第245話 聖都の宿

 ランベルトが案内したのは、巡礼者用の宿という事だった。


 ファリウスを訪れる巡礼者は、一年を通しているらしいが、特に夏は多い。

 外の光景は夏とは思えないが、これでも冬よりはマシだというから、冬はちょっと想像したくないというのは、全員同意するところである。

 ただ、それでも多くて一ヶ月に百人程度。これは、最後の聖都街道の厳しさを考えれば当然だろう。

 宿馬車フェルナミグールがあってもきつかったのだ。まして徒歩などでは、遭難する可能性の方が高い。


「あんたたち、巡礼者だろ。大丈夫だったのかい? この間まで、酷い吹雪だったみたいだけど」


 ランベルトが先に宿の手続きをしてるので、コウとエルフィナ、ティナは先に宿の一階にある食事処ティルナのテーブルに座ったところに、給仕の女性が話しかけてきた。見たところ、四十歳くらい。いかにも酒場を切り盛りしているという感じの女性だ。


 ファリウスには巡礼者用の宿がいくつもある。

 ちなみに宿代その他は基本的に無料らしい。

 ただし、貴族であろうが平民であろうが、扱いは同じだという。


 ファリウスの建物は大体二階建てくらいと、あまり背は高くなく、例外が街の中心にある大聖堂だ。

 その大聖堂から、天井を貫いているのが『光のしるべ』と呼ばれる、地上にも突き出ていた透明な尖塔。

 その大聖堂を中心に、大体直径四キロ八メルテほどの空間が、聖都ファリウスのある大空洞だ。

 地上にある島の大きさより遥かに大きいので、この街はあの地上にあるファリウスの泉オリュス・ファリウスの湖底よりさらに深い位置にあるということになる。


 地下にある街といっても、今も外を見ると夜空が見えるし、風もある。

 確かに街の端を見るとそこは暗くなっていて、おそらく石の壁があるのだろうが、それも城壁だと思えばさほどの違和感はない。

 ともすると、地下であることを忘れそうになるほどだ。


「吹雪は何とかなったのですがね。俺たちは宿馬車フェルナミグールで来たので、何とか順調に」

「そりゃよかったね。魔獣ディスラングとかは大丈夫だったかい?」

「……聖都街道に魔獣ディスラングが出るとはあまり聞かないが?」


 手続きが終わったらしく、ランベルトがやってきて意外そうな口調で聞き返す。

 すると女性は、少し複雑そうな表情になった。


「前はそうだったんだけどね。最近たまに出るらしい。警護隊が討伐するようにはしてるけどね。大物は滅多に来ないらしいんだけど」


 思わずコウとエルフィナは顔を見合せた。


「小物が多いのか?」

「そうだね。ただ、ああいう魔獣ディスラングってのはよく群れるから、でかいのがいるんじゃないかって話はあったよ」


 少なくとも、あの飛竜蛇レヴュヴェアヴァルは、明らかに大物だろう。

 となると、いきなり運悪くそういうのと遭遇したのか。


「最近、帝国でも魔獣ディスラングが変なところで出現したって話も聞いたからね。なんかよくない方向に向かってるんじゃないかって、ちょっと不安だよ」

「そうならないために私達神官がいるんだ。お互い、頑張ろう」

「はは、そうだね。さ、長旅で疲れたろ? 食事はどうするかね」


 とりあえず無難な量を注文した。

 何気にランベルトが安心した様に見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


「しかし、神官だらけの街だと思ったら、ああいう普通の職業の人もいるんだな」

「ん? 給仕の女性か?」

「そうだが……え」

「彼女も神官だぞ。当然だが」


 思わずコウは唖然としてしまった。エルフィとティナも驚いている。


「街を維持するためには色々必要なものもあるからな。神官であるとはいえ、普通の仕事をしてる人も多い。料理人や鍛冶師、縫製士など、色々な職業の者がいる」

「すごいな」

「こんな場所だからな。食料とかも自給自足だ。街の中にも農場があって、そこで作業する神官だっているんだ」

「じゃあ……食料って結構貴重だったり?」


 エルフィナがおずおずと聞く。やはり気になるのはそこらしい。


「結構生産に余裕はあるとは聞いたことがある。私も詳しくは知らないが」


 一万人ほどは住む街で、さらに巡礼者の食事も賄う分は生産してるのだから、実際にはエルフィナやティナが思いっきり食べても、せいぜい五人から十人分。食糧不足になる事態にはさすがにならないとは思うが、それと実際に大量に食べるのはまた別の話ではある。

