第290話 手がかりと可能性
「……魔力の気配?」
サクサクとエルフィナが鎌倉で買ってきたお土産をかじりながら、美佳が首を傾げた。
ちなみに買ってきたのは鎌倉に本店があると結構有名だというサブレである。鳥の形をしているのがちょっと可愛い。柚果が好きらしく、お勧めされた。
「はい。その、鶴岡八幡宮という場所の周辺で、少しでしたが」
「うーん。私も何回か行ったことあるけど、そんな魔力の気配あったかしら……」
「私はそう感じた……のですが。他にもいくつか行ったお寺や神社でも、いくつかではそういう気配を感じました」
あの後、魔力の気配の元がどこかというのを探りたかったのだが、班行動を乱すわけにもいかなかったし、正直に言えばよくわからなかった。
あの領域全体がぼんやりと魔力が濃い印象だったのだ。
特に中心というものはなかったように思う。
他にもいくつかの寺社にいったが、いくつかはそういう気配があった。
美佳は納得がいかないのか、なおも首を傾げる。
その後、エルフィナが買ってきたもう一つのお土産を開いていた。
クルミがぎっしり詰まったキャラメルをバター生地で挟んだ菓子で、こちらは玲奈のお勧めである。
「あ、これ美味しい。……ああ、これあれね。いつも売切れてたやつだわ」
「みたいですね。平日だったからか、昼過ぎでも売ってました」
鶴岡八幡宮を出た後、段葛脇の道を歩いてお土産を買いつつ駅まで戻り、それから小町通という小さな店がたくさん並んでいる場所で食べ歩きをした。
なんとなく同世代――実年齢は置いておく――とこのように歩くのは、あのアルス王立学院に通っていたころを思い出す。
あの頃のステファニーやアイラほどの強引さは、さすがに玲奈たちにはないのでエルフィナとしてはむしろ安心できるが。
「そういえばふと気になったのですが……私のこの耳、写真とかに撮られたら……大丈夫でしょうか?」
小町通では何回かみんなで写真を撮っていた。
エルフィナは出来るだけ耳が写らないように手を添えたりして隠していたのだ。
美佳の話では、十年くらいは違和感を持たれないという事だったが、それが写真にまで有効なのかわからない。仮に有効だとしても、十年後まで残ってしまうと、それはそれで騒ぎになる気がする。
その頃にはエルフィナはこの地球にはいないと思いたいが。
「ああ、大丈夫よ。映像にする場合には勝手に補正かかって、耳自体が変わるから。ほら」
そういうと、美佳はスマホでエルフィナの顔を撮影して、それを見せてくれた。
そこには、人間と同じような形の耳のエルフィナが映っている。
「……な、なるほど」
そういえば、と思い出して学生証――写真が貼られている――を見ると、確かに耳が全く見えない。
エルフィナの耳は髪で隠してもわずかに見えるはずだが、それが見えなくなっていた。
あらためて、とんでもなく高度な術がかけられているのだと思わされる。
「と、それはともかく……魔力だまりねぇ。うーん…………あ」
「美佳?」
「……なるほどね。ちょっとこれは盲点だったわ」
そういうと、美佳はお茶を飲んでから少し天井を見て、それから困ったような顔になった。
「確かによく見ると、あのあたりって魔力だまりみたいなもの、たくさんあるわね」
「こ、この距離から分かるのですか?」
「まさか。
「そ、そう、ですか」
美佳と暮らして三カ月になるが、普段はそうでもないのだが、時々、端々に明らかに人間離れした力が見え隠れする。
今の
美佳の本体は今見えている女性の姿なのだが、彼女は自分の魔力で自分の分身を自在に作れるらしい。
本人曰く、
どのくらいかは聞くのが怖いくらいだ。
形状や大きさも自由らしく、イメージ的にはこちらの魔法が出てくるお話などにはたまにある『使い魔』みたいなもののようだ。
「貴女の感じた魔力は、多分次元結界のものね。魔力は基本的には人間が持つ。もちろん自然――精霊も持っているけど、精霊はこの世界に『在る』存在だから、そもそも人に魔力を感じさせることはしない。貴女のように精霊を個別に認識してても、精霊の存在は感じても、精霊が魔力だという感じはないでしょう?」
「そう……ですね」
精霊は精霊で、その存在として感じる。無論、精霊の力が強い、弱いという感じはあるが、精霊は純粋な魔力ではなく、エルフィナにとっては精霊そのものとして感じられる。
