第263話 小さな違和感

「色々信じられないのが本音ではあるのですが……」


 アメスティアは茫然としながら呟いた。

 その気持ちは、コウもエルフィナも分かる。というか、未だに意味が分からないのが本音だ。


あれから数日、アメスティアは毎日コウとエルフィナを呼び出して、ラスメルからの情報取得にいそしんでいる。無論、ティナも一緒だ。


「確かに私達教皇グラフィルでは解除すらできなかった場所を、エルフィナ様なら解除できるんですね……しかも……フィオネラ様と扱われることで」

「一応ですが、フィオネラという人が生きている可能性はないですよね?」

「あり得ません。フィオネラ様がいつ亡くなられたのかは、確かに記録はありませんが、ただ、フィオネラ様が人間エリルであったことは間違いありません。それに、仮に森妖精エルフであっても、一万年の時を越えることは不可能なはずです」


 エルフィナもそれは分かっていることではある。

 千五百年程度ならともかく、森妖精エルフであっても一万年の時を越えるのは不可能だ。

 それに。


「そもそもこれまでの記録から、森妖精エルフなどの妖精族フェリアが誕生したのは、エルスベルが滅んで以後なのはほぼ間違いありません。それ以前に存在したフィオネラ様が人間エリル以外である可能性はないはずです」


 その通りだ。

 だが現実として、エルスベルの機構はことごとくエルフィナとフィオネラを誤認している。それもまた事実だ。


「そこはもう分かりません。そもそもどのようにその……認証カルサライズでしたっけ。それをしているのかもわかりませんし」


 神子エフィタスであればいいという事ではないのは確実だ。

 それなら、アメスティアやティナが誤認されてもいいはずだが、当然そんなことはない。


「ちなみに、コウ様の推測の通り、教皇グラフィルの継承時に『ファリウスとの契約』と呼ばれる儀式が存在します。おそらくそれが、その『第四位権限カラトルスタルク』の継承の儀式になっているんだと思います。


 これを行うのは教皇グラフィルのみなので、それで教皇グラフィルにしかできないとされていたのだろう。

 しかも、教皇グラフィルを退位する際にも儀式があるようで、おそらくそれが権限の無効化を行っているのだろう。

 ちなみに、現在有効とされている『第四位権限カラトルスタルク』はアメスティアと無効化処理を行わずにいなくなった、ゲッペルリンクだけ。とはいえ、ゲッペルリンクがその権限を使ったのは百五十五年前、つまり事件が起きた時が最後だという。


「ともあれ、コウ様、エルフィナ様には本当に感謝いたします。これまで謎だったものが色々判明したところもありますし」


 もっとも分かったことはそう多くはない。

 かつてのファリウスに存在した機能についての情報――機密空間や無重力実験室等――はあったが、すでに使えなくなっているらしく意味がない。

 

 とはいえ、成果は小さくはない。特に大きかったのは、ファリウスの農業区画の制御方法が分かりそうな事らしい。

 あれはずっとどういう理屈で稼働しているのかすら分からないまま使い続けられていたわけだが、その制御方法が分かれば、今後より効率的な運用も可能だという。

 また、封じられていたいくつかの通路なども、今後は解放して使っていけるという。


 ただ、コウが期待した、原初文字テリオンルーンに関することや、エルスベル時代の記録については、完全に存在しなかった。おそらく意図的に削除されたのだろう。

 むしろ、ドルヴェグの地下のあれや、帝都の湖底遺跡が例外だったのと思えた。

 どういう意図かは分からないが、少なくとも空白の千年の間に、神殿はエルスベル時代の記録を徹底的に抹消したに違いない。


 また、ファリウス航宙船ネヴィラス・ファリウスの制御機構であるラスメルとの接触は、あの地下深部だけではなく、教皇グラフィルの権限こそ必要とする――第四位権限カラトルスタルク以外に付与することは拒否された――が、ファリウス内であるならばどこでも応答が可能らしい。

 さすがに人前でやると面倒なことになるが。


「それにしても……このファリウスが一つの大きな乗り物というのは信じられませんね。いえ、ラスメルが提示した資料を疑うわけではありませんが、そんなものすごい大きさの『乗り物』と言われても全くピンとこないというか」


 地球でもそうだが、基本的に大きな乗り物と言えば、洋上に浮かぶ船になる。あの大きさは海の上だからであって、陸上での乗り物など、そもそもこの世界では馬車くらいしかない。