 さすがにエルフィナでもそこは遠慮してしまう。


 席に着くとほどなく、先ほどの女性が食事を運んできた。

 食事は、驚くほど結構彩り豊かなものだった。

 麦をふかして味をつけたものに、小さな魚の唐揚げめいたもの。

 新鮮な野菜に挽き肉をこねて焼いたものを、お米ラスを潰したもので包んで焼いたものなど。


 量的にはエルフィナもティナも不足だったかもしれないが、味は文句なしで、特に二人とも不満を漏らすことなく食べきっていた。

 特に小魚の唐揚げは気に入ったようで、それだけは追加注文していたが、確かに美味しかった。


「雪深い場所だと食材の調達も楽ではないという気がするが……すごいなここは」

「そうだな。私も初めて来たときは驚いた」


 ランベルトはそういうと、食後のお茶を飲む。

 そもそもお茶もここで作られたものだというから驚く。


「そういえば……聖都の名物とかあるのか? 食べ物的な意味で」

「なくはないんですが……どちらかというとお土産的なものというかで」


 そう言って、エルフィナは食事が終わったところでいつもの本を取り出した。


「有名なのは焼き菓子ルタリアですね。色んな形があって、装飾が凝ってたりと色々と」


 見せてくれた本には、普通の焼き菓子のように丸いものもあれば、聖印――円の中に十字――をかたどったものや、神殿のような形のものまである。


「あとは、聖都周囲のファリウスの泉オリュス・ファリウスに生息する魚、アルマークの揚げもの ルトルですね。さっき食べたものですが」


 あの小魚はアルマークという名前だったらしい。

 小麦の衣を付けて丸ごと揚げたものだが、骨も含めてとても柔らかくてとても美味しかった。

 コウの記憶するものではワカサギが近いか。衣に味がついていたので、天ぷらというより唐揚げという方が妥当だろう。この世界では油で揚げた料理は、一律でルトルと呼ばれる。


「氷に穴をあけて捕るそうです。穴をあけるのも大変らしいですが。丸ごと食べるとか私もどんなのかなって思ってたのですが、美味しかったですね」

「そうだねー。普通にお肉とかもあるし、なんか食事に関しては他の地域とあまり変わらない気がした」


 ティナとしては、この先もこのファリウスで過ごすことになると思われるので、食事については大事だろう。あれだけ食べられるかは別だが。


「ほとんど自給自足できるんだな、この街」

「そうだな。冬で吹雪が酷い時とか、一ヶ月以上閉じ込められることもあると聞いたことがあるが、その場合でも、街の中は暖かいし、それに食料や水で困ることはないらしい。ちなみにこの街は、今は恵みの泉ファルテスオリュス浄化の壺オリストファーレで水の循環を行ってるが、かつてはそれがなくても水を補給し、浄化する仕組みがあるらしい。私も詳しくは知らないが」


 水浄化の法術クリフが開発されたのは、古王国期とされている。その後、十四王国時代に法術具となったが、当時の法術具の生産数はそう多くはなく、爆発的に普及したのは帝国時代だ。

 そのため、数千年もの歴史がある古い街――帝都もその一つ――は水道設備が整っていることが多いのがこの大陸である。

 ただ、帝都と比べてもこの街はあまりに異様過ぎる。


(ああ、そうか。何か違和感がずっとあると思ったが……この街、本来の用途は街ではないのかもしれない)


 外界の影響を完全に排した巨大な地下空間。

 そして、その中で大人数が自給自足すら可能な生産設備。

 だが、地下空間という時点で、洞妖精ドワーフならともかく、人間エリルが住むには本来は適してはいない。

 だが、これがもし街ではないのだとしたら。


(この街は――あるいは、シェルターのようなモノだったのかもしれないな――)

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