第265話 襲撃者を追って

「ランベルト! 意識を保て! 回復する!」


 完全に消え去りそうなランベルトの意識は、その言葉でわずかに浮上した。

 直後、麻痺し、消えかけていた体の感覚が戻っていって、急激に痛みがよみがえるが、それも急速に引いていく。


「あ……コウ、か?」


 見えたのはコウの顔。

 それで思わず少しだけ安心する。


「よかった。意識がない状態での治癒は少し時間がかかるからな。何とかなった」

「……驚いた。完全に塞がっている」


 ランベルトは驚いたように、わき腹に手を当てた。そこは無論服は切り裂かれたままだが、傷があったようには見えないほどになっていた。


「何があった? 神殿に着いて、ティナを探していたらランベルトが倒れていたんだが」


 コウとエルフィナは神殿に到着してすぐ、実は直接空中からティナのいる部屋に行こうとした。

 しかしすでにそこは誰もいなかったので、おそらくランベルトが助け出したのだと思い、コウはその場から、エルフィナが地上からそれぞれ神殿に入ったところ、コウが二層目でランベルトが倒れているのを見つけたのである。


 意識が消えかけていたが、かろうじてあったのが幸いした。


「わからない。ただ……ミレアが、ティナを連れて行った」

「は?」


 コウは唖然とした表情になる。

 昨日ミレアを見たかもしれないというティナの話はもちろん覚えているが、ミレアがファリウスにいるはずがない、ということで終わった話だと思っていた。


「俺も何が起きてるのかわからない。ただ、それが事実だ。俺もミレアにやられたんだ」

「ティナの死体はなかった……ということは連れ去ったのか?」

「ああ。傷つけたかどうかは分からないが、最後、ミレアがティナを抱えて去っていったのは見えた。どこへ行ったかはわからないが……」


 それからランベルトは立ち上がろうとして、がく、と膝が崩れてしまう。


「無理するな。傷は治したが失われた血までは回復していない。かなりひどい貧血状態だ」


 コウはそういうと、ランベルトに肩を貸す。

 いずれにせよ、いつまでもここにいるわけにもいかない。


 二人は大師堂まで降りて行った。

 しかし大聖堂もひどい有様だった。

 さすがに、外周の建物と違って建材の異なる――石かと思っていたがおそらくは違う――大聖堂は、外壁が燃えていても影響はない。

 だがそこに、幾人もの神官の死体が無残に転がっていた。


「まさか、教皇猊下リエル・グラフィルは……」


 あわてて駆け寄ろうとするランベルトは、その視界に求めていた人を見つけて駆け寄った。


「大丈夫です。何とか間に合いましたから」


 アメスティアのそばにいたのは、エルフィナだ。

 エルフィナは地上から上がろうとして、いきなり大聖堂の惨状を目の当たりにしたので、そちらの対処に回ったのである。

 といっても、大半は致命傷を受けて即死していて、助けられたのはごく少数。ただ、その助けが間に合った一人に、アメスティアが入っていた。


「ランベルト君も、何とか無事でしたか」

「はい……といっても、コウが来なければ助かりませんでしたが」

「私もエルフィナさんがいなければ今頃死んでいたでしょう」


 そういうアメスティアの服は、腹部に大きな血のシミがある。

 しかしそれでも、アメスティアは何とか立ち上がった。

 ランベルトに比べるとはるかにしっかりとしており、あまり出血は多くなかったのかもしれない。


「私が間に合ってよかったです。でも、いったい何でこんなことに」

「わかりません。ただ……神官服を着た何人かが突然襲撃してきたことだけは確かです」

「そのうちの一人は、我々と共にラウズまで来てたミレアです。それは間違いありません」

「え。……じゃあ、神官が……?」


 アメスティアはかなり驚いている。

 神殿内に裏切り者が出たなど信じられないのだろう。


「少なくともミレアに関しては否定できません。他は……わかりませんが」


 ランベルトはそう答えるが、話すのも辛そうだ。

 実際、失血死寸前くらいまで血が流れたと思われるので、相当に辛いのだろう。


「一体彼らはどこに……」

「神殿の地下です」


 アメスティアが断言した。


「私が聖堂に来た時、私しか使えないはずの地下へ降りる道が開かれていたんです。それで、慌てて追いかけようとしたら、突然たくさんの人に囲まれたのですが……」


 それらをすべて撃退しきれると思ったら、背後から不意に槍で貫かれてしまったらしい。アメスティア自身、実は武器の扱いにも非常に長けており、その自分を不意打ちとはいえ一撃で倒すのは、並みの使い手ではないと思う、とのこと。


