第254話 失われた記録
「
アメスティアは一瞬で表情を隠し、そして元の穏やかな笑みを浮かべる。
ただ、それでもその変化は見過ごせるものではなかった。
それを見てか、エルフィナが話に割り込んでくる。
「私とコウは実際にその場に居合わせました。あのバーランド王国の争乱の中で。その時は
「そうだったんですか。では、こちらまで来られたのは……」
「正直、ティナちゃんを護衛するという任務がなければ、東に帰っていたか、まだ帝国にいたかのどちらかだとは思います」
いずれこのファリウスに来る必要があるかというのはあっても、急ぐ理由はなかった。少なくともこんなに早くここを訪れた可能性は低い。
「では本当に巡りあわせですね。それには感謝を」
アメスティアはそういうと、祈るように手を合わせる。この仕草はどうやらこの世界でも同じらしい。
その仕草が終わったのを見て、コウが口を開く。
「
するとアメスティアは、大きく、そして力を抜くように深いため息を吐いた。
「さすがに冒険者の……それも
「やはり、神殿と
エルフィナの質問に対して、アメスティアはすぐには答えず、少し迷うように目を閉じ、しばらく考えていた。やがてゆっくりと目を開き、それからコウ、ティナ、エルフィナ、ランベルトと順番に視線を移す。
「これから話すことは、神殿でも秘中の秘となります。本来なら部外者である冒険者はもちろん、ティナちゃんはともかくまだランベルト君にも話すべきではない内容ですが……」
「いや、それなら私は席を外すが」
「ここまで聞いてしまっている以上、一緒に責任を負ってもらいましょう。貴方は、次の
その言葉に、ランベルトは押し黙る。
「
「神殿において
もともとエルスベルの
「話を戻しましょう。
「え?」
「最初の頭目?」
アメスティアは小さく、だが確かに頷いた。
「その者の名はゲッペルリンク。先ほど話した、百五十年前の
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一万年前。
水は濁り、地は毒を生み、大地は人はもちろんあらゆる生命体が生きていくとが出来ない状態になっていたという。
ただ、
その前後の記録は全くないため、実際に何があったかは全くわかっていないらしい。
とはいえ、汚染された地上に人が戻ることは出来なかったと思われるが――そこについては定かではない。
それから千年。
ファリウスにおいて誕生した神殿は、かろうじて命脈を繋いだ
おそらくエルスベルの時代から
ただ、その千年の間の記録は、完全に沈黙している。
神殿の記録も、代々の
そうして、地上に人が出て行ってからさらに千年ほどが過ぎる。
この頃になると、神殿の支援もあって世界は安定し、国が誕生するようになっていた。
エルスベル時代の多くの英知は失われていたが、それでも人と
一方で神殿は、かつての記録の再現に勤めていた。
それは『空白の千年』とされる期間と、それ以前のエルスベルの記録である。
初代の
つまり神殿すら、千年目付近で記録と記憶が抹消されたのかと思うような状態だという。
「そして長年にわたり、神殿はここに残された記録、そして世界各地に残された記録から、エルスベル崩壊時に何があったのかを調べ続けました。先ほどの、エルスベル統一王朝が
アメスティアはエルフィナを見てから、少し言いづらそうに言葉を切る。
ただ、コウとエルフィナには、その言わんとするところは推測ができた。
「私達
そのエルフィナの言葉に、アメスティアは少しだけ驚いたような表情になる。
「やはりお二人が行ったというヴェンテンブルグ近郊の湖底遺跡というのは……」
「やはり神殿は知っているのですか」
「はい。長年の調査の結果、間違いないと考えられています。空白の千年、正しくはその始まりたる
「俺達も同じ結論に至っている。湖底遺跡で見た記録だが――」
コウとエルフィナの話に、アメスティアは驚いていた。
「まだ記録を閲覧できる遺跡があったというのが驚きですが……水の中だったからでしょうか。確かにあの遺跡は存在は知られていましたが、誰も調査できませんでしたしね……。あるいは他にもあるのかもしれませんね」
だが、だとすれば――。
「
「なっ……」
ランベルトが貯まらず声を挙げ、そしてアメスティアは驚きつつも、動揺はしていない様子だった。
「……その話は他の方には……?」
「していない。どう考えても公開していい話ではないと思った」
「賢明なご判断に感謝いたします。ええ、その通りです。空白の千年で変化して誕生したのは
確定していないのは、単に明確な記録がないからだろう。
だが、状況的な証拠を積み上げればそれはほぼ間違いない。
「だから……すべてを合わせて
エルフィナが納得したように呟く。
これは、現状交配可能だからという理由でそうされているとされている。
だが、そもそも違う種族で何故交配が可能なのかといえば――予想はしていたが、元はすべて
さらにアメスティアによると、
ちなみに現在『動物』とされる魔獣以外の生物は、すべてファリウスで保存されていた動物たちで、これが数千年をかけて大陸中に広まったらしい。
今でも魔獣を食材とした
「少し話が逸れましたね。ともかく、エルスベル崩壊時、そしてその後千年の間、このファリウスを含め、ごくわずかな施設で人々はその命脈を繋いだ。それは確かでしょう。しかしその後、神殿は持っていたと思われる知識と記録のほとんどを徹底的に破却している。この理由は明らかになっていません」
おそらくは地上に出る時にそれらの記録をすべて抹消したのだろう。
記憶の方はどうだったのかと思うが、もし千年の間、各地の施設で人々が『保管』されていた状態であれば、その間に記憶は失われている可能性もある。
そして、神殿は目覚めた人々にかつてのエルスベルに関する記録を受け継がなかったのだろう。
それでも最低限の知恵が受け継がれていたのか、衛生観念や環境への配慮の必要性などが、概念としては残されている。
「この、地上に再び出た時、言い換えるならファリウス聖教国の建国の時である
かつてのエルスベルの施設のほとんどが崩壊していたのだから、当然といえば当然か。いきなり原始時代の世界に放り出されたようなものである。
ただそれでも、法術などは存在したらしいため、人々は少しずつ勢力を回復していったらしい。
「そして、二百年も経った頃に、神殿の中でかつての記録を復元しようという動きが起き、専門の機関が創設されました。先ほどの、
「そんな機関の存在は、私も初めて聞くが……」
ランベルトはやや困惑気味だ。
「そうでしょうね。今ではこれを知るのは代々の
「百五十年……前?」
あまりに奇妙な一致に、コウとエルフィナが同時に首を傾げた。
「推測は……できますよね。その機関の名は、エルスベル
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