第245話 聖都の宿
ランベルトが案内したのは、巡礼者用の宿という事だった。
ファリウスを訪れる巡礼者は、一年を通しているらしいが、特に夏は多い。
外の光景は夏とは思えないが、これでも冬よりはマシだというから、冬はちょっと想像したくないというのは、全員同意するところである。
ただ、それでも多くて一ヶ月に百人程度。これは、最後の聖都街道の厳しさを考えれば当然だろう。
「あんたたち、巡礼者だろ。大丈夫だったのかい? この間まで、酷い吹雪だったみたいだけど」
ランベルトが先に宿の手続きをしてるので、コウとエルフィナ、ティナは先に宿の一階にある
ファリウスには巡礼者用の宿がいくつもある。
ちなみに宿代その他は基本的に無料らしい。
ただし、貴族であろうが平民であろうが、扱いは同じだという。
ファリウスの建物は大体二階建てくらいと、あまり背は高くなく、例外が街の中心にある大聖堂だ。
その大聖堂から、天井を貫いているのが『光の
その大聖堂を中心に、大体直径
地上にある島の大きさより遥かに大きいので、この街はあの地上にある
地下にある街といっても、今も外を見ると夜空が見えるし、風もある。
確かに街の端を見るとそこは暗くなっていて、おそらく石の壁があるのだろうが、それも城壁だと思えばさほどの違和感はない。
ともすると、地下であることを忘れそうになるほどだ。
「吹雪は何とかなったのですがね。俺たちは
「そりゃよかったね。
「……聖都街道に
手続きが終わったらしく、ランベルトがやってきて意外そうな口調で聞き返す。
すると女性は、少し複雑そうな表情になった。
「前はそうだったんだけどね。最近たまに出るらしい。警護隊が討伐するようにはしてるけどね。大物は滅多に来ないらしいんだけど」
思わずコウとエルフィナは顔を見合せた。
「小物が多いのか?」
「そうだね。ただ、ああいう
少なくとも、あの
となると、いきなり運悪くそういうのと遭遇したのか。
「最近、帝国でも
「そうならないために私達神官がいるんだ。お互い、頑張ろう」
「はは、そうだね。さ、長旅で疲れたろ? 食事はどうするかね」
とりあえず無難な量を注文した。
何気にランベルトが安心した様に見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「しかし、神官だらけの街だと思ったら、ああいう普通の職業の人もいるんだな」
「ん? 給仕の女性か?」
「そうだが……え」
「彼女も神官だぞ。当然だが」
思わずコウは唖然としてしまった。エルフィとティナも驚いている。
「街を維持するためには色々必要なものもあるからな。神官であるとはいえ、普通の仕事をしてる人も多い。料理人や鍛冶師、縫製士など、色々な職業の者がいる」
「すごいな」
「こんな場所だからな。食料とかも自給自足だ。街の中にも農場があって、そこで作業する神官だっているんだ」
「じゃあ……食料って結構貴重だったり?」
エルフィナがおずおずと聞く。やはり気になるのはそこらしい。
「結構生産に余裕はあるとは聞いたことがある。私も詳しくは知らないが」
一万人ほどは住む街で、さらに巡礼者の食事も賄う分は生産してるのだから、実際にはエルフィナやティナが思いっきり食べても、せいぜい五人から十人分。食糧不足になる事態にはさすがにならないとは思うが、それと実際に大量に食べるのはまた別の話ではある。
さすがにエルフィナでもそこは遠慮してしまう。
席に着くとほどなく、先ほどの女性が食事を運んできた。
食事は、驚くほど結構彩り豊かなものだった。
麦をふかして味をつけたものに、小さな魚の唐揚げめいたもの。
新鮮な野菜に挽き肉をこねて焼いたものを、
量的にはエルフィナもティナも不足だったかもしれないが、味は文句なしで、特に二人とも不満を漏らすことなく食べきっていた。
特に小魚の唐揚げは気に入ったようで、それだけは追加注文していたが、確かに美味しかった。
「雪深い場所だと食材の調達も楽ではないという気がするが……すごいなここは」
「そうだな。私も初めて来たときは驚いた」
ランベルトはそういうと、食後のお茶を飲む。
そもそもお茶もここで作られたものだというから驚く。
「そういえば……聖都の名物とかあるのか? 食べ物的な意味で」
「なくはないんですが……どちらかというとお土産的なものというかで」
そう言って、エルフィナは食事が終わったところでいつもの本を取り出した。
「有名なのは
見せてくれた本には、普通の焼き菓子のように丸いものもあれば、聖印――円の中に十字――をかたどったものや、神殿のような形のものまである。
「あとは、聖都周囲の
あの小魚はアルマークという名前だったらしい。
小麦の衣を付けて丸ごと揚げたものだが、骨も含めてとても柔らかくてとても美味しかった。
コウの記憶するものではワカサギが近いか。衣に味がついていたので、天ぷらというより唐揚げという方が妥当だろう。この世界では油で揚げた料理は、一律でルトルと呼ばれる。
「氷に穴をあけて捕るそうです。穴をあけるのも大変らしいですが。丸ごと食べるとか私もどんなのかなって思ってたのですが、美味しかったですね」
「そうだねー。普通にお肉とかもあるし、なんか食事に関しては他の地域とあまり変わらない気がした」
ティナとしては、この先もこのファリウスで過ごすことになると思われるので、食事については大事だろう。あれだけ食べられるかは別だが。
「ほとんど自給自足できるんだな、この街」
「そうだな。冬で吹雪が酷い時とか、一ヶ月以上閉じ込められることもあると聞いたことがあるが、その場合でも、街の中は暖かいし、それに食料や水で困ることはないらしい。ちなみにこの街は、今は
水浄化の
そのため、数千年もの歴史がある古い街――帝都もその一つ――は水道設備が整っていることが多いのがこの大陸である。
ただ、帝都と比べてもこの街はあまりに異様過ぎる。
(ああ、そうか。何か違和感がずっとあると思ったが……この街、本来の用途は街ではないのかもしれない)
外界の影響を完全に排した巨大な地下空間。
そして、その中で大人数が自給自足すら可能な生産設備。
だが、地下空間という時点で、
だが、これがもし街ではないのだとしたら。
(この街は――あるいは、シェルターのようなモノだったのかもしれないな――)
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