第263話 小さな違和感
「色々信じられないのが本音ではあるのですが……」
アメスティアは茫然としながら呟いた。
その気持ちは、コウもエルフィナも分かる。というか、未だに意味が分からないのが本音だ。
あれから数日、アメスティアは毎日コウとエルフィナを呼び出して、ラスメルからの情報取得にいそしんでいる。無論、ティナも一緒だ。
「確かに私達
「一応ですが、フィオネラという人が生きている可能性はないですよね?」
「あり得ません。フィオネラ様がいつ亡くなられたのかは、確かに記録はありませんが、ただ、フィオネラ様が
エルフィナもそれは分かっていることではある。
千五百年程度ならともかく、
それに。
「そもそもこれまでの記録から、
その通りだ。
だが現実として、エルスベルの機構はことごとくエルフィナとフィオネラを誤認している。それもまた事実だ。
「そこはもう分かりません。そもそもどのようにその……
それなら、アメスティアやティナが誤認されてもいいはずだが、当然そんなことはない。
「ちなみに、コウ様の推測の通り、
これを行うのは
しかも、
ちなみに、現在有効とされている『
「ともあれ、コウ様、エルフィナ様には本当に感謝いたします。これまで謎だったものが色々判明したところもありますし」
もっとも分かったことはそう多くはない。
かつてのファリウスに存在した機能についての情報――機密空間や無重力実験室等――はあったが、すでに使えなくなっているらしく意味がない。
とはいえ、成果は小さくはない。特に大きかったのは、ファリウスの農業区画の制御方法が分かりそうな事らしい。
あれはずっとどういう理屈で稼働しているのかすら分からないまま使い続けられていたわけだが、その制御方法が分かれば、今後より効率的な運用も可能だという。
また、封じられていたいくつかの通路なども、今後は解放して使っていけるという。
ただ、コウが期待した、
むしろ、ドルヴェグの地下のあれや、帝都の湖底遺跡が例外だったのと思えた。
どういう意図かは分からないが、少なくとも空白の千年の間に、神殿はエルスベル時代の記録を徹底的に抹消したに違いない。
また、
さすがに人前でやると面倒なことになるが。
「それにしても……このファリウスが一つの大きな乗り物というのは信じられませんね。いえ、ラスメルが提示した資料を疑うわけではありませんが、そんなものすごい大きさの『乗り物』と言われても全くピンとこないというか」
地球でもそうだが、基本的に大きな乗り物と言えば、洋上に浮かぶ船になる。あの大きさは海の上だからであって、陸上での乗り物など、そもそもこの世界では馬車くらいしかない。
なのでそもそも想像すらできないのだろう。
もっともコウとて、地球でのSFなどの知識がなければ荒唐無稽と切って捨てるところだ。
「もしかしたら……エルフィナ様なら、
その可能性は否定できない。
ただ、エルフィナ自身は複雑な気持ちだ。
自分の力が何なのか、というのがまた分からなくなってしまう。
そのためか、最近少し不安に思うことが多く、ことあるごとにエルフィナはコウにくっついているようになっている。
「まあ、それを無理に確認する必要はなくなりましたが。明日、道が開きます」
アメスティアによると、予兆があったらしい。
もっともこのファリウスがどういうものであるか分かった今となっては、あるいはそれは定期点検のタイミングなのかもしれないと思う。
その時だけは、
「明日ですか」
「はい。明日の朝……いつも通りなら八時には開きます。その後一日の間は開いてますから……そのくらいに迎えをよこしますね」
だいぶ朝早いが、時間をあまり無駄にはしたくない。
なお、今回はティナではなくランベルトが来るという。
ティナも今回は準備があるためだ。これも
「分かった。では、今日はこれで?」
「そうですね。明日は……時間かかるかも知れませんし、今日は少し早いですが」
