第230話 不思議な名物料理

 コウとエルフィナは、とりあえず食事をすべく繁華街を少し歩き、エルフィナが良さそうだと思った店に入った。


「これはまた……変わってるというか」


 店のテーブルの真ん中に、いずれも砂がある。その中心は赤くなっていて、おそらくかなりの高温なのだろう。時折、ちらちらと炎も見える。

 日本的に言えば囲炉裏がテーブルの真ん中にある感じだ。

 前にアルガンド王国の王都アルガスで鉄板焼きの店はあったが、これはそれとも違う。


「これは……直火で何かを焼くという事か?」

「はい、そうですね。ちなみに、テーブルの真ん中にある焼き場の燃料は、カラナン砂漠の砂だそうですよ」


 コウは思わず目が点になった。

 燃料になる砂、というだけでも驚きだが、それが外にたくさんある砂ということは、それはつまり最悪火が付けば砂漠が炎の海と化すという事か。


「そんなはずはないでしょう。それに、コウ覚えてますよね、この砂漠の砂」

「……そういえば、妙に冷たかったな」


 街に入る時にも少し触れたが、この砂漠の砂は異様に冷たい。

 真夏の昼間だというのに、この辺りの気温が二十度程度なのは、この砂からの冷気が理由だ。

 夏だろうが夜はその上に水を張った桶を置けば、凍り付くというのだからすごい。


「この地域の砂は、砂に見えて違うという説もあるくらいで、謎が多いんです。今でも解明されてませんし。ただ、わかってることとして、この砂を一定以上の高温で一日ほど炙ると、とたんに燃料に変わるそうで。ちなみに名前はそのまま、カラナン砂と呼ばれますね」


 炭みたいなものだろうか。

 炭は高温になることで酸素と混ざって二酸化炭素が生じ、その際に生成されるエネルギーが熱として放出される。

 火をつけることで、反応が加速されるとかで炭は燃えるのだと聞いたが、この砂も同じものという事か。


「炭はこちらでもありますが、あれより効率の良い燃料として知られてます。少量でも同量の炭よりは効率よく熱を得られるそうで。今では法術具クリプトによる過熱が普及したので、カラナン砂はあまり使われなくなったそうですが、今でもこだわりの焼き方をする店は帝都とかにもありましたよ。ま、この街はその発祥の街ですから、こんな風にこだわってるわけです」


 とりあえず席に案内されると、コウはしげしげとその砂を見てみた。

 確かに、中央付近の砂は赤熱の色を伴っていて――温度変化による色の変化はこの世界でも同じ――手をかざすとかなりの高温であることが分かる。


「あと、カラナン砂の欠点とされるのは、点火時に必要な火力が非常に高いことですね。なので、大抵は専用の法術クリフ法術符クリフィスで点火するそうです。まあ、カラナン砂はその持続時間が炭より遥かに長いので、このような店だと多分ずっと火をつけっぱなしでしょう」


 そういうと、エルフィナは手前にある砂に指を少し触れ、それからその砂を掬う。


「暑くないのか?」

「大丈夫です。そりゃ、中心付近はものすごい高温でしょうけど。火力が弱まったら、この砂を中心付近に追加すれば、火力が戻るというわけです」


 ちょっとやそっとでは火が付くことはない燃料、というわけだ。

 今でこそ法術具クリプトによる加熱が当たり前だが、確かにこれは安全性という点でもいい素材には思える。

 ただ同時に――。


「さすがにこのカラナン砂、この世界でも異様な物質だよな」

「そうですね。先ほども言いましたが、いまだに詳しい原理は分かってないそうです。あまり研究する人もいないのでしょうが……この街ならいるとは思いますけど。聞いたことがある話としては、この砂自体がある種の法術具クリプトみたいなものじゃないか、とか」


