第238話 カラナン遺跡の正体

「ティナちゃん!?」


 エルフィナが驚いてティナに駆け寄ると、両肩に手を置いて呼びかけた。

 そのティナは、しかしそれが見えてないかのようにただ茫然としていて――。


「まさか――こんなところで出会うとは思いませんでした」


 その声は確かにティナのものであったが、しかしその口調はまるで違う。さらに言えば、発音のイントネーションも微妙に違う感じだ。


「ティナ?」

「ああ……まさかこんな場所で。ここに私ではあなたに十分な説明ができないというのに」


 言ってる意味がさっぱり分からない。


「……誰だお前は」


 分かることは、今言葉を発しているのは間違いなくティナではないという事だった。

 おそらく何かに乗っ取られているか、あるいは何かの言葉を代弁させられているか。


「そう恐れないでください。この少女は……おそらく神王エフィタスとしての資格を持つ者でしょう。だから、魔力中継器マナエザクトに宿った私の欠片に反応してしまった」

「た、確かにティナちゃんは神子エフィタスと言われてますが……」

「……そういう、ことか」

「コウ?」


 エルフィナの疑問にコウは答えずに、ティナの方に向き直った。


「お前は……何者だ」

「私は――ああ、ダメです。その情報は。私は神王エフィタス。ですが固有名の情報は与えられていません。ただ――この魔力中継器マナエザクトについて説明するためだけに在る存在です」

魔力中継器マナエザクト……?」

「魔力を中継する装置……みたいなものみたいだろう」


 するとティナが――正しくは中に入り込んでいる人格が――驚いたような仕草を見せた。


「驚きました。理解が早い――ええ。これは魔力マナを中継し、放出する装置。それにより、大気を魔力で満たし、接続フェブラスト権限スタルクからの力をより引き出しやすくするためのものです」

中継エザク、と言ったな。一体どこから?」

「それは当然、次元結界アクィスレンブラーテからです」

「……コウ。あとでまとめて説明してください。私では意味の理解も含めてちょっと無理です」

「分かった」


 コウは《意志接続ウィルリンク》によって今ティナ――正しくはその中に入り込んでいる人格――が言う事でもある程度概念を理解できるが、エルフィナにはそれは無理な話だったのだ。


次元結界アクィスレンブラーテとは何だ?」


 その言葉は、あの帝都近くの湖底遺跡でも聞いた単語だ。

 あの時も、何かしらのエネルギー源だったような印象だったが、どうやら間違いないらしい。

 少なくとも、エルスベルはその次元結界アクィスレンブラーテというものから、エネルギーを得ていたのは間違いなさそうだが、そもそもこれが何なのかが分からない。


「それに答えられる情報は持っていません……すみません」


 強いて言うと、このティナに宿っているのは、あのドルヴェグの地下にあったあのシステムとは、また違う気がする。

 どことなく人間味があるというか、そんな感じだ。


「じゃあ質問を変える。この魔力中継器マナエザクトは、今も稼働しているのか?」

「正常に、ということであれば、いいえ、です。機能それ自体は継続されてますが――正常ではありません」

「どういう、意味ですか?」

「この装置は本来次元結界アクィスレンブラーテから魔力マナの供給を受けてそれを放出する装置ですが、現状、次元結界アクィスレンブラーテとの接続は断たれています。そのため、装置は緊急対応による魔力供給を実施していますが、それが暴走しているようです」

「暴走?」

「はい。定期的に、

「え?」


 コウとエルフィナは思わず顔を見合せた。


「大地を侵食?」

「はい。だいたい――千年に一度程度、大地を大きく浸食し、それを魔力に変換して機能を維持しています」

「まさか、それは自分の周囲、というより自分の下にある地面を、か?」

「肯定します。しかし次元結界アクィスレンブラーテからの供給が全くないからでしょう。その機能が制御を失い、過剰に魔力を補給、放出しているようです。その影響で、この場はずいぶんと地下に沈み込んでいるようです」


 つまり、定期的に地面を沈みこませていたのは、他ならぬこの装置だったという事か。

 遺跡が多層構造になっていたのも、それが原因だ。

 つまりここは、定期的に沈み込み、おそらくその都度壊滅しているのだろうが、この装置があるがゆえに、強力な魔力が揺蕩う土地となり、法術の研究が行われ続けていたということになる。