 なのでそもそも想像すらできないのだろう。

 もっともコウとて、地球でのSFなどの知識がなければ荒唐無稽と切って捨てるところだ。


「もしかしたら……エルフィナ様なら、次元結界アクィスレンブラーテへの通路は、時期関係なしに開くことができたのかもしれませんね」


 その可能性は否定できない。

 ただ、エルフィナ自身は複雑な気持ちだ。

 自分の力が何なのか、というのがまた分からなくなってしまう。

 そのためか、最近少し不安に思うことが多く、ことあるごとにエルフィナはコウにくっついているようになっている。


「まあ、それを無理に確認する必要はなくなりましたが。明日、道が開きます」


 アメスティアによると、予兆があったらしい。

 もっともこのファリウスがどういうものであるか分かった今となっては、あるいはそれは定期点検のタイミングなのかもしれないと思う。

 その時だけは、第四位権限カラトルスタルクにも次元結界アクィスレンブラーテへの接触が許可されるのだろう。


「明日ですか」

「はい。明日の朝……いつも通りなら八時には開きます。その後一日の間は開いてますから……そのくらいに迎えをよこしますね」


 だいぶ朝早いが、時間をあまり無駄にはしたくない。

 なお、今回はティナではなくランベルトが来るという。

 ティナも今回は準備があるためだ。これも教皇グラフィルになるために必要な事なのだろう。


「分かった。では、今日はこれで?」

「そうですね。明日は……時間かかるかも知れませんし、今日は少し早いですが」


 そう言われて、コウとエルフィナはアメスティアの部屋を辞して、大聖堂を出る。その出口まではティナがいつも見送りに来てくれており、今日もついてきていた。

 部屋を出た後に、ティナの付き人になっているランベルトもついてくる。


「それじゃあティナちゃん。また明日ね。もしかしたら、すぐ終わるかも知れないし、あるいはすごくいい方に進むかもしれないわね」


 エルフィナのそれはあまりに楽観的な見方だが、希望を持たないよりはいいだろう。コウも小さくそれに頷いた。ティナも嬉しそうに頷く。


「うん。きっとそうしたら、またみんなで旅……」


 そこまで話したところで、ティナの言葉が止まる。

 虚空を見て、何かを思い出すようにしているが――。


「ティナちゃん?」

「あ……えっと……あ、そうか! やっと思い出した!」


 ティナがなぜかすごく納得した様に頷いている。


「どうしたんだ?」

「あのね、ずっと気になってることがあるって言ったでしょ?」

「ああ……そういえば、そんなことを言っていたな」


 もう四日ほど前なので忘れかけていたが、そういえば何か気になることがあるとティナが言っていた。


「思い出したの。農業区画を見学した時、ミレアお姉ちゃんを見た気がしたんだ」

「ミレアさん?」


 エルフィナは思わず聞き返した。

 ミレア・カルザイン。帝都からこのファリウスの手前、ランカーと王国の王都ラウズまで同行してきた女性神官だ。

 神殿イスタの規約上、聖都に入る権限を持っていなかったので、彼女とはラウズで別れて、コウとエルフィナ、ティナ、ランベルトだけでファリウスを目指した。

 予定では、ランベルトが帝都へ帰還する際にラウズに立ち寄り、それから帝都まで一緒に戻る予定になっているので、今はラウズの神殿にいるはずである。


「いや……それはないと思うぞ。私はファリウスに到着の翌日、ラウズの神殿に無事ついた旨を連絡したが、その時にミレアとも話している。農場を見学したのは、ファリウスに着いてから三日目だったか。そんな短時間で移動できるはずがない」

「そうだよね……うーん、やっぱ見間違いかなすごく良く似た人がいたのかも」


 ティナによると、見覚えのある誰かを見た気がして振り返って、しかし振り返った時にはもういなかったらしい。なのでそもそも『誰を見たのか』すら判然としなかったようだ。


「分からんが……気になるならラウズの神殿に連絡を取ってみるか?」

「ううん、いいよ。私の見間違いだろうし。それに明日は、大変だしね。ランベルトお兄ちゃんも一緒でしょ?」

「そう言われてる。私からすれば恐れ多いがな……」

「私の護衛、頑張ってね♪」


 ティナの言葉に、ランベルトは苦笑しつつ頷いた。

 それを最後に、コウとエルフィナは宿に戻る。


「……どう思います?」

「ミレアさんの件か? さすがにないと思うが……」


 ファリウス到着直後にランベルトが連絡していた時には間違いなくラウズにいたという。その後農業区画見学の際に見たのなら、わずか三日であの道を踏破したことになる。

 確かに、飛行法術や飛行騎獣を使えば不可能ではないかもしれない。それでも、この寒い環境を行くので相当な労力を強いられる。

 第一、ファリウスに入ることはできないはずだ。

 そして何より、そのようにミレアがファリウスに入り込む理由が思いつかない。しかもランベルトにも相談せずに、だ。

 わずかな違和感はあるが、それを説明するだけの情報がない以上、これ以上考えても無駄だろう。


「ですよね……やっぱり見間違いでしょうね」

「神官服を纏ってる者が多いからな。それで見間違えることはあるだろうし。まあこの件は置いておこう。俺たちも明日が重要だしな」

「……ですね」


 本来コウだけが対象だったはずだが、エルフィナがフィオネラに誤認されるという事実が、あるいはエルフィナも何かできる可能性がある可能性があるというのが、現在のアメスティアの推測である。

 そしてそれを否定できる要素は何もない。

 だとすれば――あるいはコウとエルフィナ、二人の力が次元結界アクィスレンブラーテの回復には必要なのかもしれないのだ。


 ともあれ明日。

 すべてはそれからだと――。


 この時二人はそう、思っていた。

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