 そんなことを話していると、注文――先ほどエルフィナが色々やっていた――したものがやってくる。

 主に串に刺さっている物ばかり。魚や肉、野菜等がある。

 周りを見ると、これを周りの砂に刺して、自分で火に炙って食べるらしい。


「で、これが一番楽しみだったヤウェルです」


 そういってエルフィナが見せてくれたのは、見た目は――ちょっと地球では該当する食材は思い浮かばない。

 あえて言うなら、串に刺さった大根か。

 わずかに黄色みのある、直径三センチ半セテス強ほど、長さは十五センチ三セテスほどの、円筒型。

 何かを練り固めたのかと思ったが、よく見るとそういう感じではない。

 いずれにせよ、地球にあるものではないのは確かだ。


「これは……なんだ?」

「これは、ヤウェルというこの地域だけで獲れる特産の野菜なんです」

「野菜? ……まあ、確かに……そう、か」


 大根みたいだと思ったのは、ある意味間違いではなかったらしい。


「これも炙って食べる……んだよな」

「そうなんですけど、生でも行けるんです。まずは食べてみてください」


 そう言いながら、エルフィナは迷うことなくその身をかじった。

 コウもそれに倣うと――。


「柔らかいな。それに――なんだこれ」


 大根みたいな見た目から、固い食感が来ると思っていたが、むしろ柔らかな食感は、バナナのようでもある。

 果肉といっていのか、それは非常に瑞々しくて、あふれ出る果汁といってのか分からないそれは、ほのかな甘みと酸味のバランスが絶妙だ。

 これで甘すぎると食事には適さないが、この程度なら前菜としては最適だと思えた。胡瓜が少し甘い感じだろうか。海外のメロンとかは日本のそれと違って甘味が少ないと聞くので、それが近いかもしれない。


「で、ちょっと炙ります」


 エルフィナが、上の部分を少し食べた状態で、串を砂に突き刺してヤウェルを炙る。コウもそれに倣った。

 熱に炙られたヤウェルから、じわじわと果汁がしみだしていくのが見える。


「だいたいこのくらい……と聞いてますが」


 そう言うと、エルフィナはヤウェルを取ると、少し冷ましながらそれを食べて――満面の笑みになった。

 これ自体はいつもの光景と言えばいつもの光景だが、先ほど食べたものとそう変わるはずは――と思いながら食べて、コウは思わず驚いてしまった。


「なんだこれ。全然さっきと違う」


 先ほどの、バナナのような柔らかさではなく、少し弾力のある柔らかさ。そして何より決定的に違うのは、味だ。

 先ほどは甘味と酸味を感じさせるものだったが、今度のはむしろ塩気がある。

 あえて言うなら、上等な肉を食べている気分だ。


「面白いでしょう。ヤウェルはカラナン砂漠にのみ自生する、焼くことで味が変わる食材だそうです。ただ、非常に劣化しやすいので、この地域以外ではまず食べられない。食べたければここに来るしかないそうです。ちなみに、例の本には、プラウディス帝が一度食べに来た逸話が書いてありましたね」


 それはさぞ大騒ぎだっただろう。

 だが、あの皇帝の事だから、別に驚くには値しない気がする。


 そうしてる間に、エルフィナはあと五センチ一セテスほどを残して食べて、また火に炙る。


「もしかしてまだ変わるのか?」

「そうらしいです。なんか、焦げ目がなくなるまでとあるんですが……」


 とりあえずコウもそれに倣う。

 エルフィナによると、最後はかなり時間がかかるらしいので、その間に他の食材も火に炙りつつ食べた。

 こちらはもちろん見た目通り、期待通りの味ではあるが、やはり直火で炙るというのは、どこか美味しいと思わせる何かがある気がする。


「そろそろ……ああ、なるほど」


 エルフィナの声に、コウは炙り続けていたヤウェルを見ると、ヤウェル表面がすっかり焦げていたのが、その焦げが自然に剥離していく。

 なるほど、確かに焦げ目がなくなってしまった。


 とりあえず取り出してみると、かなり熱くなってるが、砂に刺していた部分は砂で冷やされていたのか、熱くはなってないのでそこを持てば問題はない。

 食べてみると、最初に驚くのはその食感。


(まるで、お餅だ)


 先ほどとは違う、ふにゃ、とした弾力。

 さらにわずかに伸びるようなそれは、まさに日本のお餅そのものだった。

 口の中に串団子か何かのような柔らかさと――そして、甘味が拡がっていく。


「最初とは比較にならないほどに甘いな、これは」

「ですね。これはホントに愉しい食材です。ちなみに身体にもとてもいい食材といわれているんですよ」


 これ一つで前菜、主菜、さらにデザートまで賄えてしまう。まさに万能食材だ。

 周りを見ると、みんなヤウェルを焼いて食べているが、どうやら食べ方にも色々あるらしい。

 ソースライネを付けたり、あるいは薄く切って他の食材を巻いて食べたりする人もいる。


「いつか絶対食べて見たかった食べ物の一つだったんです。ホントに凄く美味しい」


 エルフィナが満面の笑みで話す。

 とはいえ、コウもこれは納得だった。


「さすがにこんな食べ物は地球……俺の世界にもなかった気はするな。火を通すことで変化するものはあったと思うが。ちなみにこれ、冷めるとどうなるんだ?」

「冷めても味は変化しないそうです。味の変化は一回だけで、戻ることはないとか」

「ちなみに焼き過ぎると?」

「焦げちゃって終わりですよ。当然でしょう」


 ごもっともだった。


 コウはとりあえず他の串も焼いていくが、どれもとても美味しい。

 午後、また資料を漁る予定だったが、その前に昼寝をしたくなったのは――コウもエルフィナも同じだったのだが、それはこの後の話である。


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