「ミレアの可能性はありますね……彼女の槍の技量は、帝国の巡検士アライアにも匹敵するとすら評されてましたから」

「そうなのですか。しかしなぜその方が……いえ、今はそれどころではないですね」

「ともかく、彼らは神殿地下に向かったということでしょうか?」


 コウの言葉に、アメスティアははっきりと頷いた。

 今大事なのは、何が起きているかより、今起きてる事態をどう治めるかだ。

 少なくとも、これだけのことをしでかした相手がやろうとしていることが、穏当なことである可能性は極めて低い。


「私も地下に向かいます。ランベルト君は……休んでなさい」

「いえ、私も」

「足手まといです」


 アメスティアがバッサリと言い切り、ランベルトはそれ以上の言葉を続けられなかった。

 実際には、コウはやろうと思えば失った血を再生させることも不可能はないかもしれない。

 ただ、傷口をふさぐのと違い、喪失した血を強制的に復活させる法術クリフの難易度は段違いで、成功する保証もない。成分が異なる血液を補充すれば、下手をすれば命にかかわる。


「ランベルト。俺たちがついていく。ティナのことも任せてくれ」

「ランベルト君はこちらで休みながら、他の人たちに指示をお願いします。多分もう襲撃者はいない気はしますが、魔獣が街中に出たそうですから。そちらは神官たちが対処するとしても、指揮系統が混乱すれば被害が拡大しかねません」

「……わかり、ました」


 ランベルトは悔しそうにほぞを噛むが、自分の状態は分かっているのだろう。まともに歩くのすら辛い今の状態では、ついていっても何もできはしない。


「コウ様、エルフィナ様。すみませんが、お二人はついてきてください。残念ながら、私一人では多分対応しきれないので」

「待ってくれ、アメス姉さん。せめて他にも……」

「追撃部隊を編成してる時間もありませんし、多分ですが私がやられるほどの相手です。尋常な相手ではないのは分かるでしょう? なら、少数の方が動きやすいですからね」


 アメスティアの言葉に、ランベルトは再び黙る。

 それを見て、アメスティアは少しだけ緊張をほぐす様に微笑んだ。


「大丈夫です。私に、冒険者ギルドでも最高位のお二人が来てくれるんですから。ね、コウ様、エルフィナ様」

「ああ。必ずティナも連れて戻ってくる。だから、ランベルトはここを死守してくれ。まだ魔獣とかもいるらしいから」

「……分かった」


 ランベルトが拳を突き出すと、コウはそれに自分のそれを合わせた。さらにエルフィナも横から同じようにする。


「部外者のはずの二人に頼ってしまうのは悔しいが……必ず戻ってきてくれ、二人とも」

「はい。必ず」

「もちろんだ」

「あと、もしミレアと戦うことがあったら、彼女の技に注意してくれ。彼女は、コウと同じく魔技マナレットの使い手でもある。特に彼女が得意とするのが、虚像を操る魔技マナレットだ」

「虚像?」


 ランベルトが頷く。

 自分自身知っていたはずなのに、それでもやられてしまった。

 実際、あのような極限の戦闘状態であれを見抜くのは不可能に近いが、知らなければ話にならないだろう。


「槍の場所が見える場所と違う……というか。そんな力だ」

「分かった。気を配っておく」


 コウは頷いてから、聖堂の地下への入り口を見下ろす。

 すでに聖堂の床は下に降りてしまっているが、別に階段があるのでそれを、とアメスティアが言うが――。


「さすがにそれでは時間かかるので――すみませんが、法術クリフを用います」


 コウはそういうと、手早く法術を発動させる。

 直後、アメスティアがふわりと浮き上がり――。


「え、え。ちょ、これ」

「制御はこちらで。じゃあランベルト、行ってくる」


 そういうと、三人は竪穴に消えた。


「……頼むぞ、コウ、エルフィナ……」


 そう呟いてから、ふとあることを思い出して、少しだけ笑みが漏れる。


「そういえばアメス姉さんって、高いところ苦手じゃなかったっけ……」


 一緒に聖都にいた時も、絶対に大聖堂の上層への立ち入りをしようとはしなかった。

 意地でも聖堂上層へ行く必要がある仕事を引き受けないから聞いたら、そう言われて驚いたものだ。


 そして教皇グラフィルの私室は大聖堂の最上層に近い位置にある。

 ファリウスに来てから神官たちに聞いた話なのだが、そこに自室が割り当てられると知ったとき、アメスティアは相当に抵抗したらしい。

 教皇グラフィルの部屋は窓が床まである特別なもので、アメスティアにとっては恐怖以外の何物でもなかったようだ。

 結局、窓の下半分を曇りガラスに差し替えるということまでしたらしい。


「あとで面白い話も聞かせてくれよ、コウ」


 そういうと、ランベルトは一度三人が消えた穴をみて、それから力の入らない体を叱咤し何とか歩き出しつつ、ちょうど聖堂に入ってきた神官たちを呼び寄せるのだった。

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