第233話 カラナン遺跡深層へ
二日後。
コウとエルフィナ、それにティナは、十分に準備を整えてカラナン遺跡探索へと出発した。
当然と言えば当然だが、最初、ランベルトは猛反対。
だが、ティナが強くコウとエルフィナがこの遺跡について、今回調査すべきである――理由を一切言わないというか根拠がないのだが――と主張し、結局ランベルトが折れた形だ。
それならばランベルトもついていくと言い出すかと思ったが、さすがにランベルト自身、遺跡探索などに自分が向いていないのは十分承知していたらしい。
彼は神官戦士として優秀ではあるが、限定された空間での戦闘などは慣れていないし、遺跡探索などしたことはない。
普通に考えて足手まといになる可能性が高いから、と自分で辞退してきた。
ただ、最大でも五日以内に帰還すること、という条件を付けてきた。
これでもだいぶ譲歩した方だろう。
最初は日帰りと言いだしていたのだ。
カラナン遺跡は、十四王国時代のもので、大体地下
コウやエルフィナが目指すのは、そのさらに奥だ。
カラナン遺跡の入口は、神殿からもほど近い建物の中にある。
ここだけを見ると、まるで観光地だ。
というより、浅い層は危険などもほとんどないので、ファリウスへの巡礼者や他の地域から来た旅人などが観光がてら訪れることもあるらしい。
一応常に
無論コウとエルフィナはそこからさらに深層へと向かうわけだが、さすがに深層の入口で引き留められた。
コウとエルフィナはともかく、十一歳の少女であるティナがこの先に進むのは、普通はないだろう。
しかしこれに対しては、ランベルトが書いた委任状が効果を発揮した。
それには、ティナがランベルトの代理人として、神託――この世界の場合は
ちなみに言うまでもなく、そんな神託は実際にはないのだが。
神殿発行の正規の委任状であり、ティナ自身、神殿所属であることを示す『証の紋章』は持っている。加えて、コウとエルフィナはその護衛という扱いで、二人の持つ『証の紋章』に刻まれた技量ランクが、その委任状の説得力を後押した。
そんなわけで、あっさりと通ることができた三人は、遺跡の下層へ降りる道を降り続けている。
「なんか思ったより明るいね、お兄ちゃん」
「そうだな……ホントに整備されているというか」
多分かつてはもっと起伏に富んだ、歩きにくい通路だったのかもしれないが、現状通路はとても歩きやすく整備されている上に、一定間隔毎に灯火によって明りが灯されている。
灯火は大体
そして、だいたい灯火二十個あたりに一つ、油を溜める壺が設置されている。
つまり、一定間隔毎にある油壷に燃料を入れて、一気に補充する仕組みらしい。
灯火それ自体は、地球で言えばオイルランタンだろう。ただ、基本裸火なので地球のランタンの様に明るくはない――あれは確か特別な素材で明るくなっていた――が、ここのランタンは壁側を鏡で覆っているらしい。
そのため、その光の反射もあって、普通よりかなり明るく、灯火と灯火の間でも、わずかに見える程度には照らしてくれていた。
夏ではあるが、地下の温度はむしろ涼しいか寒いくらい。
これは、カラナン砂漠の砂の温度も影響しているのかもしれない。
途中、何度か分かれ道があったが、それはそれぞれの層の遺跡に入る入口らしい。
一行の目的は遺跡の深部なので、それは無視してひたすら降り続ける。
やがて、一時間も歩いた頃に、とても大きなスペースに出た。
この辺りになると、さすがに明りはややまばらになる。
「おや、誰か来たのか」
とりあえず周りを確認しようとしたところで、声をかけられた。
現れたのは、三十歳くらいの武装した男性が四人。
それに、武装していない、明らかに戦えないと思える男性が一人。こちらはもう少し年齢が上か。
「
先頭に立っている男性がコウに声をかけてきた。
「ああ、そうだ。ちょっと事情があって、深部を目指している。あなた方も?」
「深部って……若いお嬢さん二人連れでか?」
「まずいのか?」
「いや、そうじゃないが……まあ
「分かってる。ありがとう」
コウはそれだけ言うと、通路を進む。
ちなみにこの間、他の男たちはずっと周囲を警戒していた。
なるほど、油断できない場所というのは確からしい。
実際、軽く探知法術を使ってみると、少し離れたところに何かの気配があった。
警告すべきかとも思ったが、こちらに来る気配もないし、無駄に緊張させるのも良くないと思って、「お互い気を付けよう」とだけ言うと、さらに進む。
「お兄ちゃん。あの人たちも遺跡の調査の人?」
「多分な。持ち出せない資料があるとかいう話だったし、現物を調査したいというのは一定数いるらしい。だからその護衛の仕事も多いそうだ」
この街の冒険者の仕事の多くは遺跡探索の護衛だという。
むしろコウ達の様に、自ら調査したいという冒険者は、やや変わり者なのだろう。
もっとも、研究者兼冒険者という者もいるとは思うが。
さらに深層に向かうと、そのあたりからはほとんど灯火もなくなっていく。
