第288話 初めての体験
五月。
何やら妙に学校の休みが多い――周りによると今年は少ないらしいが――連休週間とやらが終わった頃に、校外学習という催しがあると通達された。
概要としては周辺地域のどこかの地域に赴いて、その地域の歴史、風土、文化などに関する
実施は五月末。
いくつかの班に分かれてそれぞれ行き先を決めてやるとのことで、エルフィナはクラスで仲の良い女子三人と組むことになった。
西恩寺玲奈と烏丸柚香は元々前の学校――中学校というらしい――からの知り合いだという。
渚由希子は入学時、エルフィナの隣の席だった少女で、その縁で話すようになって、前の席に座っていた玲奈と柚香が入ってきた。
最初は由希子も玲奈も柚香も物珍しさが先に立ってエルフィナに声をかけたようだが、エルフィナが日本の生活に不安がある――というかこの世界の生活にだが――のを察してくれたのか、いろいろと教えてくれたのである。
「どこに行きましょうか。ある程度は自由とのことですが」
玲奈がそう言いながら、タブレットで地図アプリを開いていた。
この辺りについてはエルフィナは最近やっと慣れてきたが、あまりにも便利で驚くばかりである。
そもそも、これほどに正確な地図はクリスティア大陸では非常に重要な戦略情報だとアルス王立学院でも習っていたが、まさかそれが当たり前のように誰にでも見れというだけでも驚きだ。
あらためて、この世界がどれだけ平和なのかが分かる。
「お約束だと、港地区とかだけどね。あとは首都方面行く人もいるみたい」
柚果もスマホを取り出して色々見ている。
「エルフィナさんはどこか行きたいところはありますか?」
突然由希子に話を振られたエルフィナは、やや戸惑ってしまった。
そもそも、行ける範囲に何があるかすらよくわかっていない。
「由希子さん、日本語が堪能とはいえ、日本に来たばかりのエルフィナさんに意見を求めるのは無茶じゃないかな?」
「あ……そういえばそうですね。あまりに日本語が上手だから忘れてしまいます……」
「す、すみません」
「いえいえ。でもそれだったら、やはり日本の古い歴史地区とかは良いんじゃない?」
柚果はそういうと、タブレットの地図を動かした。
「この辺りは、観光都市としても知られてるし、どうかな?」
柚果の言葉に、二人も頷いた。エルフィナとしてはどこに行くとかの希望自体ないので、とりあえず成り行きを見守ることにして――結果、すんなりとそこに決まったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっと……北口で集合とのことでしたが……」
校外学習の出発は学年全員で足並みをそろえて出発となる。
集合する駅は、エルフィナの住んでいる場所から徒歩の距離。
なのでこれは問題はなかったのだが、不安だったのは一人で駅に行くことだ。
エルフィナは未だに一人で電車に乗ったことはない。
よく美佳と一緒に前は通っていたり、通り抜けてはいたのだが、駅に行く用事もなかったので、あまり意識もしてなかったのだ。
「いいじゃない。何事も経験よ」
などと気軽に美佳は送り出してくれたが。
「あ、エルフィナさん、おはようございます」
「あ……玲奈さん、おはようございます」
ちなみに、下の名前で呼ぶようになったのは最近である。
エルフィナの感覚では、名前は最初の方で呼ぶのが当たり前だったのだが、この国の人間の名前は家名が先にあって、その後に名前らしいと知って、そちらで呼んでいいかと聞いたところ大喜びで承諾された。
エルフィナ自身、最初は『クレスエンテライテさん』などと呼ばれて、とても戸惑ったので、家名――エルフィナの場合はそもそも名前ではないが――で呼ばれるのはやはり戸惑うのだろうと思っていた。
が、あとでそちらの方が一般的だと知ったが、さすがに今から訂正できず、今に至るのである。
玲奈と一緒に集合場所に着くと、もう柚果と由希子は到着していた。
そこから二十分ほどで全員揃ったようで、教員から注意事項があったのち、各自出発となる。