もっとも、コウに言わせればやはり精霊も魔力であるらしく、識別する法術を作ったと彼は言っていたが、それも精霊が特別に力を行使した場合のみで、通常はまず感知できないという。
「
美佳がやや複雑そうに笑う。
「その、あまりに微弱で、私からしたらないのと変わらないのよね。だから、見落としてたわ」
「……え」
「貴女は正直、フィオネラと同質の魔力の上、魔力を使える存在だから目立つ。しかもかなりの強さだから離れても分かるんだけど、この世界に魔力が放出されることなんてほとんどないと思ってたから、今まで意識したことないのよ。かなり意識してみないと気付かないわ、これ」
つまり、実際には魔力がそれなりにあちこちにあったとしても、美佳はそれが『当たり前』だからその差に気付かなかったらしい。
そもそも、美佳自身が桁外れに強力な魔力を持つ。
それこそ、エルフィナですら彼女からすれば誤差に近いという。
そんな強大な魔力を持つ美佳にとってみれば、微弱な魔力の濃淡の違いなど、違いにならないのだろう。
エルフィナが目立つのは、魔力を使える状態、つまり『開いて』いるから分かりやすいのだという。この辺りはエルフィナには意味がよくわからなかったが、概念的なものらしい。本人曰く、『暗闇の中でスマホのライトが点いてるような感じ』らしい。
「昔は魔力を使おうとした人間も結構いたのよ。古代エジプトの魔術や、北欧のルーン魔術、日本の陰陽道とか、他にもいろいろあるけど、頑張って微弱だけど魔力を扱えるかどうかってところまでは届いてるのもあったわ」
あらためて、美佳がとんでもなく昔からこの地球にいるのだと思わされる。
今の話はいずれも千年から四千年以上前の話ばかりだ。
「ただここ千年くらいはそういう人もいなかったしね……その感覚に馴染んじゃってたわ。けど、神社仏閣とか、あるいは海外の聖域とされるような遺跡、人々の信仰が集まる場所なんかは、そういうパワースポット的なものなわけだけど……
「じゃあ、そういう場所なら精霊王と接触できたりとかは……」
「可能性は否定しないわ。ただ、そういう場所以外にも聖地とされるような場所であれば、あるいはそういう人々の意志、いわば魔力が集まって結節点になれる可能性もあるかもしれない……んだけど」
美佳の言葉がしりすぼみになる。
「ちょっとかなり集中してやらないと駄目ね、これは。漠然と見てたら魔力の気配を見逃しちゃうのね、私は」
一万年以上この地球にいて、どうやら初めて気付いたらしい。
美佳としてもこれは予想外だった。
そもそも、魔力をまともに扱えない世界だという先入観が、そういう感覚自体を鈍らせていたのかもしれない。
「まあ、貴女のおかげでそれに気付けたわね。ちょっと時間はかかるだろうけど、強い魔力の気配を、より慎重に探せば多分結節点は見つけられると思うわ」
「いえ、私のため、ですし」
エルフィナにとっても、元の世界に帰るために、そして帰った後にあの
そのために手伝えることは何でもするつもりだが――現状、あまり手伝えることはない。
闇雲に
「ま、ヒントが見つかっただけ上出来ね。最終的には貴女自身がその場に行ってもらう必要はあるけど、それまでは待ってなさい。ちゃんと学生しながらね」
「はい、わかりました」
「ま、時々少し遠出してみましょうか。気分転換にもなるでしょうしね。夏休みとか、確か学生は長いし」
「は、はあ……」
学生生活が無駄だとは思わないのだが、それでもやはり美佳を手伝うべきではと思うところはある。
美佳があっさりとエルフィナの耳の認識をずらしたのなら、そもそもエルフィナが歩き回っていても不振に思われないようにもできたのではないかと思うが――。
「出来るわよ、そりゃ。でも、エルフが学生やってるって面白そうだと思ってね」
「え」
「それに、この世界の知識はあっちでも役立つわ。色々勉強しておきなさい」
悪戯っぽく笑う美佳に、単に彼女の趣味ではと疑うエルフィナだったが、それは口に出せなかった。
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1月上旬に完結を確約してます。
自分としてはよく書けてると思ってるので、良ければご支援お願いします。
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