 だが、となれば次に沈むと、今度はこの上にいる十万人もの人が犠牲になる可能性がある。


「その、装置は止められないのか?」

神王エフィタスの権限であれば停止できます」

「それはあんたじゃないのか?」

「それは違います。私はあくまで神王エフィタスの情報を与えられただけの存在。神王エフィタス本人ではありません。ですが貴女は、その権限をお持ちのようです」


 そういうと、ティナはエルフィナに視線を向けた。


「え――」

「貴女の気配は、間違いなく神王エフィタスとしてのもの。私のオリジナルテリオンで間違いありません。あなたの御命令ならば、本器はその機能を停止いたします」


 エルフィナが、半分泣きそうになりながらコウを見上げた。

 とはいえ、これはコウにも何が何だかさっぱりわからない。

 ただ、ドルヴェグの地下遺跡で、エルフィナは神王エフィタスフィオネラと誤認された。そして、ここでもまた神王エフィタスであると言われている。

 この相対している、ティナの中にもぐりこんだ存在は、エルフィナを自分のオリジナルと誤認しているということは、おそらくこの人格プログラムか何かわからないが、これのベースは神王エフィタスフィオネラなのだろう。


「と、とにかく止めてもらおう。このままだと、いつか分からないが次の魔力補給時に、この地がまた沈むことになる」

「わ、わかりました。えと、じゃあ装置を停止してください」

「承知いたしました。停止手順確認。確認完了。停止処理実施。なお、現在ため込んだ魔力が放出完了するまでは、魔力の放出は止まりません。推定であと五百年ほどは継続するでしょう」


 つまり放置していれば、あと五百年ほどでまた沈むところだったのだろう。


「本器の停止と共に、私の役割も終わります。本当は――あなたに伝えるべきことがあった筈なのですが」

「え?」


 その時、ティナはエルフィナではなく、コウを見てはっきりとそう言った。


「それは私のオリジナルテリオンからお聞きしてください。それでは――」

「ちょ、待て、どういうことだ!?」

「ああ……やっと成功したのですね、私。この世界を再び――」


 それを最後に、ティナががく、と崩れ落ちた。

 コウが慌ててティナを支える。


「ん……あれ? おにいちゃん?」

「ティナ。気付いたのか」

「私……寝てたの?」


 コウとエルフィナは思わず顔を見合せた。

 おそらくこれは、ティナは先ほどの話を全く覚えていないのだろう。


「疲れたのだろう。大丈夫だ」

「ん……ごめんなさい。えと、何か……わかった?」

「大丈夫よ。色々と分かった……と思うわ」


 ティナは眠そうに目をこすっている。


「あ、そうだ。これ、外れたみたいだから、つけてあげるね」


 エルフィナはそういうと、ティナの足元に落ちていた髪留めを拾い上げた。


「あ。いつの間に……ありがとう、お姉ちゃん」


 果たしてこれが自然に外れたのかどうかは分からないが、またティナに付けてあげると、ティナの髪が赤に、瞳は青色に変わる。


「最近はそっちばっかりだから、馴染んできたわね」

「うん。私もこっちが落ち着く気がする」


 そう言ってから、ティナは巨大な装置――魔力中継器マナエザクトを見上げた。


「結局これ、なんだったの?」

魔力マナを放出するものだったみたい。作られたのがいつか分からないくらい昔みたいだけど」

「ほえー。すごいねぇ」


 本音を言えば、コウとしてはもう少し情報が欲しかったとは思うが、もうあの神王エフィタスの意思は出てこないような気がしていた。

 それ以外にはここには何もなく、先ほどから調べているが、周辺にも他には何もないらしい。

 あるいはかつては色々あったのかもしれないが、あの魔幻蛇マナディヴァーが全部壊してしまったのかもしれない。


「じゃあもう探検終わり?」

「そうだな。まあ、帰り道は分かっているし、急いで戻ろう。といっても、途中どこかでもう一回休む必要はあるだろうがな。そろそろ地上が恋しいのは事実だ」

「そうだね。私もそろそろ、太陽が恋しい」

「それは私も同感です。地上に戻ってヤウェル焼き食べたいです」

「あ、それは私もっ」


 食い意地が先に来る少女二人に、コウは思わず苦笑していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その翌日、三人は無事地上に戻ってきた。

 三日間もいなかったわけで、その間ランベルトはとても心配していたらしい。


 なお、コウとエルフィナは冒険者ギルドには、さらに地下に行く道があったことだけは伝えた。ただ、あの巨大な大穴の底については伝えなかった。

 というのは、どちらにせよあの階段は途中が崩れていたので、コウ達の様に飛行する手段でもなければ、装備を整えていない限りはまず降りれない状態だったのだ。

 いずれは調査されるだろうが、コウもエルフィナも、そこまでは責任は持てない。


 さらに翌日の昼に、里帰りを終えたミレアが戻ってきて、久しぶりに五人そろった一行は、最後のザルツレグでの食事をして――翌朝には出発した。

 目指すはランカート王国。

 そしてのその次は、もうファリウス聖教国となる。


 旅の終わりがついに、見え始めてきた。

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