第252話 世界を守護するもの

「世界が、滅ぶ……?」

「それって……どういう……?」


 コウとエルフィナは、半ば呆然としてその言葉を反芻した。


「言葉通りの意味ではあります。ですが、順を追って説明しなければなりませんね。まずは、この世界の状況から」

「待ってくれ、アメス姉さん。ティナはいずれ教皇となるからいいが、コウやエルフィナは卓越した冒険者ではあるが……」

「ランベルト君。この二人は多分、に関わるであろう人です。知っておいてもらう必要があるでしょう」


 アメスティアとランベルトが話していることから察するに、おそらくアメスティアが話そうとしていることは、本当にごく一部の人間しか知らないことなのだろう。それも、神殿の高い地位にいる者だけが知るもの。


「俺たちがそれを聞いて……いいのか?」


 知りたいと思う気持ちは、もちろんコウにはある。というより、おそらくそれはコウは知るべきものだとは思えた。

 ただ、だとしても本来知るべきではない秘密を漏らすことで、神殿側にとって不都合があるなら、それはあまり踏み込みたい領域ではない。


「ええ。むしろ貴方は知るべきだと思います。神託リルチェが『直す者』と呼んだのであれば……貴方は、おそらくこの世界を救う可能性がある人なのでしょうから」

「は?」


 いきなりあまりにも話が大きくなった。


「そしてエルフィナさんも神子エフィタスにして精霊使いメルムシルファというのは過去におそらく例がない……きっとお二人が一緒にいるのには意味があると思えますし。とにかく順を追ってお話しします。その上で、ご判断下さい」


 そういうと、アメスティアはお茶を少し飲んだ。

 コウとエルフィナも、大きく深呼吸する。

 これから何を話されるのか分からないが、少なくとも自分たちが聞くべきことだという事だけは、なんとなく感じられたのだ。


「この世界は、ある力によって形作られ、そしてそれによって維持されているのです」

「ある力?」

「はい。その存在がなければ、おそらくこの世界はより強力な力を持つ異界の存在――具体的には悪魔ギリルによって蹂躙され、人が生きていくことは不可能な世界になるでしょう」

「それは……つまり、その何かが、悪魔ギリルがこの世界に現れるのを阻止しているということだろうか?」


 コウの質問に、アメスティアははっきりと頷いた。


「その通りです。その力の名を『次元結界アクィスレンブラーテ』といいます」


 コウとエルフィナは思わず目を見張った。

 その名前には憶えがある。

 直近では、カラナン遺跡の最深部で、ティナに乗り移った何者かから聞いた。その前は、帝都近郊の湖底遺跡。

 共通点は、エルスベル時代の遺跡であること。

 そして、それらの共通の条件として、次元結界アクィスレンブラーテというのは、強力なエネルギー源だと思われるということだ。

 さらに、ドルヴェグの地下にあった遺跡も、間違いなく関係しているだろう。


「……もしかしてお二人は、次元結界アクィスレンブラーテという名を、ご存じなのですか?」


 コウとエルフィナの反応を見て、アメスティアがむしろ不思議そうに訊ねる。

 なぜならこの名称を含めて、次元結界アクィスレンブラーテの存在は神殿の秘中の秘だ。いかに冒険者とはいえ、まず知ることがあるはずはないというのが、アメスティアの認識だ。


「ええ。その名は一度ならず耳にしています。すべて、エルスベル時代の遺跡で」


 今度はアメスティアが驚く番だった。


「エルスベル時代の遺跡……そんな場所が」

「多くはないと思うが、俺たちは何回か接触している。そしてそこで、次元結界アクィスレンブラーテという存在についても耳にした」

「すみません、詳しくお聞きしても?」


 コウは横のエルフィナを見る。

 カラナン遺跡と湖底遺跡はともかく、ドルヴェグの地下にあった遺跡について話す場合、場合によってはエルフィナが『神王エフィタスフィオネラ』について誤認されたことにも触れることになるかもしれない。ただそれは、エルフィナにとっては精神的負荷が大きい気がするからだ。


「大丈夫です、コウ。あるいは、その正体がここならわかるかもしれないという期待もあります。貴方がいてくれるから、私はそれだけで安心できますので」

「むー。私を間にはさんでいちゃいちゃはよくないと思うー」


 ティナが不満げな声を挙げたのを聞いて、思わず他の四人が吹き出した。


「ご、ごめんなさい、ティナちゃん。そういうつもりはないんだけど」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがお互いとーっても思い合ってるのは知ってるからいいけどねー」