そう言われて、コウとエルフィナはアメスティアの部屋を辞して、大聖堂を出る。その出口まではティナがいつも見送りに来てくれており、今日もついてきていた。
部屋を出た後に、ティナの付き人になっているランベルトもついてくる。
「それじゃあティナちゃん。また明日ね。もしかしたら、すぐ終わるかも知れないし、あるいはすごくいい方に進むかもしれないわね」
エルフィナのそれはあまりに楽観的な見方だが、希望を持たないよりはいいだろう。コウも小さくそれに頷いた。ティナも嬉しそうに頷く。
「うん。きっとそうしたら、またみんなで旅……」
そこまで話したところで、ティナの言葉が止まる。
虚空を見て、何かを思い出すようにしているが――。
「ティナちゃん?」
「あ……えっと……あ、そうか! やっと思い出した!」
ティナがなぜかすごく納得した様に頷いている。
「どうしたんだ?」
「あのね、ずっと気になってることがあるって言ったでしょ?」
「ああ……そういえば、そんなことを言っていたな」
もう四日ほど前なので忘れかけていたが、そういえば何か気になることがあるとティナが言っていた。
「思い出したの。農業区画を見学した時、ミレアお姉ちゃんを見た気がしたんだ」
「ミレアさん?」
エルフィナは思わず聞き返した。
ミレア・カルザイン。帝都からこのファリウスの手前、ランカーと王国の王都ラウズまで同行してきた女性神官だ。
予定では、ランベルトが帝都へ帰還する際にラウズに立ち寄り、それから帝都まで一緒に戻る予定になっているので、今はラウズの神殿にいるはずである。
「いや……それはないと思うぞ。私はファリウスに到着の翌日、ラウズの神殿に無事ついた旨を連絡したが、その時にミレアとも話している。農場を見学したのは、ファリウスに着いてから三日目だったか。そんな短時間で移動できるはずがない」
「そうだよね……うーん、やっぱ見間違いかなすごく良く似た人がいたのかも」
ティナによると、見覚えのある誰かを見た気がして振り返って、しかし振り返った時にはもういなかったらしい。なのでそもそも『誰を見たのか』すら判然としなかったようだ。
「分からんが……気になるならラウズの神殿に連絡を取ってみるか?」
「ううん、いいよ。私の見間違いだろうし。それに明日は、大変だしね。ランベルトお兄ちゃんも一緒でしょ?」
「そう言われてる。私からすれば恐れ多いがな……」
「私の護衛、頑張ってね♪」
ティナの言葉に、ランベルトは苦笑しつつ頷いた。
それを最後に、コウとエルフィナは宿に戻る。
「……どう思います?」
「ミレアさんの件か? さすがにないと思うが……」
ファリウス到着直後にランベルトが連絡していた時には間違いなくラウズにいたという。その後農業区画見学の際に見たのなら、わずか三日であの道を踏破したことになる。
確かに、飛行法術や飛行騎獣を使えば不可能ではないかもしれない。それでも、この寒い環境を行くので相当な労力を強いられる。
第一、ファリウスに入ることはできないはずだ。
そして何より、そのようにミレアがファリウスに入り込む理由が思いつかない。しかもランベルトにも相談せずに、だ。
わずかな違和感はあるが、それを説明するだけの情報がない以上、これ以上考えても無駄だろう。
「ですよね……やっぱり見間違いでしょうね」
「神官服を纏ってる者が多いからな。それで見間違えることはあるだろうし。まあこの件は置いておこう。俺たちも明日が重要だしな」
「……ですね」
本来コウだけが対象だったはずだが、エルフィナがフィオネラに誤認されるという事実が、あるいはエルフィナも何かできる可能性がある可能性があるというのが、現在のアメスティアの推測である。
そしてそれを否定できる要素は何もない。
だとすれば――あるいはコウとエルフィナ、二人の力が
ともあれ明日。
すべてはそれからだと――。
この時二人はそう、思っていた。
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