第250話 教皇との食事会
その後、コウ達一行と
案内されたのは、大聖堂の上層――驚いたことに法術具の
「ここは……」
部屋はかなり広い長方形。コウの感覚では高校の教室よりやや広いくらいだ。
一面は窓になっていて、そこからファリウスの街並みが見える。
相変わらず空が見えているので、ともすると非常に長めがいい。
どうやらかなり上層のようで、おそらく
部屋は中央にやや大きめの長方形のテーブルが置かれていて、アメスティアは率先してそのうちの一つに座る。
テーブルは両サイドに座るようになっていて、アメスティアはどちらかというと軽い口調で、一行に次々に座る場所を指示してきた。
座った場所は、アメスティアの右側にランベルト、正面にティナ、その両側にコウとエルフィナという配置だ。
「えと……
「だってほら、食事用意するって伝えたでしょう? だから食事しながらお話しましょうってこと。あとランベルト君、他人行儀ねぇ。前みたいに『アメス姉さん』と呼んでくれてもいいのよ?」
コウ、エルフィナ、ティナはかろうじて吹き出すのを堪えた。
一方のランベルトはまたもや顔を、今度は真っ赤にしている。
「あのですね。十年前と今を同じにしないでください。貴女は
「そういうけど、別に
ランベルトが頭を抱えている。
「じゃあこうしましょう。公的な場では許しますが、この場では『アメスお姉ちゃん』と呼ぶように。破ったらランベルト君の恥ずかしい秘密をこの場で暴露します」
「な!? い、いや私にそんな秘密など」
「あらそう? 例えば早朝の巡回任務の際に、ランベルト君って寝ぼけて……」
「わーっ」
どうやら相当にお茶目な性格のようだ。
コウとエルフィナは思わず笑いそうになる。
一方笑えない命令をされたランベルトは――。
「わ、分かった……アメス……姉、さん……」
「んー。まあいいでしょう」
満足げに頷くアメスティアと、魂が抜けかけたような顔になっているランベルト。
逆に言えば言われると恥ずかしい秘密があることを肯定してしまっている
ただ、そのやり取りおかげで、場の緊張はすっかり
「えっと……
「ああ、ティナちゃん。そんなかしこまった言い方はいいわ。普通にアメスお姉ちゃんと呼んでちょうだい。っていうか、貴女もおそらく
「……やはりそうなのですか」
ランベルトが声のトーンを落として呟いた。
「ええ。それも多分そう遠くない。だからこれはめぐり合わせでしょうね」
コウとエルフィナは意味が分からず、顔を見合わせる。
「ああ、ごめんなさいね。あとで説明します。あまり外部には知られてないことなんだけれど」
「いや、それを部外者である俺……私たちの前で話していいですか」
ティナはともかく、コウとエルフィナは明らかに神殿とは無関係の部外者だ。
神殿にとって機密に当たる内容を聞いていい立場のはずがない。
「そうね……本来はそうなんだけど……」
アメスティアがそう言ったところで、控えめに扉をノックする音が響く。
するとアメスティアは少し弾んだような声で、「お願いします」と返事をした。
ややあって扉が開くと、そこには
「まあ、まずは食事をしながらね。先に貴方たちのことを聞かせてほしいの。あと、ここでは変にかしこまらなくていいわ。その方が私も楽ですし。それに、お腹空いてるでしょうし、折角だから料理長には腕を揮ってもらいました。遠慮なくたくさん食べてね」
「あ、いや、
「大丈夫。遠慮なくたくさん食べてね?」
その言葉にランベルトはもちろん、コウもとても不安な気持ちになったのは、言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コウ達は食事をしながら、これまでの経緯、それに実際に見てきた大陸の様子などをアメスティアの質問に答える形で、一通り話した。
それだけで一時間以上が過ぎたが、これはアメスティアが聞き上手、かつ質問などに答えながらだったというのはある。
アメスティアは特に、コウとエルフィナが持つ、東側の情報を詳しく求めてきた。
いくら神殿が長距離での通信手段を持っているとはいえ、移動できる人間は限られる。
実際に体験した人間の情報は、やはり貴重なのだ。
特に、バーランド王国の動乱の話は、とりわけ興味を引いたらしい。
この話はランベルトにもしてはいなかったので、彼もまたひどく驚いていた。
が。
途中から、ランベルトの驚きは、別の方向になっていた。
「嘘だろ……アメス姉さんもそうだったとは……」
「……この街の食料、大丈夫だろうな……」
アメスティアに遠慮なく、と言われたエルフィナとティナだが、実際教皇の前でいつものように大量に食べるのは――という遠慮は、最初の
なぜなら、他ならぬアメスティアが、普段の二人と同じくらいの勢いで食べていたからだ。
つまり、この場には大食いが三人いたのである。
なお、料理長――当然神官なのだろうが――が腕を揮ったというだけあって、食事はどれも非常に美味しかった上に、大陸各地の名物料理を再現したというその品数や種類の豊富さは、エルフィナをして感動させ、結果として三人は凄まじい量を食べ続けていた。
「アメス姉さん。前はそんなんじゃなかっただろ……」
