第280話 神王フィオネラ
ひとしきり泣いたエルフィナは、結局泣き疲れて倒れてしまった。
ようやく意識を取り戻したのは昼過ぎ。いつの間にかまたベッドに寝かされていた。
同時にお腹が鳴っていたため、美佳は「とりあえず食事にしましょうか」と言われて、エルフィナも思わず「はい」と頷いてしまう。
出されたのは不思議な手触りの丸い大きな杯の様なもので、それに紙の蓋がついていた。その紙の蓋を少し開くと、美佳はお湯――だと思う――を
自分の分もそれをして、いくらか時間が過ぎてから――。
「はい、いいわよ。開けて食べて。お箸の使い方は分かる?」
「あ、はい。大丈夫です」
箸の使い方はコウに教えてもらっている。
それに、大陸西部では比較的一般的な食器だった。
開くと、まず湯気が立ち上ってきて、鼻孔を刺激する。
そのあとに漂ってきた匂いは、とても食欲をそそる、美味しそうな匂いだ。
美佳を見てみると、箸を入れてゆっくりかき混ぜていたのでそれに倣うと、その匂いがさらに漂ってきた。スープに浸された麺類のようだ。それ自体は向こうにもあった食事だが、エルフィナは食べるのは初めてである。
美佳が箸で中に入っていた細い麺類をつまみ出して食べたので、それも真似をすると――
「あ、美味しい……」
「今日ホントは午前中に買い物に行くつもりだったからこれしかなくてね。でも後で行かないともうストックがないわね」
美佳が何か言っていたが、エルフィナは初めて食べる味に半ば以上感動していた。
先ほどお湯を入れただけなのに、これほど美味しいものなどもちろん初めてだ。
「口に合ったかしら?」
「……はい。すごく」
「少しは、落ち着いた?」
「はい……すみません。取り乱して」
あっという間に食べきったエルフィナは、それで一息ついた。
思えばひどく恥ずかしい様を晒してしまったことを思い出し、羞恥に身体を縮こませてしまう。
「まあ私も悪かったわ。いきなり
「はい」
「うーん。とりあえず、ちゃんと話をした方が良さそうね。まず、貴女にあったこと教えてもらえる?」
「えっと……どこから……」
「そうね。順を遡る感じで聞きますか。貴女はここで目覚める前はどこにいたの?」
「目覚める前……でしたら、よくわからない場所です。その、コウ……私と一緒に旅をしてた人がそこに吸い込まれて、私も彼を追って入ったのですが、正直に言えば、全身が引き裂かれるかと思いました」
すると美佳は少し考えるよな素振りになる。
「察するに、それは世界の狭間ね。そこに入って無事なのは驚くけど……」
そういうと、美佳はエルフィナを見て、目を細める。
「わずかだけど、守護の力を感じる。それもこれは……
エルフィナは思わず目を見張った。
そして同時に、《
かつては意味が理解出来ていなかった
「多分それは、あの場所に入る直前に、アメスさんが何かを付与してくれたものだと思います」
「アメスさん?」
「あ、すみません。アメスティアさん。
あの状況で、アメスティアとティナの二人だけで残されて無事で済むとは思えない。ただ、アメスティアはおそらく自分の命と引き換えにしてでも、ティナを助けるだろうと思えた。
「
「その、フィオネラという人は一体何者なのですか……? 初代の
「……なにそれ」
「え?」
そこを疑問に思われるとは考えていなかったエルフィナは、思わずきょとんとしてしまう。
一方で、美佳はしばらく考えるようにしていた後――納得したように頷いた。
「なるほどね。だからあの結界はそういう状態だったのね」
「えっと……?」
一人納得してる美佳に、エルフィナは何が何だかわからずに首を傾げた。
それを見て、美佳はしばらく考えた後――。
「そうね。フィオネラのことは貴女に話しておいてもいいでしょう」
そういうと、美佳は一度お茶を飲む。
「フィオネラは、クリスティア大陸に昔存在した国家、統一国家エルスベルの
その美佳の言葉で、初めて『エフィタス』が『神王』という概念でエルフィナに共有された。確かに、『
「エルスベルには二人の王がいてね。
「人の及ばない領域……」
おそらくそれは、
それを指摘すると、美佳も「そうだとは思うわ」とあっさりと同意する。
