第246話 聖都に住む人々

(ここがシェルターだとすると、色々と腑に落ちる……気がするな)


 外部の影響をほとんど受けずにすみ、水と食料は自給自足可能。さらに長期間住むための設備も充実している。

 街として拡張するのは難しくても、一万人余りが暮らしていく分には十分すぎる設備だ。

 さらに夏であろうが気候はきびしく、魔獣などですら寄り付きにくい。


 この街はほぼ確実に、空白の千年の始まりの時から存在する。

 神殿がその立ち上げを宣言したのが、この大陸の共通歴である聖歴ファドゥラの始まりだ。つまりその時点で、確実にこの都市は存在した。


 そして、帝都近郊の湖底遺跡の記録。あの遺跡は少なくとも聖歴ファドゥラ千年くらいまでは、ずっと閉ざされていたと思われる。

 あのような遺跡があそこ一つであるとは限らない。というより、おそらく大陸中にあった可能性が高い。となれば、空白の千年は、人が世界で生きていける環境ではなかった可能性もある。


 空白の千年の直前にあったと思われる、悪魔ギリルの大軍勢の襲来。消滅した統一国家エルスベルと、その直後に誕生したと思われる神殿。

 この都市が、空白の千年を耐え忍ぶためのシェルターだったとしても、不思議はない。


 ただ、だとしたらそれは凄まじい忍耐を要しただろう。

 いくら設備が整っていようが、千年の時をこの閉鎖空間で過ごすとなれば、普通なら気が滅入る。

 普通の人間なら十年ともたないだろう。


(もっとも、ずっと起きていたという可能性は低いか)


 人間エリルの寿命から考えれば、千年ともなれば最低でも三十世代は経過する。

 森妖精エルフでなければ、最初の頃の記憶や戒めなど失われているだろう。

 だが、おそらくこの都市にいた者は、ほぼ間違いなく人間エリルであり、妖精族フェリアはいなかった可能性が高い。

 だが、湖底遺跡にあったような、特殊な設備がこの都市にあった可能性はある。それで、施設維持の人間が交代交代で覚醒していくようにすれば、千年の時を越えることもできるかもしれない。


 すべては憶測の域を出ない。

 ただ、おそらく神殿の中枢の者ならば、ある程度は知っているはずだ。


「お兄ちゃんたちの探し物も、ここで見つかるといいね」


 突然のティナの言葉に、コウとエルフィナは驚いてティナを見る。ランベルトは意味が分からないのか、少しだけ不思議そうな顔になっていた。


「……そうだな。きっと何かあるとは思ってる。まあ、今日のところはさっさと休みたいところだが」

「私もです。さすがに雪の中ずっとというのは、大変でした。雪自体は私は珍しかったんですけど」


 エルフィナの出身地はキュペル王国のさらに南。雪などまず降ることがない地域だ。


「私もあまり雪は体験したことなかったしなぁ。本当に冷たくてびっくりだったけど。お兄ちゃんは?」

「俺は……よく雪が積もる地域に長く住んでいたいからな。冬は大変だった」

「そうなの?」


 東北の山奥だったので、雪はよく積もった。

 時々『ドカ雪』と言っていいほどに降ることもあり、そういう時は橘老と二人、必死に屋根の雪降ろしをしたものである。


「とはいえ、夏でこれだけ寒いのは俺も驚くばかりだがな」


 おそらくだが地球では北極や南極くらいしかここまで寒くないのではないかと思う。そう考えると、この世界が地球と同じ惑星だと仮定すると、ここまでの急激な気候変化は、通常とは違う何かがあるのだろう。