「あ、違うわよ? 君の前では遠慮してただけ。ほら、私もまだ修行中の身だったからね。教皇になって一番よかったのは、食事の遠慮しなくて良くなったことかもしれないわ」
さらりと言われて、ランベルトの表情が固まる。
コウは色々と台無しという気がしなくもないが、多分この場で言ったら負けだ。
何しろこの場では、普通の量の食事をする人間の方が、少数派なのだ。
ただ、同時にコウはあることに気付いていた。
エルフィナ、ティナ、そしてアメスティア。
共通しているのは、彼女らはいずれも普通の人間ではない。
エルフィナは七属性全てを扱うことができる
つまりこの異様な食事量は、何か特殊な力
二人だけならまだしも三人共通となると、この要素は無視できない。
三人の共通点の一つは、膨大な魔力。
まさか魔力の回復を食事でやってるのかと疑いたくなる。
魔力というのは消耗した場合、基本的に体外から吸収して回復する。これは、コウとて例外ではなく、魔力の大小にかかわらず大体二日程度で誰でも回復するという。
この回復速度に影響するのは、むしろ周囲に魔力が豊富にあるかどうかで、魔力の希薄な地域では回復が遅い。
あのカラナン遺跡が法術研究の場として重宝されたのも、あの装置のおかげであの地域の魔力が濃かったからだ。
それを食事で代用できるとしたら便利だが――。
そこまで考えて、コウは頭を振った。
いくら何でもそれは無理がありすぎるだろう。どういう特異体質だ、と言いたくなる。
実際、コウとエルフィナの魔力総量はおそらくほぼ同じ。そのコウでも魔力は普通に休んで回復するのだから――あるいは魔力が異常に多いこの世界の人間の特色という可能性は否定はできないが。何のかんの言っても、コウはこの世界の人間ではない。
そんなことを考えていると、いつの間にかテーブルの上は大体片づけられていた。
さすがに、食事も終わりになったらしい。
「さて、と。さすがにそろそろいいでしょうか。食べようと思えばまだいけるでしょうけど」
軽く五人前の食事に加えて十人分近い食後の菓子――どれも絶品だったが――まで平らげた神殿勢力の頂点に立つ女性は、食後のお茶を少し飲んでから、一行を見渡した。
「まず話すべきことの前に……ランベルト君がいますが、まあいいでしょう。えっと、まずは……エルフィナ様、ですよね」
「はい」
「
「あ、はい。百五十五歳です。
その年齢に、コウ以外の三人は呆気に取られている。
生態として、
だが実際に、見た目が人間であれば十五、六歳程度のエルフィナにそういわれると、やはり驚くものらしい。
「分かっていても……なんかすごいですね。やはり出身も東ですか?」
「はい。キュペルの南、ティターナの森。クレスエンテライテの氏族のエルフィナです」
その名乗り方に、コウはふと初めてエルフィナと出会った時のことを思い出して、少し懐かしくなった。
あれからもう一年半。まさかここまで一緒に旅をして、こういう関係になっているとは、当時思いもしなかった。
一方アメスティアは形の良い顎に指をあて、しばらく何かを思い出すように天井を見る。
「どこかで聞いたことがあると思いましたが、確か最古の氏族の一つですね。なるほど。あのあたりには
「ご存じなのですか」
「行ったことはないんですけどね。ランベルト君から聞いてるかもしれませんが、確かに私はおそらくこの大陸のどの神殿にでも転移で行けますが、さすがにそう軽々しくいくわけにはいかないので」
それはそうだろう。
地球でも、バチカンの大司教がどこかに行くとなると、それだけで大イベントだった記憶がある。
「そしてティナちゃん。これまでとても大変だったとは聞いてますが……本当に良く来てくれました」
ティナはそう言われて、過去を思い出したのか少しだけ表情が翳る。
食事中に、アメスティアはティナと一番話していて、ティナの過去の話もその話題の中で出ている。
それを察したのか、アメスティアは柔らかくティナに微笑みかけた。
「これからはこの街の人すべてが貴女と共に在ります。私も貴女の家族になれると、嬉しいです」
「家族……」
ティナはそう言われて顔を上げた。
ティナを見るアメスティアの表情は、まさしく聖母と言えるほどに優しさに満ちているように、コウやエルフィナには思えた。
ティナもどことなく嬉しそうな、そして安心したような表情になっている。
「これからのことは、またゆっくりお話ししましょう。それと……コウ様、ですよね?」
アメスティアは順番に、という感じでコウにも声をかけた。
ただ、コウにはアメスティアの気配がわずかに変わったように思え、少しだけ戸惑う。
「はい」
「ご出身をお聞きしても?」
「東方の島国です。ちょっと地名を言っても分からないと思えるような場所だが……」
するとアメスティアは、なるほど、というように大きく頷いた。
「それはそうでしょうね……その地の名を言われても、私達には分かりはしないでしょうから。たとえ、東方諸島の人々であっても聞いたことのない地名なのでしょうし」
「え?」
「アメス姉さん?」
そしてアメスティアは一度目を閉じ、それからまっすぐにコウを見る。
「貴方は、この世界ではない場所から来られたのでしょうから」
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