第一部 第九章 世界が変わる時

聖都到着

第244話 聖都到着

「これが……聖都、ファリウス……?」


 ファリウスへ向かう最後の難関だと言われたのが、それほどの急坂ではないものの、おそらくは大きな山の斜面を登ってると思われる坂だった。

 そしてそれを登り切ったところから少し降りたところに聖都ファリウスはあると言われ、無事登り切った一行が見たのは――巨大な円形の盆地のような平原。


(これは――カルデラ地形、か?)


 周囲をぐるりとなだらかな山に囲まれた円形に近い盆地といえば、コウが思いつくのはカルデラ地形だ。

 そして、その中心に盛り上がった場所があり、おそらくそこがファリウスなのだろうが、見た目には円形の白い大地があるだけ。

 そしてさらにその周囲を、際立って白い大地が取り囲んでいた。


「あれって氷?」

「そうだ。ファリウスの泉オリュス・ファリウスと呼ばれるファリウスを取り囲む、融けることのない氷の湖だ」


 なるほど、これは確かに見てみなければわからない。

 ランベルトがもったいぶった理由もわかった気がする。


 中央にある島の部分が聖都ファリウスとのことだが、遠目にはただ白いだけの島に見える。建物らしきものが見当たらない。

 ランベルトによると、島の大きさは、直径二キロ四メルテほどらしい。

 ということは、このカルデラ地形の直径はおそらく十キロ二十メルテほど。

 ただ、島の中心にわずかに光るなにかが見える気がするが――。


「ここまで来たら、ファリウスに何とか入ってしまおう。神殿に赴くのは明日になるだろうが」


 ランベルトの提案に、一行は全員頷く。

 宿馬車フェルナミグールはそこそこ快適とはいえ、やはり宿で思いっきり足を伸ばして眠れる方がありがたいのは事実だ。


「しかし、湖はどうやって……もしかして上を渡れるのか?」

「無論だ。融けることのない湖だといっただろう。実際、その氷の分厚さは五メートル十カイテル以上とされててな。まず割れることはない。夏でこれだからな」


 道理で寒いわけである。

 正直、すでに真冬だと言われても納得するほどに周囲は寒い。


「街に入れば暖かいしな。さあ、行こうか」


 ランベルトが手綱を繰ると、それに雪獣アルララが応えて進み始めた。

 馬車は斜面を滑るように降りて、それから湖の上に出る。

 確かに、氷は割れる気配すらない。

 長く雪が積もってはそれを整備されたのか、まるで氷の道のようなものが出来ているくらいだ。


「すごいね。なんかおとぎ話の氷の城みたい」

「しかし、見たところ島には建物らしいものはほとんどなかったが……ランベルト、あれは?」


 コウが指さした先、ファリウスがあるという島の中心辺りに光り輝く尖塔があった。

 正しくは、それが光っているわけではない。

 ただ、まるでガラスでできた建造物であるかのように、それは夕陽を受けて輝いていたのである。


「あれがファリウスの神殿の尖塔だ。もっとも、あの塔は人は入れないんだが」

「……すごいな、あれは」


 遠目にもかなり大きいのが分かる。

 高さは二百メートル四百カイテルはありそうだ。


 そうしている間に辺りはどんどん暗くなるが、その頃になってようやく島が近づいてきた。

 だが、近づいてもなお、島には建物などがあるようには全く見えない。

 完全に雪に覆われた――中央にある尖塔以外――何もない島だ。


「どこに街があるんだ、これ?」

「はは。最初に来た人は誰もが驚くんだけどな。私もそうだったし」


 そういうとランベルトは島に上陸する寸前に馬車の方向を変える。よく見ると、氷の上の道は島に上陸するようになっておらず、島の外周を回るようになっていたのだ。

 そして走ること十分四刻ほど。島の端が切り立った崖のようになっている場所まで来てしまった。

 ここからでは島に上がるのは無理――と思いきや。その崖に、巨大な洞穴が口を開いていたのである。

 そしてランベルトは迷わずそこに馬車を入れる。


「……まさか、ファリウスというのは」

「そうだ。聖都ファリウスは、この島の地下にある街なんだよ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これが、地下なの?」


 ティナが驚いたように顔を上げた。

 そこに見えるのは、星空だ。


 洞窟はかなり曲がりくねった上に、ひたすら下っていて、その奥にかなり立派な門構えがあり、そこで一行は一度足止めされた。

 おそらくファリウスに入るための検問というところだろう。

 対応はランベルトがしてくれたが、特に何も問題なく終わったようで、一行はすぐ門を通された。

 なお、洞窟を入ってすぐに普通の石畳になっていたので、馬車のそりはすでに外している。


 そして扉を抜けて進むこと一分半刻ほどで、突然目の前が開けたのだ。


 地下都市ということで、圧迫感や閉塞感があるのかと思ったが、そういうことは全くなかった。

 地下だというのに風もあり、空気が澱んだ感じもなく、外よりはるかに暖かく快適だ。

 そして何より、空にあたる天井には星空が瞬き、むしろ地下であることを忘れそうにすらなる。


 地下都市というとドルヴェグを思い出すが、正直あそこよりはるかに快適だといえた。

 あの街も居住空間が地下にもあったが、それは地下で暮らすことを基本として入り洞妖精ドワーフが多かったからである。人間や他の種族は地上に住んでいた。そうでなければ普通、気が滅入る。


 だが、この街は地下だというのに、感覚的には地上とほとんど変わらないように思える。

 エルフィナやティナの感想も同じらしい。


「私も初めて来たときは驚いたよ。いや、今でも驚くな。ただ、この構造ゆえにどんなに雪が降ってもこの地は大丈夫というわけだ。ちなみに昼は、天井全体が明るくなって、空が見える」

「地下にあるから雪が大丈夫というのは分かるが……空が見えるってのはどういう理屈だ」


 天井が巨大な映像ディスプレイにでもなっているのか。

 だとすれば、少なくとも現在のこの世界の技術ではない。確実に、エルスベル時代の遺産ということになる。


「私もそこは詳しく知らないな……。朝になればとりあえず実感できるさ」


 この辺りはランベルトはあまり深く考えていないらしい。

 ただ、エルスベル時代のことを知っているコウやエルフィナからすれば、そのあたりこそ気になる個所だ。


「もし本当に空が見えるなら、明らかにこの時代の技術ではないですね。もしそうなら、あるいはこの都市そのものが……」

「その可能性は低くないからな……。まあ、とりあえず今日のところは休みたいのが本音だが」

「それは確かにそうですね」

「一応だが。食事は控えめにしておけよ……さすがに、こういう環境だと食料が豊富とは限らんし」


 コウはエルフィナと、近くにいたティナにも聞こえるように少しだけ音量を上げて言う。

 するとエルフィナと、聞こえたらしいティナが「う」と小さくうめき声に似た声を漏らしていた。


「わ、わかってます。ちゃんと弁えます」

「う、うん。大丈夫。それにまあ、今日はそれより眠りた……ふわぁ……」


 ティナは見事に言葉の最後があくびにつぶされていた。

 それを見て、コウとランベルトは思わず小さく笑ってしまい、ティナが顔を赤くする。


 それは、ようやく目的に着いた、という安心感も感じられるものだった。

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