問題を強引に解決する能力がある――社会的な地位も裏では相当あるようだ――ため、大抵のことに無頓着なのである。

 なのだが、エルフィナとしては下手にこの世界に痕跡を残してしまうのは、気が引けるのだ。


 いつかはクリスティア大陸に帰らなければならないし、あるいは、全てが終わって、コウがこちらの世界に帰るとなったら、今度こそ本気でこの世界に居つくことになる。

 その時に過去のやらかし――こっちの世界では黒歴史とか言うらしい――が露見する事態は、どう考えても良くないと思えるのだ。


「ま、それはともかく、夏はまあ確かにあちこち行く必要があるからね」


 そういうと、美佳はパソコンを起動して、地図を表示した。


 魔力だまりの観測は、美佳が分身アバターを使ってやってくれている。

 ただ、かなり集中しないと識別が難しい上に、それでも繊細な違いは分からないという問題があった。

 そこで、有力そうな場所にはエルフィナ自身が赴いて調査することにしたのだ。

 学生の身であるから――それなら辞めてもいいとは思うのだが――長期休みを利用するということだ。


「で、最初の候補がここ。休み入ったらすぐ行くわよ」


 美佳が指さしたのは、ここからそう離れてない場所。


「……樹海?」

「そ。通称富士の樹海。ま、昔から色々噂が絶えない場所でもあるんだけどね。ただ、この国で一番高い山でもある富士山と関連して、明らかに他よりは魔力が強いみたいなの」


 高い山は信仰を集めやすいからね、と美佳が補足した。


 クリスティア大陸出身のエルフィナは、どうしても『信仰』という概念が理解しづらい。『神を信仰する』という考えがしっくりとこないのだ。


 クリスティア大陸において、神々は人をたすける存在ではある。ただ通常、直接的に力を示すことはない。

 神から力を借りる奇跡ミルチェを使うことができる神官を通して援けてくれるわけだが、当然それには対価が伴う。

 いわば、クリスティア大陸における神は神官にとっての力の根源でしかない。

 よって信じる、という相手ではない。


 無論その力は場合によっては法術クリフより強力であることが多く、その根源である神の力が強いことは周知の事実だ。

 ただ、やはり敬う存在ではないし、『信じれば救われる』というこの世界の概念はエルフィナにはよくわからない。

 確かにクリスティア大陸においても、稀に直接力を示すことがあるとされ、アメスティアが言っていた神託リルチェなどはその典型だろう。

 それゆえに、こちらにもある『困った時の神頼み』という概念に近いモノだけは、確かにある。

 ただしそのまま『神々の気まぐれ』といわれ、これに関しては実は奇跡ミルチェの才能を持っていた者が、その時に発現したという説も根強いという話だった。


「まあ私も長年この世界にいるからなんとなくわかるってだけだからね。多分だけど、私が本来の姿を現し続けてたら、今頃神様にされてたか……あるいは、この世界の信仰の在り方が違ったかもしれないわね」


 確かに美佳の――正しくは竜の――力は神々に匹敵するか、あるいはそれ以上だ。

 そんな存在が『実在』していたら、この世界の神々の在り様は全然違ったかもしれない。


 歴史の勉強でもやっていたが、この世界の神々は基本的に実在しない。

 にもかかわらず、それを信仰――エルフィナの感覚では信頼――してる人は非常に多く、実在を信じて過去に色々なことが行われている。

 あるいは、その集められた意識それ自体が、神にまで上り詰められる『魔力』による奇跡を起こしていたのかもしれない。


「まあとにかく、この世界にいる人間の数もあって、人々の『意識』が集められた場所に集まる力は無視できない。そこから、次元結界アクィスレンブラーテに繋がる可能性だってあるわ。……多分だけどね」


