第251話 神子の秘密

「な――」


 コウは唖然として、言葉を続けられなかった。

 エルフィナも驚いて、コウとアメスティアを交互に見る。

 そしてランベルトとティナはその意味が分からず、やはりコウとアメスティアを交互に見ていた。


「違いましたか? いえ、それはないですよね」


 コウは必死に、どこで伝わったのかを考える。

 コウが異世界である地球から来たことを知っているこの世界の住人は、四人だけのはずだ。

 パリウスにいるラクティとメリナ。そしてアクレット。そしてエルフィナのみである。あとは誰にも話したことはない。

 キールゲンにすら明かしていない事実だ。

 アクレットがアルガンド王ルヴァインに話している可能がないとは言わないが、彼のスタンス的にはそれも可能性は低いと考えられる。仮に話していたとしても、ルヴァインが他人に話すとは思えない。

 それを、初対面のはずのアメスティアに言われるのは、予想外にもほどがあった。


「どうして、それを」


 かろうじてそれだけ返す。

 というか、それ以外できなかった。


「ちゃんと全部ご説明いたします。最終的には、先ほどランベルト君と話していた内容にも繋がることですから」


 アメスティアはそういうと、居住まいを少し正した。


「どこから話しましょうか……まずは一番の疑問にお答えしましょう。なぜ私がコウ様がこの世界の存在ではないかと知っているかと言えば、神託リルチェがあったからです」

神託リルチェ……?」


 《意志接続ウィルリンク》が訳してくれたので、コウにも意味は分かる。

 ただ、この世界においては神に直接問いただすことは、奇跡ミルチェの使い手であれば、普通にその意を訊ねることができる。それも含めて、奇跡ミルチェと呼んでいるはずで、神託リルチェというのは初めて聞いた。

 エルフィナは初めて聞いた単語のようで、首をかしげているし、ティナも同様だ。

 ただ、ランベルトだけは少し驚いた顔になっていた。


「リルチェとは……なんでしょうか?」


 エルフィナがおずおずと手を挙げて質問した。

 エルフィナにとっては初めて聞く言葉で、そもそも意味が分からないのだ。


神託リルチェとは、高位の神官にのみ稀にある現象で、奇跡ミルチェによらずして、神の意を伝えられることを言います。といっても、滅多にないのですが」

「つまり、神様が直接教えてくれるってこと?」


 ティナの言葉に、アメスティアは頷いた。


「そうですね。そして――その神託リルチェは二度ありました。一度は、二年近く前。そしてもう一度は、つい先日。最初の内容は『直す者が異界から来る』というもの、先日のは『直す者が聖都に至る』というものでした」

「直す者?」


 コウは首をかしげた。『異界から』と言われているということは、それはおそらく自分の事だろうというのは分かる。

 それに、神託リルチェがあったというタイミングのうち、一回目は間違いなくこの世界に迷い込んだ時のことだ。そして今回、ファリウスに到着する寸前にもう一度というのであれば、つまり神々によって自分の動きは把握されていたという事か。

 あるいは、コウをこの世界に導いた者が、そもそもその神々だった可能性もある。


神託リルチェでは『直す者』とだけ。ただ、その内容は想像できます」


 アメスティアは一度言葉を切ると、ランベルトの方を見る。


「……話すのですか。彼らは確かに信頼できる冒険者ですが」

「ええ。その必要があります。というより、彼らは知っておかなければならないでしょう。コウ様も、エルフィナ様も。もちろん、ティナちゃんもね」


 突然話を振られたエルフィナとティナは「え?」と同時にもらしていた。

 もっとも、ティナは今後教皇グラフィルとなる可能性があるのであれば、アメスティアが知ることを引き継ぐことになる。

 だが、エルフィナはそれこそ、完全に無関係のはずだ。

 この言葉はランベルトも予想外だったのか、アメスティアの言葉を受けて、エルフィナの方を驚いてみている。


「ええ。エルフィナ様も、です。妖精族フェリアにも誕生しうるのは私も驚きましたが……エルフィナ様。貴女も間違いなく、神子エフィタスです」

「え?」

「お姉ちゃんも……?」

「どういう、ことですか?」


 エルフィナの声が、わずかに震えていた。

 その理由は、おそらくコウにしか分からないだろう。

 エルスベル時代の遺跡に、神王エフィタスフィオネラに誤認されたエルフィナ。そして今、それと同じ響きを持つ神子エフィタスであると告げられたことで、エルフィナ自身、自分自身の正体に対する疑念が、再燃してしまっているのだ。


 もっとも、コウ自身も混乱している。

 神によってこの世界に自分が送られてきた可能性が突然提示されるなど、全く考えてもいなかった。


 その、コウとエルフィナの混乱を知ってか知らずか、アメスティアはエルフィナとティナの二人を見て言葉を続ける。


「判別方法がちょっとあれですけどね。お二人の食事で確信したというか。神子エフィタス……正しくは、その身に膨大な魔力を有する人間の特徴なんです。あの食事の量は」

「姉さん?」「は?」「え?」「ほえ?」


 四人同時にひどく間抜けな反応をしてしまった。


「ランベルト君。魔力マナってどうやって回復するかは、知ってるわよね?」

「そりゃあ、基本は休息でしょう。休むことで、周囲の魔力マナを吸収して回復する。回復量は本人の内在出来る魔力量に比例し、どんな人でも、大体二日くらい休めば魔力は全回復す……あ」

