第266話 襲撃者の正体
「こ、こわ、こわいこわいーっ」
半ば泣きそうな悲鳴を上げているのは、神殿勢力のトップである
とはいえ。
「怖いものは怖いのーっ降ろしてーっ」
年齢が上のはずだが、ともすると駄々っ子のような状態だ。泣きそうな声、というよりは泣いているのかもしれない。
とはいえ、まさか飛行法術を解除するわけにもいかず、コウとエルフィナは出来るだけ高速で降りて行った。
「この間より、だいぶ深い位置……ですよね」
「そうですね。
ようやく足が地面に着いたからか、落ち着きを取り戻したアメスティアが答える。
その雰囲気の落差はちょっとひどいが。
飛行法術の移動速度はおよそ時速
先日見た
降りたところで追いつかなかったということは、だいぶ先行されてしまっているのだろう。
「連中が降りてどのくらい経ったかわかるでしょうか」
「そうですね……いつもだと昇降機で
思った以上に昇降機の速度が速かった。
「ここからは?」
「ほぼ道なりです。何度か階段を降りて、その先にも
「状況を考えると、解除されている可能性が高い……ですか」
そもそもこの昇降機も
だが、動かされている。ということは、間違いなく襲撃者の誰かは、
「何人くらいが降りたのか、わかるでしょうか」
「私が聖堂に来た時点ですでに昇降機が降りていたので、正確なところは分かりません。ただ、そもそもそこまで大きなものではないので、いても十人程度だとは」
昇降機の穴の大きさは直径
ミレアもあの場にいなかったということは、どうやってか一緒に行った可能性はある。飛行法術、あるいは落下速度制御の法術などがあれば穴を直接下りることも難しくないだろう。
「ここからは待ち伏せも警戒すべきか」
縦穴を降りてる最中も警戒はしていたが、さすがにその可能性は低いとは思っていた。
だが、この先はそうはいかないだろう。
相手の正体は判明していないが、少なくともここの構造を知っている可能性が高い。
となれば、追撃に備えて迎撃の準備をしているのが自然だろう。
「コウ。
「そうだな、頼む。こちらも探知法術を使う」
エルフィナは精霊の知覚を一部を共有することで、実に半径
そしてコウの探知法術は、半径
これに加えて、コウの法印探知能力がある。
これで不意打ちを行うのはほとんど不可能だろう。
それから、アメスティアの案内でコウたちはコウ、アメスティア、エルフィナの順番で進んでいく。
「襲撃者が誰だかは……やはり、
「そう……だと思います。
アメスティアによると、百五十五年前の事件の際、当時の
当時のエルスベル
もっとも、百五十年以上前の記録だから、
ただ、本来
アメスティア達ではファリウス以外の設備で
「しかし、どうやって潜入したんでしょう?」
エルフィナが首を傾げる。
確かに、ファリウスの入り口を強引に突破しようとすれば、それより早く警備が動くはずで、ここまでの事態にならなかった気はする。
「実のところ、ファリウスの入り口はあの一つというわけではないんです。他にもいくつかはあります」
考えてみれば元が元だから、当然出入り口が一つということはないだろう。
数日前にミレアがすでにファリウスに潜入していたとすれば、他にも時間をかけて入り込んでいた可能性もある。
「ただ、それらの入り口は
あちらにも
また、
あるいは、神官の中にも紛れ込んでいた可能性は否定できない。
特にここ最近で赴任した神官は、入れ替わられていた可能性もあるだろう。
本来『証の紋章』で身分保証は出来るが、
そうして進んでいくと、広い部屋に出た。
直径
そしてその中心に数人の人影があった。
「よぉ、久しぶり。四か月とかそのくらいかね」
そう、気安く声をかけてきたのは、見た目は十五歳くらいの少年。
だが、コウもエルフィナもその少年には見覚えがあった。
「確かアルバ……だったか」
帝都郊外で戦った相手の一人だ。