道はある程度整備されているが、上層ほどではないだろう。
体感だが、先ほどの場所から
さすがにこの辺りになると、手元が怪しくなるのもあるので、本来であれば明りの法術を使うところだが――。
コウは、二人に法術をかける、と前置きしてから、ある法術を発動させた。
「[
「ほえ……え、ナニコレー!?」
ティナが素っ頓狂な声をあげた。
「なんか面白い。真っ暗なはずなのに、凄く良く見える。どうなってるの、お兄ちゃん」
「簡単に言えば、本当にわずかな光でも見えるようにしたんだ。それと、
「ほえー。よくわかんないけどすごいね、お姉ちゃん」
「ホントに……便利ですね、これ」
「これなら、こっちに光源がないから、相手に先に気付かれる心配もないしな。むしろあちらが明るければ、こちらが一方的に発見できる」
暗闇の探索では明りが基本的に必須だが、その場合闇に潜んでいる相手に自分の居場所を報せてしまうという欠点がある。
魔獣の中には、全く光がない闇でも、視覚情報に何ら不自由しないような種類もあるし、むしろこのような遺跡に潜む魔獣なら、そういう可能性の方が高い。
実際、
この法術は、実際にはごく微量な、通常では可視範囲にない光線を周囲に放ち、その反射を捉える視覚と、赤外線視覚を組み合わせたものを対象に付与する。
つまり、よほどのことがない限り視覚的にこちらに気付かれる可能性はほとんどない。
さらにコウは、自分自身には広範囲の音響探知や熱源探知の法術も付与。これによって、視界外の存在でも検知できる。
維持にかかる魔力は多少あるが、それほどではない。
「さて、とりあえず先に進もう。できれば、古王国期の遺跡は通過しておきたいところだ」
話の通りなら、二時間ほど歩けば着くという話だ。
これまでと異なり、道はあまり整備されておらず、ともすると転びそうなほどボコボコした場所もある。
普通の照明器具だと足元が不安だろうが、この法術を使っている限りはそれは問題ない。
途中、離れた場所に魔獣の存在を感知した時はわざと方向を変えて遭遇しないようにしつつ、コウ達はさらに深層を目指し――昼前には、古王国期の層の調査拠点に到着した。
「ここが……今から六千年は前の遺跡、ですか。なんか不思議ですね」
エルフィナが感心した様に周囲を見渡す。
調査拠点はいくらかの備蓄や、魔獣除けの法術具なども設置されていた。
他に、食料なども。
とりあえずコウも、もし行くなら、と頼まれていた補充物資を下ろしていく。
ここはこうやって、来た者が物資を補充するのが決まりらしい。
「六千年前かー。私はもちろん、お姉ちゃんも生まれて……ない?」
「そうですね。私なんてまだ百五十年ちょっとですから」
「それはそれですごいけど。っていうか、そんな昔にあった遺跡が、こんな地下に残ってるのもすごいよね」
「そうだな……」
それを言うと、ドルヴェグの地下にあった一万年前のあの遺跡はもはや存在が破格だろう。何しろまだ遺跡が生きていた。対してこちらは、さすがに完全に廃墟だ。
とはいえ、さすがに六千年前となると、コウも不思議な気持ちにはなる。
地球で言えば、古代メソポタミア文明の、それも最初期の文明の頃だ。
ただ、この世界の場合、それ以前により進んだ文明の存在があるからか、この時点でも現在とそう変わらない建築様式にも思えた。
「とりあえず、少し休むか。お昼頃のはずだしな」
「そうですね。さすがに明りも点けましょう」
「ああ、そうだな」
コウが法術による明りを灯して、視覚補助の法術を解除する。
「ふわー。なんか……こういう明りって、安心できるね」
「そうね。先ほどのは便利ですけどね」
その気持ちはコウにも分かる。そもそも、視覚にそういう付与を行う発想は、この世界の人間はあまりないだろう。普通は、周囲を明るくするものだ。
「さてと。とりあえず食事をしてから……」
コウは調査拠点の出口、その先に視線を向ける。
地図の通りなら、調査拠点から
その先へ踏み込んだことがある人間は、ここ十年では数人。
この遺跡が発見されてからでも、二十人程度だという。
調査が試みられなかったわけではない。
だが、その先に住まう魔獣はかなり強力なものが多く、リスクがあまりに高いということだが、コウやエルフィナからすれば、少なくとも
「まあ、無理はしないようにしましょう。ティナちゃんも一緒ですしね」
「私は大丈夫だよ。なんかこういう探検って、楽しい」
普通に考えれば、真っ暗闇を延々と進んでいるわけで、それなりに精神的にきついものもあるとは思うが、ティナを見るとそれによるストレスなどは全くないようだ。
さすがは
「まあ、少しずつ進むとしよう。とりあえず目標は、かつて
当該の調査は、これまででも数度しか行われていない。
あるいは今回で、新しい発見がある可能性もある。
とりあえず何か手がかりがつかめるのを期待しつつ、一行は一旦の骨休みをするのだった。
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