第289話 思わぬ発見

 電車に揺られること二十分。

 あらためて、この世界の――少なくともこの地域の――どこまでも続く市街地域の広さに驚くばかりだ。

 電車の速度を聞いてみると、大体時速八十キロから九十キロ。あちらの度量衡だと時速百六十メルテから百八十メルテ。エルフィナが使う風の精霊による高速飛行に匹敵する速度だ。

 しかもそれで、これだけの人数を同時に運べるというのだから驚くしかない。


 確かに、ドルヴェグにあったような軌条タイレルが必要なのはあるが、だとしてもそもそもその敷設規模が違い過ぎる。

 気になったので日本の敷設総距離をスマホで調べたら――やっと最近調べられるようになってきた――、なんと総距離は二万七千キロ以上。

 クリスティア大陸でいえば、東から西に何往復もするような距離だ。意味が分からない。記事によるとこの地域は世界でも有数の鉄道大国らしいが、だとしても、だ。


 挙句、これ以外に普通の道――それもきれいに舗装された――があり、そこを走る自動車もその速度は帝都の高速馬車をも遥かに凌ぐ。

 移動の『手軽さ』は比べるべくもない。


「……あ、さすがに森もあるんですね」


 気付いたら、窓の外は自然豊かな風景になっていた。

 一瞬人家が見えたりはするが、それでもどちらかというと木々が多い場所になってきたので、さすがにこの世界にもそういう場所があると思うと少し安心する。


「鎌倉は山で隔てられていますからね。さすがに全て切り開いているわけではないですし」


 玲奈が説明してくれて、さすがに全て切り開いて開発してるわけではないと少し安堵した。

 とはいえ、そういう山の中にも軌条を通しているというだけで十分すごい。

 ただ、おそらくこれはこの世界においては道を作るのと同じような感覚なのだろう。


 森のようだった場所はすぐ終わり、また市街地域の中を電車は抜ける。

 といっても、先ほどよりは市街地の割合は低く、どちらかというとよく知る街並みに似てる気がしたので、エルフィナとしては少し安心できた。景色が流れていく速度はすさまじいが。


 やがて電車は停止し――友人たちが立ち上がるので、エルフィナもそれに倣う。


「ここですか?」

「そ。この辺りでは一番の古都と言える、鎌倉だよ」


 駅はとても天井が高く、そして人が多かった。

 四人は連れ立って改札を出る。


「ここが……鎌倉、ですか」


 見た目はそれほど普段住んでいる街と変わらない。

 ただ、建物の高さは総じて低い。

 普段いるあの街は、それこそ元の世界ではありえないほどの高層建築が多数並んでいたが、この街はせいぜい五層かそのくらい。

 これでも十分すごいとは思うが、普段の街に比べると、やはりこじんまりとしている印象はある。


 確か歴史の教本によると、ここがこの国――日本――の中心だった時期は、およそ九百年前から八百年前くらい。

 エルフィナにとっても、帝国が誕生したころだと思うと相当昔だと思える頃だ。

 もっとも、帝国は今も続いているが――多分。

 全然違う世界の歴史は面白かったのでざっと眺めてみたが、自分の世界のように何百年も続く大きな国というのはほとんどないというのが不思議だった。

 法術といった力の有無が大きいのかと思うが、あちらの世界でも国の在り様に法術はあまり関わらない。自分やコウ、アクレットのように一人で戦場を変化させられる存在は滅多にいる者ではないのだ。


 ただこの世界においては、その分武器の発達はすさまじい。

 資料映像で見ただけだが、銃器と呼ばれる武器は、おそらく下手な攻撃法術より強力であるにも関わらず、その扱いは容易。

 そんなものが多数ある世界はどうなるのかと思ったが――少なくともこの地域ではほとんど持ってる人がいないらしい。

 実際、古代においては数百年続く国は珍しくなかったようだ。

 単純に人の人数が違うというのもあるのだろう。


「やはり定番は鶴岡八幡宮ですね」


 玲奈はそういうと、先頭に立って歩き始めた。

 柚果、由希子、エルフィナもそれに続く。


「外国の方も多いですね、ここだと」


 確かに、学校や家の周囲では基本的に全て『日本人』といわれる、黒髪の人しか見ないが、明らかにそれとは違う人も多い。

 むしろ街の雰囲気は違うが、人の多彩さだけなら、ここについてはクリスティア大陸に近いかもしれない。

 黒髪の、つまり日本人の比率は当然多いが、それ以外にも多種多様な人々がいる。


(ここだと、コウより私の方が目立ちますね、それでも)


 コウは良くも悪くも容貌ではあまり目立たない。

 ついでに、本人が自覚してるか微妙なところだが、特に人前では気配自体を希薄にしている。本人曰く、物騒な気配を駄々洩れにするわけにいかないとのことだったが、実のところそんな危険な気配が彼にあるかといえば、別にない。


(結構本人の思い込みもあるんでしょうね)