「まあ私は正直どうでもいい話だけど。ただ、フィオネラは面白い子でね。
そう言われても、あの竜眼を見た時は背筋が凍り付いたが、今目の前にいるのはエルフィナから見ても『可愛らしい』と表現していいと思える少女なので、こればかりは反応に困る。
「変わった子だな、と思ったわ。で、興味が出たから何度か会ううちに……何となく仲良くなったんだけど」
美佳によると、フィオネラはエルスベルでも突出した魔力を持っていたらしい。そして、精霊に愛された存在だったという。
精霊というのは、そもそもありとあらゆる世界における根源的存在で、そもそも精霊の存在が世界そのものでもあるらしい。美佳によれば、竜すら、精霊たちが形作った存在であるという。
「そう……なんです、か」
「そうよ。エルスベルでも
「え? 地球にも精霊が……いるのです?」
「当たり前でしょう。というか、貴女はそれが見えるのではないの?」
言われてから、精霊を感じようとしてみた。
すると、存在はやや希薄だが、確かに精霊がいる。
その
「もっとも、この世界はすでに精霊の働きに依存しない技術が確立しつつあるから、精霊を観測することなく発展しているけどね。ただ、エルスベルは違った。精霊を観測し、精霊の力の結晶でもある
「あれが、精霊の力の結晶!?」
とてもそうは見えなかった。
膨大な、底なしの魔力による『天蓋』。
それがあれを見た時のイメージだ。
「ええ。もちろん、精霊たちが作ったものであって、精霊そのものではないから、その意味では精霊の力の結晶といっても、精霊とは全く違うわ。っと、話を戻すわね。それで、私は時々、それこそ人の時間でもそう言えるほどの頻度でフィオネラに会いに行ってたのだけど……。あの世界の時間で言えば十年くらいかしら。ちょっと時間を空けてしまったことがあって。そうしたら、あの世界は滅んでいたの」
「え……」
つまり、美佳――ファルネアがいなかったわずか十年の間に、エルスベルは滅んでいたということになる。
「フィオネラのことは必死に探したのだけど、見つからなかった。それで、訳が分からなくなって……当時は悲しいって感情が自分自身でよく理解できなくて、しばらく嘆いて……気付いたら
美佳は軽く言っているが、この世界からすればとんでもない迷惑行為な気がする。
「そうして……何千年か経ってからもう一度あの世界に行ったら、人々の営みは復活していたのだけど、やっぱりフィオネラのいないあの世界に興味はわかなくて。その頃にこっちでも人の文明が生まれ始めていたから、こっちの方が興味が出て、あとはここでのんびりしていたわ。で、今に至るわけだけど」
そこで美佳は改めてエルフィナを見た。
「あの子と貴女の魔力は、驚くほど酷似している。確かにあの子も精霊を使えた。それもあなたと同じく、全属性。
再びエルフィナが泣きそうになってしまい、美佳が慌てる。
実際、エルフィナも何がなんだかわからなくて、泣きたい気持ちなのは今も同じだ。
自分はこんなに泣き虫だったのかと自分で呆れるほどだが、本当にどうしようもない。
コウがいないことが、あるいはとてつもなく不安なのかもしれない。
「す、すみません。わからない、です。私だって、こんな力……」
それを見て、美佳はふぅ、と大きくため息を吐いた。
「そうね……私も正直、あの世界のことについてそこまで詳しいわけではないわ。ただ、別に貴女がフィオネラの生まれ変わりかというと、そういう感じはしないわね。魔力は驚くほど似ているというか、同じとしか思えないけど、性格も雰囲気も全然違うし。どっちかっていうとあの子はおっちょこちょいでいじりがいがあったけど、貴女はいじめたらちょっとこっちが罪悪感を持ちそうだし」
これはこれで、どちらもとんでもない評価をされてる気がしてきた。
「っと、話が転んじゃったわね。とりあえず貴女自身のことは置いておきましょう。話の続き。そもそもで、なぜ貴女とそのコウという人が世界の狭間の落ちたのか、聞かせてもらえるかしら?」
「……はい」
エルフィナは頷いてから一度深呼吸をすると、あの結界の間でのことを話し始めた。
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