「そう。つまり膨大な魔力を持つ人がいる場所では、その人がその場の魔力マナを吸収してしまって、場の魔力マナが完全になくなってしまう。しかしそれでも、回復するのには足りなくなる」


 確かにその通りである。

 この世界には、自然に魔力マナが溢れているが、かといって一定空間に無限にあるわけではない。ただ、場の魔力を吸収するのは基本的に休息でしか行えず、そして人間の内在出来る魔力は、自然に存在する魔力より遥かに小さいのだ。


 だが、例外がある。

 それが神子エフィタスらしい。

 神子エフィタスとは、先天的に膨大な魔力を有する特別な存在で、赤ん坊のころは普通なのだが、大体十歳前後で、膨大な魔力が目覚めるという。

 法術を使ったりしなければ問題にはならないのだが、魔力の回復を休息でやろうとすると、一晩で周囲の魔力を完全になくしてしまうどころか、下手をすると周囲の人間の魔力すら奪うらしい。


「だから、私たちはその分食事をするんです」

「食事を……?」

「普通の人ではできないのですが、食事をすることでその食事をそのまま魔力に変換してしまう体質なんですよ。私も、お二人も」


 コウとランベルトは茫然としていた。

 コウは、先ほど冗談交じりに考えたことが、当たっていたのにまず驚いたが、本当にそんな理由だとは思わなかった。

 つまり、エルフィナとティナは――アメスティアも――いくら食べても平気だったのは、おそらくお腹にたまるまでもなく、魔力に分解されていたという事か。

 特異体質にもほどがある。


「あ、ちなみに魔力が全快状態でも、魔力変換は行われます。というか、私達神子エフィタスの魔力蓄積の限界量ってほとんど意味がないようですから」


 まさかエルフィナの大食いの理由がそんなものだとは思いもしなかった。


「あの。でも私、森を出るまではそんな食事したことはなかったのですが……」

「そこが不思議ではあるんですよね。全く法術クリフを使わなかったので魔力を使わなかったから大丈夫といっても……実は人間、生きているだけでも魔力は少なからず消耗します。そして私達神子エフィタスの消費量は、普通の人とは比較にならないほど多いので、魔力の回復には最低でも普通の食事は必須なのですが……」

「あ……その、私、法術クリフが全く使えないんです」

「え?」


 今度はアメスティアが驚く番だった。

 膨大な魔力を持ちながら、法術クリフが使えないなど、考えもしなかったのだろう。


神子エフィタスなのに、ですか?」

「その、私が神子エフィタスなのかは……わかりませんが、私は文字への適性を全く持ちません。ただ……」


 エルフィナは一度コウを見た。

 その意図を理解して、コウは小さく頷く。

 多分この場では話しても問題はないだろう。


「多分、その代償なのでしょう。私は、精霊使いメルムシルファなのです」

「え――」


 エルフィナが、水の精霊を顕現させる。

 それを見て、コウ以外の三人は目を丸くしていた。


精霊メルム……私も初めて見ました。なるほど、そういう事なのですね。それであれば、納得ですし……森にいらした時は、多分精霊が魔力を補ってくれていたのかもしれません。さすがに推測ですが」


 エルフィナは言われてから、少し納得したような表情になる。

 それから、コウを見てもう一度首をかしげた。


「その、アメスティア様。私が神子エフィタスかはともかく……魔力が大きいのは私自身理解してます。ですが……そうなると、コウはどうなのでしょうか?」

「どう、とは?」

「コウは、ほぼ間違いなく私と同等の魔力を持ちます。ですが……コウは別に食事は普通……ですよね? 実は食べないようにしてたりしないですよね?」


 いきなり話を振られたコウは、少し考えるが、すぐ首を振る。


「いや、食事をすれば、普通にお腹が膨れるし、魔力を回復しているという気はしない。魔力の回復は、基本休息だ」

「でも、周囲の魔力を吸いきったことは……ないですよね?」

「そういう話は……ないと思うが」


 そもそも魔力量が桁外れに大きいので、消耗したと思ったのはバーランドで数千人に同時に治癒法術をかけたあの時だけだ。

 だがあの時も二日ほど休めばほぼ回復していた。

 そして別に、周囲の魔力が枯渇したという話はない。


「それは……わかりません。コウ様もおそらく、本来は神子エフィタスとなるべき資質の持ち主の可能性があります。ですが、膨大な魔力を持つこの世界の人間の特徴と合致しない。それは、コウ様が普通のこの世界の人間ではないことの、一つの証左です」


 そういうと、アメスティアは一度言葉を切る。


「話を少し戻しましょう。コウ様が、この世界にいらした理由。神が、貴方を『直す者』と呼ぶのであれば、おそらく、というところではあるのですが――」


 アメスティアは一度言葉を切る。

 それは、この先を言うべきか、迷ったようにも見えた。


「この世界は今、滅びの危機に瀕しているのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る