あの時に致命傷に近い傷を与えたはずだが、見たところ怪我の痕はまるでない。
「おお。覚えてくれてたのか。なんか嬉しいな。俺のこと知ってるやつって、
アルバの周りに闇色の剣が次々と浮かび上がる。
「名乗っても、すぐに殺しちまうからさ」
直後、剣の切っ先がすべてコウたちを捉えたかと思うと、放たれた矢のように飛来した。
だが、それらはすべてコウの張った防御壁によって弾かれる
「あいっかわらずデタラメだなぁ、ホント。普通の人間なら今ので串刺しなのにな」
アルバはそういうと、後ろにいる二人を振り返る。
どちらもコウとエルフィナには見覚えがあった。
一人は帝都でアルバと一緒に戦った相手。
もう一人は、ヤーラン王国で少しだけ現れた男だ。
「というわけでレガンダ、レッテン。協力してやるしかない。勝とうと考えても無駄なのは分かってるだろ。足止めで十分だ。
その言葉に、コウたち三人は目を見開く。
「教主がここに来ているのか」
「お? ああそうだぜ。
「え――」
アメスティアが愕然としていた。
「ゲッペルリンク……? それは、その名は……」
百五十年以上前に、
順当に考えれば同じ名前を引き継いでいるのか。どちらにせよその目的を許容することは出来ない。
「コウ。先に行ってください。ここは私が」
「エルフィナ?」
「結界がどういうものかはわかっていませんが、少なくともわずかに損壊するだけで、百五十年前に国がいくつも滅ぶほどの影響があったのです。ならば、先を急ぐべきです」
そういうと、エルフィナは一歩前に進み出る。
それを見て、レッテンが呆れたように笑った。
「おいおい。俺達三人相手に、
「貴方は……そういえば見せていませんね。なら、訂正しておきましょう。複数ではありません。全部です」
直後、エルフィナの周囲に巨大な
「予想通りですね。カラナン遺跡ほどではないですが、
エルフィナはそう言いながら、自身は矢を手に持つ。
「道は私が開きます。本当は一緒に行きたいですけど、道案内はアメスティアさんにしかできませんし、コウが結界を何とか出来るなら、やはり貴方が行くべきです」
「……分かった。絶対に追いついてきてくれ」
「当たり前です。少しお使いに行ってくる程度のことですよ」
その一方で、アルバ、レガンダ、レッテンの三人は冷や汗を流していた。
アルバとレガンダは帝都で戦った際に、エルフィナが七属性すべての精霊を使うのを見ている。だから正直、エルフィナ一人相手でも厳しいというのもわかっていた。
人工
七属性全てが使える場合の汎用性は、六属性のそれとは、比較にならない。
まして相手は
場合によっては、精霊の自律行動で力を揮うことすらある。
つまりこの場合、一対三という構図は成立しない。正しくは七対三、あるいはそれ以上になるのだ。
あの時はまだ
「アルバ、レガンダ。どうやってこんな化け物と戦ったんだ……」
レッテンが冷や汗を流している。
ヤーランで遭遇した時は一瞬すれ違った程度で、その後すぐに立ち去った。
あの時、クバルカに力を与えはしたが、あの場には
だが、あんなもので勝てる相手ではなかったと、はっきり言える。
「コウ、アメスティアさん。――行ってください!!」
直後、精霊から同時に力が放たれる。異なる属性ながらその力が融合し、まるで巨大な光の塊と化した。
アルバたちは慌ててそれを避け――その『砲撃』の後ろからコウとアメスティアが風のような速度で通過していくのを、見ていることしかできなかった。
二人はあっという間に逆側の壁に到達すると、アメスティアが手をかざして扉が開く。直後、すぐに扉に飛び込んだ。
そしてコウは一瞬だけ立ち止まりエルフィナの方を見るが――エルフィナが小さく頷くのを見て、踵を返すと通路に消えた。
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