 実際、この中にもしコウがいても、確実に気付けるかといえば――絶対の自信は無い。

 あっちだと彼の様な黒髪は多くはないので目立つが、こっちでは当然だが珍しいものではないからだ。


 そんなことをぼんやり考えていると、なにやら大きな赤い門のようなモノ――鳥居が見えた。

 事前に一応調べて吐いたので存在は分かってたが、それにしても大きい。


「これが二の鳥居ですね。一の鳥居はもっと向こうにあるそうですが、さすがに見えませんね」


 玲奈がそう解説してくれた。

 実際そっちを見ても、さすがに鳥居は見えない。

 一キロほどは離れているらしい。

 見通しが良ければ余裕で見えるはずだが、さすがに木々や道の上の橋などが邪魔で見えない。


「で、こちらが段葛。私は何度も来てますが……エルフィナさんはもちろん由希子さんも鎌倉は初めてでしたっけ」

「はい。来れないというほどの距離ではないのですが、私は東京の方に住んでますので」


 由希子はそういうと、鳥居の側にある石碑の説明を読んでいた。

 エルフィナもその隣に立って読む。


「由希子さんはともかく、エルフィナさんはすごいですね。日本語、どれだけ堪能なのかと」

「まあその……言葉を覚えるのは得意らしく」


 実際、美佳に言わせれば《意志接続ウィルリンク》なしに精霊と言葉を交わすというのは、相当に例外的な事らしい。コウにも言われたが、言葉を覚えるのはなぜか得意なようだ。

 それでも、日本語の文字の種類と複雑さには最初辟易したが、ひらがなとカタカナはともかく、漢字については力ある文字ルーンだと思えば結構簡単に理解できた。

 あれと比べたら、まだ形が整理されていると言える。

 エルフィナも法術クリフは使えなくても、文字ルーンの形それ自体は覚えているのである。


 由希子が読んでいる横で、柚果がスマホで写真を撮っている。

 そういえばレポートを出す必要があるから、写真などを撮っておいた方がいいのか。


 ちなみにこの鎌倉を行先に選んだ班は他にもいるはずだが、そちらは一つ手前の駅で降りて行ったらしい。そこからここまで歩いてくるのだという。


「さて、それじゃあ参りましょうか、皆さま」


 玲奈の案内で、一行は段葛を歩いて、鶴岡八幡宮へ向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これは……また広いですね」


 三の鳥居の横を抜けて、鶴岡八幡宮の敷地に入ったエルフィナは、軽く驚いていた。


 こちらの世界は、総じて敷地が狭いという印象があったのだ。

 学校は例外として、それ以外の施設であそこまで余裕を持った、いわば緑豊かな庭のあるような建造物はほぼ皆無だと思っていたのだが――。

 ここはまず入口となる場所の道が広い。

 しかも車は通らず、歩くだけ。

 幅は十五メートルはあるだろうか。


 道の脇にはなにやら小さな露店――屋台というらしい――があって、食べ物を扱っている。少し興味があったが、さすがにここは我慢すべきと考えて、エルフィナは玲奈たちについていった。


 その道の両側は木々が生い茂っている。

 その植生はエルフィナは見たことがないが、この世界ではそれほど珍しくない物なのだろう。

 少なくとも故郷の森で見たことがあるタイプの植物ではなかった。

 ただ、なにか雰囲気がいい。


「さ、ここからが本殿だね」


 柚果の声に前を向くと、なんとも不思議な形の建物が建っていた。

 こちらでもあまり見たことがない。

 壁はなく、屋根の形もまず見ることはない。


「こちらは舞殿といって、一種の舞台です。日本の伝統的な神社の建築様式ですからエルフィナさんには珍しいですよね。さすがにこういう様式で今家を建てる人は滅多にいないですし、エルフィナさんが見覚えがなくても当然かと」


 言われてみれば、歴史の本などではあった気がする。


「エルフィナさんの故郷の家はどんな感じなのですか? スウェーデンの北方ということは、ラップランドと呼ばれる場所ですから、雪深いのでしょう?」

「ええ……まあ、そうですね」


 美佳がエルフィナをスウェーデンの北の方としたわけだが、困ったのがこれだ。

 本当のエルフィナの故郷であるティターナの森は大陸南部にあり、むしろ暑い地域である。

 ティターナの森は精霊の恩恵と比較的高地なのもあってそこそこ涼しいが、雪が降ることはまずない。


 しかし、スウェーデン北方は、相当に雪深い場所なのだ。


「ただ私の家は、周りに木々がたくさんあったので、あまり雪塗れになることはなかったので」


 木々が周りにあったのは嘘ではない。

 というか、ティターナの森では巨木それ自体をくりぬいて家にしていた。

 なので細かい家のことを聞かれても困る。

 さすがに巨樹をくりぬいた家というのが普通ではないのは、こっちでもあっちでも同じだ。


「そうですのね。うまく自然と共生しているという感じですね」

「そう、かもです」


 それはその通りなのだが、なんとも説明しづらい。

 なお、エルフィナは故郷にいる時はスマホを持ってなかったことにしてるので、故郷の写真を見せてくれといわれても持ってきていないということで通している。

 正直に言えばいつまで誤魔化せるのだろうという不安はあるが。


「さ、これがあの有名な階段ですね」

「おおー。これが。あの実朝公が殺されたという」


 エルフィナが首を傾げる。

 それに対して、歴史好きだという柚果が説明してくれた。

 千年前の謀略。そういうのは確かに面白いと思える。

 さらに言えば、数年前まで立っていたという大銀杏の跡なども興味深かった。


 四人はそれから写真を撮りつつ、本殿へ行き――。


「あれ?」

「どうかしましたか、エルフィナさん」

「あ、いえ……」


 階段を上がったところ。

 大勢の人が溢れる本殿の前。

 なのだが、その本殿の近くに来た時に、なにやら不思議な流れを感じたのだ。


(これ……魔力……?)


 話の通りなら、この世界の人間が感じることはない気配。

 だがエルフィナは当然感じることができる。

 しかしこれまで一度も、美佳以外ではこの世界で魔力を感じたことはなかった。

 意識を凝らさないとはっきりとは分からないほどに微弱な力。

 その魔力の流れは、本殿全体を取り巻くように緩やかなもので、本当にかすかな気配ではあるが、それは確かに他とは違うと分かるほどはっきりと、感じられたのである。


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