 なおも不満気に唇を尖らせるティナを、コウとエルフィナはとりあえずなだめることに集中することになってしまう。

 ようやくティナをなだめ終えたところで、コウは再びアメスティアに向き直った。


「私達が次元結界アクィスレンブラーテという存在を最初に聞いたのは、帝都ヴェンテンブルグの近郊、オリスネイア湖の湖底にある遺跡だった」


 そしてコウは、湖底遺跡とカラナン遺跡で聞いた――ティナは自分が何かに乗り移られていたことに驚いていたが――次元結界アクィスレンブラーテについてまず話した。どちらも明らかに、強力な魔力源なのは確かだ。


「驚きました。これまでの冒険者レディオン傭兵グラスブで、ここまでエルスベルに迫った人はいません。一生をかけて調査した人でも、ここまではたどり着けなかったでしょう」

「……本気でエルスベルの調査をするなら、聖都ここが最も調査すべき場所だとは思うのだが……」

「そうですね。ですが、来るときにわかったかと思いますが、この聖都ファリウスは滅多なことでは入ることは出来ません。巡礼者も、入れるのは原則一度だけ、それもせいぜい一か月程度と決まっています。そして神殿わたしたちは、エルスベルに関わることを他者に教えることは、決してしません。そもそも、エルスベルの存在について知っているのは、私を含め、このファリウスの神官でも十人程度ですから」


 一万人はいるとされる中でも十人程度となれば、それは相当に少ない。


「ああ、外部でも知る者はわずかに……というか数人います。ヴェンテンブルグの主……今は皇帝陛下ラエル・ヴェルヒですね。あとは、帝都神殿長のヴィクトルさんと……」

「私も父から聞かされてはいる。後継者という理由でな」

「外部で知るのはその三人……ああ、皇太子殿下レルブ・エルヒもご存じでしょうか。おそらくそれだけです」


 それは本当に少ない。ランベルトは数少ない例外だったようだ。

 というより――。


「外部で知ってるのは帝都にいる者のみ。それは、帝都が特別だからだろうか?」

「ええ、そうですね。ある意味では、エルスベルにとってはこのファリウス以上に特別な意味を持ちます。もっとも、はるか昔の話ではありますが……」

「エルスベル時代に巨大な都市があったことと……関係している?」


 アメスティアの表情の変化は、今度は劇的というほどだった。横にいるランベルトも、大きく目を見開いている。

 そしてその反応が、コウの指摘を肯定していた。


「もう一つ、私とエルフィナはエルスベル時代の遺跡に触れているんです」


 そういって、ドルヴェグの地下遺跡のことを話した。

 ただ、アメスティアがそれを聞いて不思議そうな顔をする。


「その遺跡の話は、私も聞いたことがあります。ですが、あの遺跡は封印されていて、誰も立ち入れなかったはずですが……」

「その調査隊は父も神殿長になる前に参加したことがあると聞いたことがある。『カルサライズ』とやらを求められて、全く入ることすらできなかったというが……」


 コウはエルフィナを見ると、エルフィナは小さく頷いてから、コウを制するように手を挙げた。コウが押し黙ったのを確認して、エルフィナが口を開く。


「その封印は……私が解除することができたんです。それでお聞きしたいのですが、フィオネラという名前について何かご存じないでしょうか」


 その瞬間のアメスティアの表情の変化は劇的といえるほどだった。

 驚愕に、文字通り顔が凍り付いている。

 一方のランベルトは、全くわかっていないようで、首を傾げてから、アメスティアの方を見て、むしろその表情に驚いていた。


「アメス姉さん……?」

「す、すみません。その名が出てくるとは思わなくて。その名をどこで?」

「えっと……そのドルヴェグの遺跡で、です。神子エフィタス……ああ、コウに言わせると含んだ意味が違うそうなのですが、フィオネラという存在なら、権限があるからと遺跡が開いてくれて」


 アメスティアはなおも驚いていたが、少し納得したように頷いた。


「貴方が神子エフィタスであろうことは、先ほども言いましたが……フィオネラという名は、特別な意味を持ちます。その名は――公式記録に残されてすらいない、最初の教皇グラフィルにして――」


 アメスティアは言葉をそこで切って目を閉じた。

 それを続けるのを一瞬迷ったかのように見えたが、すぐに目を開くと、まっすぐにエルフィナを見て口を開く。


「統一国家エルスベルの最後の神王エフィタスであった者の名です」

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