エルフィナは玲奈たちについて改札口を抜けると、そのままホームと呼ばれる場所に上がった。
「さすがにこの時間は人が多いですね。私たちは下り方向だからあまり人がいませんが」
「……こ、これであまりない、のですか?」
「そりゃ、あちらに比べれば少ないでしょう?」
言われて、背後を振り向くとそちらにはびっしりと人が並んでいた。
確かにそれに比べれば――少ない。
「エルフィナさん、あまり電車には乗ったことはないのですか?」
「あまり、というか……初めて、です」
「え!?」
これには三人とも驚いていた。
「空港からどうやって……ああ、でもバスとかもありますか」
「それでも初めてというのはまた驚きですね」
「まあ私もあんまり電車使わないしなぁ。学校まで歩きだし」
最近話していて分かったが、玲奈と柚果の家はかなりお金持ちの家らしい。
そしてこの世界では、そういう人は車で移動することが多いという。
もっともエルフィナは車も乗ったことはないのだが。
「なので私も電車は久しぶり。玲奈さんもじゃない?」
「私はそこまでは。よく兄と出かける時は電車で行きますし」
「あ、お兄さんいるんですか」
学校でよく話すとはいえ、さすがにあまり個人的なことまで話すことはないので、ふと興味が出てきた。
「ええ。とても素敵な兄がいます。今は大学で法律を学んでいますね」
「いいよなぁ、玲奈ちゃんのお兄さん、かっこいいし優秀だし。確かうちの元生徒会長でしょ? うちの兄とは大違い」
「柚果さんにもお兄さんが?」
「いるけどね……なんか色々やらかして、一度大学中退して入り直したような人だもん。ま、最近はやっと真面目になったっぽいけどね……」
「そういえば、エルフィナさんはご兄弟は?」
「えっと……いないですね。三人家族です」
もっとも、両親はまだ五百歳くらいだったはずだから、あるいはエルフィナが旅に出ている間に子供が生まれていても不思議はない。
元々
さすがにそんな事情を話すわけにはいかないが。
そんなことを話している間に、電車が来た。
が、エルフィナはその電車が目の間を通過した衝撃に驚いて思わず身構えてしまう。
「エルフィナさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。ちょっと……びっくりしただけで」
玲奈が気遣ってくれたが、実際かなり驚いたのは事実だ。
馬より遥かに速い速度で、これほど巨大なものが動くというのはそれだけで驚異的だと思ってしまう。
もしぶつかりでもしたらただでは済まないだろう。
そして電車はゆっくりと停止すると――扉が自動で開いた。
降りて来た人がそこそこいて、その後エルフィナ達が乗り込む。
車中はかなり空いていた。ちょうど向かい合って四人座れる場所が開いていたので、そこに四人とも移動する。
と、ほどなく軽い衝撃があって電車が動き出し――。
「……速い……ですね」
「エルフィナさん面白いね。それこそ、飛行機の方がはるかに速いでしょうに」
「そうはいっても、速さを体感するかと言ったら違いません?」
「確かにそっかー」
玲奈と柚果がそんなことを話しているが、エルフィナはあまり耳に入っていなかった。
分かってはいたとはいえ、実際に乗ってみるとそのあまりの速度には驚くばかりだ。
そして同時に、この世界が、少なくともこの地域がどれだけ栄えているかについても痛感する。
(本当に――コウはこんな世界から来た人……なんですね)
彼にとってあの世界がどう見えていたのか。
今更ながらに考えさせられた。
それがどれだけ不便だろうと思っていたかつての自分が少し恥ずかしい。
そんな力に頼らなくてもこれだけのことが人間には出来るのだと思うと――。
世界を越えて、そしてあの
―――――――――――――――――
なんか『白雪姫の家族』みたいな話になってきた……(笑)
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