「でもお外は寒いのに、街の中は暖かいのもすごいよねぇ。これで聖歴ファドゥラの最初からある街って話だけど、そういえば……このお店もそうなのかな?」


 言われてみれば、街並み自体はそこまで古い印象はない。帝都などとは多少違うが、地域性といえる程度の違いだ。


「建物は定期的に建て替えるとは聞いたことがあるが……私もわからない」

「この店は二百年くらい前に建て替えたものらしいよ。どうやっても家ってのは使ってるうちに少しずつ古くなるからねえ」


 給仕の女性が話を聞いていたのか、話に入ってきた。

 見ると、食後のお茶を持ってきてくれたらしい。


「あんたたちは明日には聖堂に行くのかい?」

「ああ、その予定だ。しかし私は十年ぶりくらいだが……変わらないな、この街は」

「そりゃあね。私も八年ここにいるけど、多分大陸で一番変化が少ない街だろうね。巡礼者以外はみんな顔見知りみたいなもんだよ」


 むしろ見たことがない人は無条件で巡礼者だと判断されるのだろう。


「任期を終えると一応入れ替わるんだけどね」

「任期とかあるのか」

「ああ……って、そういえば名乗ってないね。ヴィクリア・フェーゼンだ。出身はかなり遠くてね。アルガンド王国のクロックスって街だ」

「クロックス!?」


 コウとエルフィナが驚いて声をあげた。

 それを見て、ヴィクリアと名乗った女性の方がむしろ驚く。


「なんだい。知ってるのかい? ここからだとホントに東の果てのはずだけど」

「いや……知ってるも何も、行ったことがある」

「え?」


 これにはヴィクリアの方が驚いたらしい。

 コウは続けて、クロックスに仕事に行ったことがあることを説明した。


「はー、驚いた。聖都に巡礼に来る人は結構いても、さすがにロンザスの向こう側ってのは滅多にいないからねぇ。いや、ホントにびっくりだよ」

「こちらこそだ。しかし……任期が終われば、と言っていたが、そうすれば故郷に?」

「そうだね。子供が待ってるしね。まあ、もういい年だけど」


 そういうと、ヴィクリアは少し懐かしむような顔になる。


「子供がいるのに……こんな場所まで?」


 すると、ヴィクリアは少し不思議そうな顔になる。

 それを見て、コウの疑問を察したランベルトが割り込んできた。


「ここに来る神官は、基本的に子供がもう一人で暮らしていけるようになった者か、またはまだ結婚していない者だけなんだ。基本的に任期は十年から十五年くらいだな」

「じゃあ、お子さんは今もクロックスに?」

「そうだね。もう二十……六歳かね。クロックスの神殿に勤めているはずだけど」


 コウもエルフィナも、クロックスの神殿には行ってない。コウは調査で街の中を歩き回ったので、すれ違った可能性はないとは言わないが、可能性は低いだろう。

 とはいえ、こんなところでアルガンド王国との縁を感じられるとは思いもしなかった。

 

「しかしそういう事ならば……この聖都には子供はいないのか?」


 すると、ランベルトもヴィクリアも少し微妙な顔になる。


「まあ、来た時点で子供がいる人はいないんだが……まあ人間だからね。恋仲になって子供が出来ちゃうのはいるんだ。そういう場合、任期前に聖都を去るのが決まりだね。だからこの街では、大陸で唯一、神殿があるのに『理の教え』は実施してないんだよ」


 ランベルト曰く、子供が育つにはやはりここの環境は良くないという事らしい。

 とはいえ、それは今だから言えること。

 おそらくそれ以前は――千年の間はここで暮らすしかなかったはずで。

 あるいはその時の教訓があるからなのか、それはコウにも分からない。


 コウがそんなことを考えていると、ヴィクリアが珍し気にティナを見ていた。


「お嬢ちゃんくらいの年齢での巡礼は珍しいねぇ。そっちの二人が兄姉……じゃないよね。さすがに森妖精エルフ人間エリルじゃ」

「俺たちは彼女の護衛だな。まあ、滅多に来れないこんなところまで来れたのは幸運だと思うが」

「あ、じゃああんたらは巡礼者ってわけでもない?」

「巡礼者の定義が分からないが……」

「ちょっとこの少女自体ワケアリなんだ。事情は察してもらいたい」


 ランベルトがそういうと、ヴィクリアは得心した様に頷いた。


「まあ護衛の冒険者が来たことがないわけじゃないけど、珍しいね」

「ということは、この街には冒険者ギルドとかもないのか」

「ないねぇ。そもそも冒険者がいても、あまり仕事はないだろうしね」


 住民のほぼすべてが神官では、そもそも冒険者や傭兵を頼ることもないのだろう。


「でもせっかく来たんだ。聖都を満喫してくれると嬉しいな」


 ヴィクリアはそういうと、厨房に戻っていく。

 給仕だと思ったが、あるいは彼女が料理人も兼ねているのかもしれない。


「さて、とりあえず今日のところは休もうか。明日、昼頃に大聖堂に行くとしよう」


 ランベルトによると、宿の方から神殿に連絡はしてもらうように手配はしたという。なので、明日には何かしら連絡があるだろうとのことだった。


 一行は二階に上がると、それぞれの部屋に入っていく。

 ここでも一応、男性と女性で部屋を分けてはある。


「おやすみなさい、コウお兄ちゃん、ランベルトお兄ちゃん」

「お休み、ティナ。エルフィナもお休み」

「はい。おやすみなさい、コウ」

「二人とも、ゆっくりな」

「ランベルトお兄ちゃんもね」


 コウとランベルトは部屋に入ると、早々に寝台に倒れこむ。

 日本人的には体を洗いたいところではあるのだが、倒れこんだとたんに眠気がくる。

 やはり、目的地にたどり着いたという安心感から、体が休みを欲しているのが痛感され――気付けばコウは、眠りに落ちていた。



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