 正直、次元結界アクィスレンブラーテに接続できる結節点の条件は全く分かっていない。

 クリスティア大陸ではファリウスに、正しくはファリウス航宙船ネヴィラス・ファリウスの中にあった。

 ある意味ではあれは施設の中にあったわけだが、あの世界は次元結界アクィスレンブラーテを利用していた世界なので、おそらくある程度自在に結節点を作ることができた可能性は高い。

 だが、作ることができるということは、何かしら法則があるということだと美佳は言う。


「少なくともエルスベル人はこの地球にいた人間と、能力的には同じはず。だから、あの世界で結節点が作れたのなら、それはこの地球でも必ずできるはずだからね」


 美佳によると、あの統一国家エルスベルも、あの状態になるまでには地球と同様に文明が少しずつ発展していったらしい。だとすれば、そのどこかで、次元結界アクィスレンブラーテを知るきっかけがあった筈だというのだ。


「あと、思い出したことがあるんだけどね。私が記憶する限り、エルスベルに『神』はいなかったわ」

「え?」

「エルフィナが言う、アラスとかの神々よ。記憶する限りフィオネラからそんな話を聞いたことはないわ。ただ――昔はそういう『信仰』があったことは言ってた気がするわ」

「えっと……つまり?」

「貴女の知る神々って、もしかしたらエルスベルが崩壊した後にあの世界に現れたか――うん、あるいは、だけど。フィオネラが『召喚』したのかもしれないわね」

「え……」


 神を召喚。

 そう聞くと、とんでもない話に思える。


「別に大したことじゃないわ。貴女が知らないだけで、この世界にはより高次の存在というのもいる。わたしほどじゃないけどね。そういう存在に壊れかけた次元結界アクィスレンブラーテを補修させた可能性は否定できないわ」


 エルフィナは、だんだんフィオネラという存在がどういう存在なのか分からなくなってくる。

 自分と同質の魔力を持つという話だが、存在があまりに違い過ぎる気がする。


「まあ今一万年前にいなくなったフィオネラが何をやったか悩むのはやめましょう。意味がないわ。ともかく、色々あちこちに行く準備をしないとね」

「あ、はい。でも、準備って……?」

「要するに旅行準備よ」

「へ?」


 美佳はそういうと、押入からキャリーケースを取り出した。

 キャスター付きの角ばった大きなカバンで、本当にたくさんモノが入るらしい。


「先日買っておいたの。まあ最初は富士の樹海だから、日帰りかせいぜい一泊二日だけど、その後多分外国行くからね」

「え? え?」

「パスポート偽造しておいてよかったわ。手間が省けて楽だし」

「……あの、移動手段って……その、転移とかじゃ?」


 コウは使えなかったが、美佳ならそのくらいは問題なく出来ると思っているのだが――美佳はあっさりと首を振った。


「あのね。私は確かにこの世界でもそれなりの力を使えるけど、さすがに転移とか使うと揺り戻しが凄いのよ」

「揺り戻し……?」

「この世界の次元結界アクィスレンブラーテは貴女の世界のそれとは比較にならないほどの強度がある。だから、私が力を使う場合も、簡単に言えば隙間を縫うように使ってるの。これでもね。私みたいな存在が力を普通に使ったら……そうね。簡単に言えばそこに結界の力が及ばない空隙が出来るのよ。で、それを元に戻そうとするわけだけど、その際に、何かしらの災害が起きるの」

「……それ、もしかして実体験、とか……?」


 すると美佳はしまった、とばかりに顔をそむける。


「気にしないでいいわ。一万年も前の事だから、時効よ、時効」


 どうやらかなりやらかしていたらしい。

 一万年前だと、この世界はまだ人間の文明が生まれたかどうかというところだが――あるいは、それで滅んだ文明があったのかなかったのか。

 それはエルフィナにも分からなかった。


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カクヨムコンテスト10参加作品応援願い

●親友の勇者が魔王になってしまった件

https://kakuyomu.jp/works/16817330660454635503

ある世界の勇者と魔王の物語。かなりシリアスな話です。

完結しました。

本作を気に入っていただけているなら面白いと思います。

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